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ランプの魔人と真実の愛  作者: 礼三


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8/13

第四夜 「魔塔の賢者と美しい精霊」1

 遥か古…。

 人が文明を築き始めて数百年しか経ていない時代…。

 賢者は魔塔を造りました。天にまで届きそうな高い高い塔です。賢者はその塔へ世界の知識を詰めこもうと志していました。

 知識量は当然のこと、穏やかな言動の容姿端麗な賢者は、世界のあらゆるものから関心を持たれました。

 あるときから、その姿に一目惚れをした美しい精霊が、片時も離れず彼の傍へ連れ添っていました。

 天に認められ、二人は晴れて夫婦となりましたが、賢者の寿命が普通の人間よりも長いとはいえ永遠ではなく、見るからに年老いていきました。

 若い姿のままずっと変わらない精霊は、そのうち愛していた賢者に嫌気をさし、塔を出ていったまま帰ってきませんでした。

 賢者は今も塔の最上階で精霊が去っていた西の空を眺めながら、精霊の面影を追い続けているといいます。

 精霊はいったい何処へ行ってしまったのでしょうか…。


 

 アラーウッディーンはルゥルゥとは違って家族の温もりを知らなかった。愛してほしいという願望さえもなかった。

 アラーウッディーンの母は息子を産み落とすと儚くすぐに死んでしまった。アラーウッディーンは物心がついた頃には父から盗人として生きることを覚えさせられた。

 毎日、街の通りでスリを働いては稼ぎを家へ持ち帰り少ないと罵られ、酒に酔った父親に幾度となく殴られた。

 借金で首が回らなくなった父親はアラーウッディーンを奴隷商へ売ろうとした。それを察したアラーウッディーンは家から逃げだした。行方も決まらぬまま彷徨い、やがて魔塔へと行き着いた。

 アラーウッディーンは憂さ晴らしに小さな子供たちから食事を奪った。時には父と同じように暴力も振るった。それが自分にとって弱肉強食、当たり前の生活だったからだ。

 傍若無人な自分を許して、この生活に導いてくれたルゥルゥは彼にとって女神であった。



 ハリールと別れてから、ルゥルゥは大きな邸宅を売り、金銭へ変えると使用人たちへ退職金として配った。彼らはお金を貰うと、それぞれの人生を目指して出て行った。使用人として縛られるのではなく、個人として自由に生きてほしいとルゥルゥが望んだからだ。

 だが、アラーウッディーンだけは離れなかった。離れたくなかった…。

 そうして、二年の月日が過ぎた頃だった。

「オレ…。ハリールを探しに行こうと思うんだ…。赤ちゃんが産まれたばかりのマリカには悪いんだけど、時々、ルゥルゥの様子を見に行ってくれないか?」

 ハリールと暮らしていた豪邸から、ルゥルゥは小さな家へ移り住んだ。

 その近所に住んでいたマリカの元へアラーウッディーンは訪ねた。マリカは玄関先で泣きぐずる赤子をあやしていた。

「はぁ?ルゥルゥは恩人だし…。大好きだから、別に構わないけど…。何で?わざわざあの魔人を探しに行く必要があるのさ?」

 生後間もない赤子を両腕で包んでいたマリカは、呆れた面持ちでアラーウッディーンへ問いかける。

 マリカは魔塔で暮らしていた孤児の一人で、ルゥルゥへ使用人として働きたいと申し出た少女だ。今は妙齢の女性へと変貌していた。


 マリカが母ちゃんになるなんて…。

 年月ってスゴいなぁ…。

 

