第四夜 「魔塔の賢者と美しい精霊」3
「お前っ!暴れるなっ!絶対!落ちるなよっ!」
アラーウッディーンは何故このような状況に陥ってしまったのか、意味が分からなかった。
『離せっ!離せっていうのが分からんのか‼︎』
右手へ持っているランプは先ほどから五月蝿いほど喚いている。
「分かるかよ…。くぅっぁっ!」
そう…。確か…。オレは松明を持って洞窟の奥へ向かって…。
そこへ見覚えのあるランプが落ちていた。
アラーウッディーンも摩った思い出がある賢者がルゥルゥへ差しだした魔法のランプだ。
導かれるかのように、アラーウッディーンはそのランプへ手を伸ばした。
ランプを掴みかけたところで、突如、吹いた風によってコロコロと運ばれていく。
その先は奈落のように深い穴…。そのままだと落ちてしまうが地面を滑るようにランプは転がる。
縦穴の下は怒涛のような荒々しい音が聞こえる。川でも流れているのかもしれない。
ランプが何かに遮られて動きが止まった。人の足だ。
アラーウッディーンはランプへ視線が集中していたので、目の前の人に気づかなかった。その人物がランプを拾った。
アラーウッディーンは顔を上げた。
そこへ立っていたのは、少女のようなあどけない愛らしい容姿をしているが、身体つきは成長した女性だった。
乳房ははち切れそうなほど大きい。腰は引き締まって折れそうなほど細く、柔らかな丸みのある綺麗な形をした尻…。つまり、スタイル抜群の女だ。
女は淡い水色の目を細めて、ランプへ視線を落とす。鮮やかな翡翠のサリーが揺れた。青色の長い髪が頭の高い場所で一つに纏まり、毛先が腰で軽やかに弾んでいる。
「お久しぶりね?元気だった?」
鈴が鳴ったような澄んだ声色で女は尋ねた。アラーウッディーンは彼女に見覚えはなかった。だが、それはアラーウッディーンに対しての質問ではなかったようだ。
『誰だ?お前…』
ランプが声を発した。その低い声を聞いて、アラーウッディーンは叫んだ。
「やっぱり!ハリールっ!」
『あっ…』
ハリールの返答に女はワナワナとランプを握りしめ震えている。アラーウッディーンが可愛らしい思っていた顔を歪ませ、怒りを露わにした。
何か恐ろしいものを見たかのようなアラーウッディーンの表情を目視して、女は冷静さを取り戻し嫋やかに微笑んだ。
「そう?なら…。必要ないわっ!」
女が手を離しランプが奈落へ落ちていく。
アラーウッディーンは松明を放り投げて走りだし、ランプを掴まえようと身を乗りだした。
『馬鹿がっ!来るなっ!』
パチンっと指を鳴らす音が洞窟内へ響く。
先程まで洞窟内は冷んやりとして空気が涼やかだった。
熱い…。
突然、肌が焼けつくようなヒリヒリする痛みにアラーウッディーンは襲われる。
川だと思っていたそれは真っ赤な塊となって迫りあがってくる。溶岩がアラーウッディーンへ目掛けて大きなうねりを作り近づいてきたのだった。
アラーウッディーンはランプを右手で握りしめ、左手で岩壁から奇跡的に生えていた大木の枝を掴んでいた。
軽量のランプはどんどん重たくなり、アラーウッディーンの指先は両手とも感覚がなくなっていく。いつまでこの握力が持つだろうか…。
『このままでは…。アラーウッディーンまで落ちてしまう…』
ハリールはアラーウッディーンに触れられてもランプから抜けだすことが出来なかった…。
アラーウッディーンを助けたくても、ハリールは魔法も使えず、ランプの中で傍観するだけだ。
ハリールは何度も身体を揺らして、アラーウッディーンがランプを捨てるように仕向けた。
「落ちねぇーよっ!真のヒーローってのは、ここで根性だしてだなぁ…くぁぅっ…」
アラーウッディーンは決してランプを離そうとしない。二人分の身体を支えている枝を持つ爪から血が垂れた。
それを認めたハリールはランプの中で動きを止めた。これ以上、アラーウッディーンに負担をかけたくはなかった。
