第三夜 「蕾の薔薇と哀れな男の話」
昔々、あるところへ、夜の月の輝きにさえ負けない美しい娘がおりました。娘はその美しさから「蕾の薔薇」と呼ばれていました。
この娘の父親は大国の大臣で、娘を国王の愛妾にしようと大切に大切に育ててきました。
ところが娘は、星々の瞬きにも劣らない美しい「世の歓び」と呼ばれていた男と出会い恋に落ちて、契りを結んでしまったのです。
烈火の如く父親は憤慨して、娘と男の結婚に反対します。そして、秘密裏に男をとある島へ閉じ込めてしまいました。
娘は全てを投げうち家出をして、男の行方を追います。娘は西へ東へ奔走しますが、男は見つかりません。
旅の途中に会ったジーニーが私についてくれば愛する男に会えると彼女を唆します。彼女はジーニーが残した足跡へついていきました。
ジーニーが言いました。
「これも試練…。試練が愛を強くするのよ」
ジーニーが連れてきたのは、娘がいた世界とは別の世界だったのです。娘は男と二度と会えないかもしれないと泣きますが、ジーニーの知ったことではありません。
ジーニーは二人の愛が何事にも動じないほど揺るぎなくするべく、試練を与えただけなのです。
娘は辛くてたまりませんでしたが、愛しの男に会いたいがため、それでも旅を続けます。
そして、とある町でとある本を手に入れました。その本のおかげで、もとの場所へ戻るには魔法の力が必要だと知り得た娘は、魔力に秀でた男を愛を語って騙し、その魔力を全てを奪い男を捨てます。
そして、無事に愛する男のもとへ戻ることができたのでした。
『ルゥルゥと魔法のランプ』は彼女の世界では知らないものがいないほど有名な話だ。
そして、ヌーラもまたこの世界では物語の登場人物として語られている。『蕾の薔薇と哀れな男』という話の主人公らしい。
いつだったか旅の途中に立ち寄った宿屋でヌーラは一冊の書籍を手に入れた。
宿屋の食堂で席へ通された時、前の客が忘れていったらしい古本が椅子の上へ放置されていた。
「えっ?忘れ物?先に座っていた席の人はもう旅立ったし…。どこにでもある本だからね。えっ?知らないの?そうだね…。興味があるなら、あなたが持って帰ってもいいよ」
店員が本を勧めてきたので素直に譲り受け、その夜、月光を頼りに読むことにした。
すると…。
話を読み進めていくうちにヌーラは気づいた。物語の内容が、ヌーラ自身に起きている身の上とよく似ている。
ヌーラは幼い頃から、国王の妾となるため、あらゆる教養を叩きこまれていた。王に見初められるよう技芸に磨きをかけ、そしていつしか、国一番の舞手となったヌーラは「蕾の薔薇」と讃えられるようになった。
だが、ヌーラはその見目の麗しさから「世の歓び」と呼ばれている男と恋仲になってしまった。
娘の恋人の存在を知った父親に男を攫われてしまい、ヌーラは男に会えなくなってしまう。ヌーラは家を飛び出して、男を探しに果てしない旅へ挑む。
そこで悪戯好きなジーニーへ出会し、彼女の助言どおりに従ってついていくと見知らぬ世界へ迷いこんだ。
「愛の試練のくだり…。あのジーニーの言葉と一言一句違えていないわ…」
この世界がヌーラの居た世界とは別の世界だと本を読み終え納得した。故郷の国や街の名を伝えても、皆が怪訝な顔で知らないと答えたはずだ。この世界には存在しないのだから…。
つまり…。帰るためにはこの世界の魔法の力が必要で…。その男の魔力を奪って元の世界へ戻らなければならないんだわ…。
ヌーラは彼女が暮らしていた世界に戻るために魔力を持った男が必要だということを悟り、旅を続けた。
そして、広大な砂漠の果てにその町を見つけた。
ルゥルゥという名前の美しい少女…。穏やかな眼差しで優しく見守るハリールという男…。彼らが幸せそうに日々を過ごしていた。
嘗て、彼女が読んだ『ルゥルゥと魔法のランプ』物語と同じように…。
この世界は『ルゥルゥと魔法のランプ』お伽話の中なんだわ…。
なら、ハリールは魔人で間違いない…。彼なら、きっと魔力をたくさん持っているはず…。
ルゥルゥからハリールを奪い、ヌーラは『蕾の薔薇と哀れな魔人』の本に記された場所、タナーニイーン・ウッシュを目指した。
そこから、元いた世界へ戻れるはずだ。
ヌーラはハリールを手なづけるため、幾夜も情を交わして愛を嘯いた。例え、他の男へ身体を許しても…。帰りたい場所は一つだけ…。
「何故…。タナーニイーン・ウッシュなぞ行きたいんだ?ただの洞窟だぞ?」
「知らないの?そこで愛を誓い合った二人は永久に離れることがないそうよ?」
ヌーラは満面の笑みでハリールへ告げた。
あともう少しで彼に会える…。
そして、あの人と永遠の幸せを掴むのよ…。
タナーニイーン・ウッシュ…。そこは昔、龍の巣があったと伝承があり、目に見えない独特な気が無数に流動していた。
普通の人間には害のないただの洞窟であるが、魔力を持っているなら別だ。そして、ヌーラの目論み通り、ハリールは洞窟の奥で気流の乱れによりヌーラへ魔力を吸い取られた。
「オレを…。騙したのか…。愛していたのに…」
「騙される方が愚かなのよ…。あなたは私が元の世界へ戻る手段でしかなかったのだから…」
ハリールの身体へ白い煙が纏わりつく。
ハリールは這う煙を追い払おうと躍起になったが、白煙は益々勢いを増してハリールを覆った。
やがて、ハリールの魔力が底をつくと、何故か置いてきたはずの魔法のランプに回収され、再び不自由な世界で眠りにつくことになったのだった。




