第一夜 「ルゥルゥと魔法のランプ」2
「ルゥルゥだったか…」
残念ながら、ルゥルゥには魔法を扱える資質はなかった。ルゥルゥの後から砂漠から彷徨ってきた子供が、塔の主である魔法使いの賢者の目に留まり、賢者の弟子となった。
ルゥルゥは気にしなかった…。魔塔の中に入れば、魔法使える子供の保護を名目に成人するまでは外出することは許されない。
ルゥルゥはいつまでもここで両親を待っていたかった。
「わしの採用した弟子が…。ルゥルゥ、お前を雑用係に雇いたいそうだ…」
賢者の弟子となった子供は、魔塔の外で生活している間、ルゥルゥが世話をした。ルゥルゥよりずっと大きな子供もたくさんいたが、皆、自分が生き残ることに必死で後から来た幼子のことなど目もくれない。
大陸ではルゥルゥが暮らしていた国の内乱のほかにも、大国間の大きな戦争が始まり、孤児が増えていた。そういった孤児が魔塔へ行き着き、魔法使いになれない子供たちが魔塔の周りへ群がっていた。
そのうち、食事にありつけない子供が餓死してまうのは明白だ。魔法使いはあくまで個人主義、子供たちへ残飯を差しだすのも気まぐれの善意にすぎない。
憂慮した賢者の弟子はルゥルゥを助けたかった。
「ありがとうございます…。でも私のことは構いません…。出来れば、この子を雑用係にしていただけませんか?」
ルゥルゥは自分の背中からひょっこり顔を覗かせた小さな子供の体を押しだす。この幼子も魔力が全くなかった。
「あの子はお前さんがいいと言ったんじゃが…」
蓄えた白髭を触りながら賢者は伝えた。
「大丈夫です…。私がそのようにお願いしたと言えば、分かってくれるはずです…。優しい子ですから…」
優しいのはお前さんじゃろう…。このままでは死んでしまうかもしれんじゃろうに…。
珍しく賢者はルゥルゥを気に入った。
魔法使いでなければ、人にも子供にも興味を示さない賢者だったが、このまま、ルゥルゥが死んでしまうのは忍びないと思った。星空のように美しい澄んだ眼差しに魅入られてしまったのかもしれない。
「お前さんにはこれをあげよう…」
賢者はおもむろに懐から錆びついた色のランプを取りだすとルゥルゥへ手渡した。
ランプを擦れば魔人が煙に紛れて出現するのだが、ここ三百年魔人は現れなかった。
運が良ければ生き残れるだろう。
「ランプを擦れば願い事が叶うランプじゃ…。三回だけじゃが…。お前さんは欲深くもなさそうじゃから十分じゃろ?よくよく考えて使いなさい…」
賢者はルゥルゥの傍らでルゥルゥへしがみつき離れない子供へ言った。
「そろそろ、行こうかのぉ…」
「嫌だ…。ルゥルゥお姉ちゃんも一緒でないと行かないっ!」
「魔塔では魔法使い一人に対して、一人だけ雑用係が許されるのじゃ…。だから、二人は連れて行けん…」
「嫌だもん…。お姉ちゃんと別れたくないよぉ…。ずっと一緒にいようよ…」
泣きじゃくる子供へルゥルゥは優しく諭した。
「魔塔では食べ物に困ることはないし…。魔法使いも使用人に対して酷いことはできないのよ…。もちろん、あの子がそんな子ではないのは私が保証するのだけど…」
魔法使いと雑用係には魔法の誓約が交わされる。でないと、魔法使いの中には研究のために雑用係を実験対象として平気で利用するものもいるからだ。
「そのうち…。私も会いに行くわ…。待っててね…」
その言葉を少女へ告げたとき、父親が吐いた優しい嘘をルゥルゥは悟ることができた。
魔法の素質を持っている子供は稀少だ。賢者の弟子となった少年も何十年ぶりかの逸材で、またしばらくは見つかることはないだろう。
つまり、魔法使いの雑用係も採用されることはそれまでない。
お父様は私のために嘘を吐いたのだわ…。
魔塔へ来るのは子供だけ…。
両親は自分たちがルゥルゥと共にすれば、ルゥルゥが魔塔へ辿り着くことはないと知っていたのだ。
お父様…。お母様…。それでも私は待っていたいのです…。
いつか、外から来た誰かがお二人がこの近くまで迎えに来てくれていると教えてくれるかもしれない…。
のほほんとした見た目とは違い、賢者は気長ではなかったが、辛抱強く小さな女の子が泣き止むのを待った。
「お姉ちゃん…。約束ね…。絶対に会いに来てね」
もしかしたら、今生の別れになるかもしれないと思いながらルゥルゥは頷くと、少女は賢者へ連れられ魔塔の壁へ消えていった。魔塔には入口はない。魔法使いが一緒でないと中へも外へも出られないのだった。
ルゥルゥの手には薄汚れたランプだけが残された。
「おいっ‼︎何でアイツを勧めたんだ!オレの方が適役だろうっ!」
今まで遠巻きにルゥルゥたちのやり取りをうかがっていた他の子供たちが集まってきた。
一番の年長者の少年が大声でルゥルゥを罵倒する。
「お前の目は節穴か!お前は馬鹿なのかっ!そこは年長者であって長年苦労を分かちあってきたオレに譲るべきだろうっ!」
以前、賢者の弟子となった子供が魔塔の外で生活をしていたとき、彼は少ない食事を掠めとったり、従わなければ殴ったりしていた。
ルゥルゥは身を挺して間に入り、小さな少年を庇っていたのだが、そんな彼が賢者の弟子の雑用係になれるはずもない…。
大柄の少年はルゥルゥへ大きく手を振りあげた。打たれると思い、ルゥルゥは両手で頭を塞ぎ身を守るように縮こまった。
次の瞬間、少年はルゥルゥの手からランプをもぎ取る。ルゥルゥは手を頭上に持ちあげていたため簡単に奪うことができた。奪われた拍子にルゥルゥはバランスを崩して尻餅をついて転んだ。
「代わりにこれを貰ってやるよっ!」
少年は笑いながら楽しそうに砂の上を身軽に駆けていく。
群れている集団から一人の少女がルゥルゥを抱き起こし、唇に付いた砂を襤褸になった服の裾で拭ってくれた。
「アンタ…。本当、馬鹿だよね…。あのランプでアイツをやっつけてって、願えば良かったんだよ…」
ルゥルゥの耳元でそう囁くと大柄な少年の後を追いかけていった。逆らえば面倒だからと彼に従っている彼女や他の子供たちは誰も少年に好意を持つものはいなかった。
ルゥルゥは大柄の少年のことを哀れに思った。
ランプは可哀想なあの人に譲ってあげよう…。
ルゥルゥは両親を待つことに決めたが…。
心のどこかで、自分が叶えたい望みはきっと届くことはないだろうと分かっていた。