 アラーウッディーンは赤子の愛らしい小さな拳を壊さないようにつつく。

 マリカはルゥルゥの邸宅で使用人として働いていた同じ年頃の孤児と結婚して、今は夫と円満な家庭を築いている。

「ハリールがいないと、ルゥルゥがちっとも幸せそうじゃぁないんだ…」

 アラーウッディーンは答えながら変顔をしてみせるが、まだ目も開いてない赤子へ無駄なことをしているとマリカは思った。

「いやいやいやいや…。放っておけよ」

 それでも、傍らで赤子に対して笑いかけるアラーウッディーンの様子にマリカは感慨深い気持ちになる。孤児の頃のアラーウッディーンからは思いつかない姿だ。

「アイツさぁ…。昔、アタイにアタイみたいな奴が裏切るのだ!みたいなこと言ったんだよ?自分がルゥルゥを裏切ったようなもんじゃん?」

 不機嫌そうに頬を膨らませてマリカは抗議する。それまで、赤子へ笑顔を向けていたアラーウッディーンはマリカを正面から見据えて言った。

「ルゥルゥにはハリールが必要なんだ!」

「んっ?だからね…。アラーウッディーンまで居なくなったら、ルゥルゥが寂しがるよ…。最近のルゥルゥはアラーウッディーンを頼りにしてると思うんだよね…」

 マリカはアラーウッディーンがルゥルゥへ懸命に尽くしていることを知っている。

 ハリールの代わりに奮闘して、ハリールを失い抜け殻になっていたルゥルゥの世話を甲斐甲斐しくしていた。

 ルゥルゥが食欲がないと食事を摂らなければ、アラーウッディーンは自ら作った料理を匙で掬い、ルゥルゥの口まで運んででも食べさせた。

 ルゥルゥが枕を涙で濡らし眠れないでいると、アラーウッディーンはルゥルゥの寝息が聞こえるまで静かに手を繋いで側にいた。

 家に閉じこもり、ハリールが戻ってくるのではと期待して待っているルゥルゥへアラーウッディーンは家事をしながら歌を唄い慰めたりもした。

 ルゥルゥに元気になってもらえるよう、アラーウッディーンは色々な食物を育てている。お日様に照らされた成長した野菜は栄養満点でマリカも何度も分けてもらっていた。

 アラーウッディーンの努力の甲斐もあってか、ルゥルゥの心も回復に向かっているようにマリカは感じている。

「オレ…。アイツに恩返しがしたいんだよ…。昔、ルゥルゥをいじめていたこんなオレにだよ?人並みの生活をさせてくれたんだ…」

「あぁ…。好きの裏返しのあれね…」

 ルゥルゥが魔塔へ置き去りにされた時、既にアラーウッディーンは孤児たちの親分のようなものだった。可愛らしいルゥルゥへずっと恋心を抱いており、難癖をつけてはちょっかいをかけていた。

 アラーウッディーンが何をしても、ルゥルゥへ響かなかったので、彼女が大切に庇護していた孤児へ矛先が向けられたのだ。

 それなのにルゥルゥはアラーウッディーンにどこまでも親切だった。昔の過ちは何をしても償いきれないと思っている。

「あまりに酷いから、魔塔にアラーウッディーンだけは置いてけって、アタイは言ったんだけどね」

 当時を思い起こしてマリカは告げた。アラーウッディーンの目が丸くなる。

「いやいや、アンタが改心してさ。これほど、ルゥルゥに尽くすなんて考えにも及ばなかったからさぁ…。いやぁー、人間って成長するもんだね?ルゥルゥは分かってたのかな?アンタが変わるって…。うーん、違うな…。ルゥルゥはそんなんじゃないな…」

 ルゥルゥは物差しで人助けをしない人間だ。目の前に困っている人がいると手を差し伸べずにいられない性分なのだ。

 アラーウッディーンはマリカの言葉に改めて決意を胸に刻む。償いにはハリールが必要だ。


 ハリールはルゥルゥにとって、かけがえのない家族だから…。


「だから…。頼むよ…。オレがいない間…。ルゥルゥを気にかけてくれ」

「いや…。だからね…。話を聞いてないね…。アラーウッディーンまで…」

「じゃあ、オレ行ってくるっ!」

 アラーウッディーンはマリカへ背を向ける。

「おいっ!最後まで話を聞けよっ!」

 マリカは遠くなっていくアラーウッディーンの背中を目で追いかけて深くため息をついた。

 ルゥルゥが深く悲しむのを分かっていて、アラーウッディーンを説得できなかったからだ。

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