「あらあら…。手を離せば良いのよぉ。あなたまで失えば、ルゥルゥちゃんはどうなるのかしらね?」
高みの見物とでもいうように、アラーウッディーンを見下げながら崖の上で女は笑う。
「出たなっ!諸悪の根源っ!この性悪おんなっ!」
「まぁ…。酷い言われようね…。私はただ貴方に愛の試練を与えているだけなのよ…。その方が盛りあがるでしょ?」
「なぁーーーにぃーーーがぁーーーーっ!試練だぁ⁉︎くうぅああっ!」
まだまだ言い足りないが、それどころではない。アラーウッディーンは唸り声をあげる。少しでも気を抜けば肩が外れそうな感覚だ。
まだ諦めないアラーウッディーンへ冷ややか視線を送り女は告げた。
「うーん、確かにそうね…。だって、久しぶりに貴方がランプから出てきたって聞いたから、見に行けば…。可愛らしい女の子と楽しそうに暮らしているじゃない?試練というよりも私を侮辱したそこの魔人への怒りを発散したいだけかもね?」
『「はぁ?」』
アラーウッディーンとハリールの声が重なった。この状況で間抜けたような声が思わず出てしまう…。
「しかもよ…。久しぶりに会った恋人なのに…。貴方…。私を覚えてないじゃない?」
女は拗ねた口調で言う。アラーウッディーンはハリールへ苦しそうに尋ねた。
「くうぅぅ…。し…知り…あいか?」
『知らん!』
きっぱりと断言するハリールへ女の機嫌は益々悪くなる。
「まぁ…。貴方をそのランプに閉じこめた女を覚えてないの?」
『はぁっ?お前が私をランプに閉じこめたのか⁉︎』
ハリールは覚えていない。
ランプに囚われてから千年ほどの時を刻んだのだ。ハリールの記憶が曖昧になってしまっていてもおかしくはない。
「まぁ、本当に覚えてないのね?これだから人間は…」
「は…。りーる…。おまえ…。ひと…?」
アラーウッディーンは女の言葉に驚いた。ハリールはランプの精になる前、人だったのだろうか…。それなら人間臭いところも頷ける。
『知らんっ!そんな遥か昔のこと!本当の名前すら覚えてないんだ!それよりも…。早く離せ…』
アラーウッディーンの額へ大粒の汗が滲み滴っている。限界が近いことをハリールは悟った。
「離さないっ!」
『意地っ張りっ!』
「頑固者っ!」
女は深くため息をこぼした。
「興が削がれたわ…。二人仲良く溶岩へ溶けなさいっ!」
「あぁーーきーーらーーめーーなーいぃっ!って…。うわぁーわーーわー‼︎」
汗で手が滑り、アラーウッディーンはランプと共にフツフツと湧き起こる溶岩へ落ちていく。
熱風が渦巻き、目をギュッと瞑ったアラーウッディーン、最後に愛しい人を思い浮かべた。
アラーウッディーンは旅の途中、孤独な夜も恐ろしくなかった。見上げれば、砂漠へ降り注ぐ流星群…。闇夜を彩る天上の美しい星々…。ルゥルゥの眼差しに見つめられている気持ちになっていた。
ルゥルゥ…。ごめん…。
…。
…。んっ?あれっ…?
何故か、手触りが柔らかくて快い…。何が起きているのだろう…。
アラーウッディーンは真っ逆さまに溶岩の熱で跡形もなく溶けてしまっているはずなのだ。
なんで、フワフワしているんだ…。
あっという間に天へ召されてしまったのだろうとアラーウッディーンは訝しんだ。
「間一髪だったね…。真打ち登場っ!」
明るい口調に目を見開くと、アラーウッディーンは宙を浮いている。
隣には見慣れたハリール…。
男でも見惚れてしまうほどの隆起した筋肉を惜しげもなく披露しており、涼しげな流し目は鮮やかに赤で煌めいて、非難めいた眼差しをアラーウッディーンへ向けている。
ちっ!相変わらず良い男だなっ!ランプを離さなかったこと怒ってるんだなっ…。
よしっ!無視ろうっ!
そして、正面には…。
誰だ?コイツ…。どこかで見たような…。
「お前…。ジャアファル?」




