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ランプの魔人と真実の愛  作者: 礼三


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第二夜 「男と精霊の痴話喧嘩」1

 気が遠くなるほど遠い昔、とても端正な顔立ちをした男がいました。

 男は恋人がいるにもかかわらず、夜な夜な他の女と遊びに耽っていました。

 ある夜、その男の恋人が、多くの女に囲まれ酒を浴びるように飲んでいた男の元へ怒鳴りこんできたのです。

 男は言いました。

「確かにオレとお前は恋人かもしれないけど…。お前がオレの運命の人とは限らないだろう…。オレは真実の愛を見つけるために色んな女と付き合っているだけだ…」

 恋人の女は長い髪を振り乱し、喚き散らしました。

「お前みたいな男は一生ランプの中へ閉じこめてやる!反省をこめて人々に奉仕しろ!このランプを手にしたものの願いを三回叶えること!あんたのいう運命とやらが本当にいなけりゃ二度と出てこれないよ!出てきたいなら真実と愛を見つけることだね!」

 その言葉が放たれた瞬間、男は白煙に包まれ消えてしまいました。男の恋人はいにしえの人ならざるもの精霊だったのです。

 男がいた場所にはランプが一つ置かれていました。

 男の恋人はそれを回収するとどこかへ去って行ってしまいました。

 その後…。

 男を見かけたものは誰もいませんでした。



 ハリールはハンモックに揺られ眠っていた。

 風が頬を横切り気持ちが良い。鼻先に気配を感じて目を開けると青い色の蝶々が止まっている。ハリールが起きたのに気づくとどこへ飛んでいく。青空へ溶けるように高く高く羽ばたいていく。

 澄み渡る青空へ手が届くのではないかとハリールは指先を伸ばしてしまう。


 懐かしい夢を見ていた…。遠く遠く朧げにも思い出せないほど遠く…。あれは…。いつのことだったか…。


 遥か昔…。ハリールはランプへ閉じこめられるまで呼ばれていた自身の本当の名前を忘れてしまっていた。

 今までの主人は『魔人』やら『ランプの精』やら色々と適当に呼称をつけていたが、特別に名前をつけられたのは初めてだった。

 以前の女主人の一人が愛を囁くとき閨で『魔人ジン』と呼んでいたので、ルゥルゥへもその呼び名を伝えたのだが…。


 ハリール…。いい名前だ…。


 ハリールはこの名前を好んでいた。

 ここでの生活も気に入っている。そろそろ十年になる頃だろうか…。

 主人のルゥルゥは主人らしくなく、使用人たちと一緒に家事に勤しみ忙しくしている。

 この邸宅へ引っ越してから、一番幼かった子供も13歳ぐらいになっている。

 孤児たちの中には、成人して他に就職先を探し独立したものや、相手を見つけて嫁いでいったものもおり、この館には数人残っていた。


 あの小さかったルゥルゥはあっという間に大きくなり、美しい娘へと成長した。

 髪は豊かに腰まで伸ばして緩やかに揺れ、笑えば藍色の眼差しが不思議と紫の色彩へと変貌する。光の加減であろうか…。ラピスラズリの宝石にも負けじ劣らず美しい輝きを放っている。

 何よりも笑顔が愛らしい。白磁のような滑らかな肌へ薄紅色の頬を緩めれば、可憐な芍薬が風に揺られ踊っているのを眺めているような幸せな気持ちをハリールへ運んでくれた。

 ルゥルゥの女性らしい曲線を描く身体は薄紫の柔らかな布地に包まれていた。孤児だった子供の頃と違い、良質な最高級の生地を使った布で作ったものだ。

 使用人の少女たちと一緒に袖を捲り、瑞々しい溌剌とした腕を出して洗濯物を懸命に洗っている。彼女たちの周囲ではシャボン玉が陽光に照らされ虹色へ煌めいて弾んで割れて消える。


 人の一生のようだ…。短くて儚い。


「ハリール!起きたっ?手伝ってくれるかっ⁉︎」

 ハリールが視線を移すと青年が井戸から水を手動でポンプを汲みあげようと手をかけている。

「あぁ…」

 ハリールが指を鳴らすとその辺りだけ水が降り注ぎ、豪快に青年の全身が濡れた。

「おいっ…。誰がオレを水浸しにしろって言った‼︎」

 ハリールを指差して抗議する青年の日に焼けた肌はそばかすが軽く浮いている。

 日々の労働の賜物か、高身長の体躯には筋肉が程よくついており逞しい。男前ではないが、愛嬌があるこの青年をハリールはよく揶揄っていた。

「今日は暑いし…。水も滴るいい男になったじゃないか?」

 この世のものとも思えない美しい面立ちをした魔人には言われたくない。

 青年は憤りで顔を真っ赤にして反論した。

「お前には言われたくないっ!」

 ハリールは流し目を送って、桶へ新しい水が溜まったことを確認した。これから洗い桶へ注ぎ出す水だ。

「桶には水がしっかり入っただろう?」

 日差しで赤茶色に傷んでいた青年の髪がずぶ濡れ、水を含んだ一房、一房から滴が落ちる。

 ハリールはハンモックから起きあがると、青年へと近づき、頭をガシガシと揉んだ。

「なっ!」

 一瞬にして、青年の髪が乾き、傷んだ箇所は潤いを取り戻す。艶やかな赤髪となった。

「ハリール?」

 ルゥルゥは顔についている泡を手の甲で拭い、ハリールと青年が戯れあっているのを認めた。

「ルゥルゥ…。その細腕で洗濯物を絞るのは寄せ…。ほらっ!」

 ハリールは再び指を濡らすと洗濯物が宙に浮き、自ら捻り水を絞る。

 汚れた水は捨てられ、水の切られた洗濯物が洗い桶へ収まると、青年の近くにあった桶から綺麗な水が噴きだして洗い桶へと注がれる。

「わーい」

「さすがっ!ハリール!」

 少女たちが歓声をあげると、青年は眉間へ皺寄せてハリールを睨んだ。

「アラーウッディーン…。拗ねるな…。いい男がみっともないぞ…」

 アラーウッディーンは仕事に貢献している姿をルゥルゥへ示したかったのだ。ハリールはその気持ちを知った上で干渉している。

「どうしたの?アラーウッディーン…。そんな怖い顔をして?」

 ルゥルゥがアラーウッディーンを見上げて、そっと眉根へ人差し指を伸ばした。

 アラーウッディーンの頬が染まる。ハリールはこれ見よがしにルゥルゥの手を止めた。

「っ!」

「何を期待している?馬鹿者…」

 そのままハリールはルゥルゥの手を繋ぎ、アラーウッディーンから距離をとる。

「ハリール?」

 不思議そうな面持ちでルゥルゥは首を傾げた。その様子を周囲の使用人たちが笑って見守っている。

 眩しい太陽の日差し、揺れる木漏れ日…。子供たちの楽しそうな笑い声…。

 こんな日々がこれからも続くと誰もが思っていた。

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