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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

うわさのある家

作者: 黒駒臣

※不快な描写があります。ご注意ください。

  

  

197×年7月


 W県W群黒菊町黒菊三丁目三番地

 某住宅地のとある一軒家で、孤独死した老女の遺体が、遠方に住む長女の往訪で発見された。

 蠅が舞い、腐敗臭漂うキッチンで、老母は床下収納庫の中に頭から倒れ込み絶命していた。

 収納庫の周囲にはそこから取り出したと思われる梅酒の大瓶が数個あり、取り出している最中、身体(からだ)に何らかの異変が起きたと推測された。

 遺体は時期もあり、蛆が多量に湧き、酷く腐敗が進んでいた。

 特に悲惨だったのは、倒れ込んだ際に折れた首の骨の先端が肉と皮膚を突き破り、進行した腐敗がその部位から首と胴を分離していたことだった。

 恐る恐る床下収納を覗いた長女は、腐り落ちて蛆に塗れた老母の生首が自分を見ているという(おぞ)ましい光景に絶叫したという。

 初動では強盗や怨恨などの事件性を疑われていたが、検死の結果、病死だと断定された。

 だが、死亡時の悲惨な状況が外部に漏れ、この家はお化け屋敷とうわさされるようになった。



198×年8月


 ある住宅地のリフォームされたばかりのとある一軒家で、三十代の夫が妻を殺害するという事件が起きた。

 夫の不倫、愛人の妊娠が原因の夫婦喧嘩の末の最悪の結末だった。

 遺体を床下収納の穴から床下に隠し、身重の愛人とともに夫は逃亡したが、愛人は夏休みを兼ねて有休を使った旅行だという言葉を信じ、何も知らなかったという。

 ただ男が旅先にもかかわらず新聞やテレビのニュースをしきりにチェックしているのが気になってはいたらしい。

 自宅では屋内から漏れ出てくる腐敗臭、窓の内側に集る尋常ではない数の蠅に気付いた近隣の住人たちが警察に通報し、妻の遺体を発見、その後すぐ夫は旅先で逮捕された。

 取り調べで夫は身勝手な供述をした。

 愛人と再婚し、お腹の子とともに我が家に迎えるため、妻に三下り半を叩きつけ、家から出ていけと言った。だが、子を産み育てる代わりに家を非常に大切にしていた妻は、不倫したあげく身勝手な言い分をする夫に激昂し、凄まじい勢いで掴みかかって来たという。

 殺らねば殺られたと夫は正当防衛を主張し、「でもあんなにあっさり死ぬとは思ってなかった」と大笑いして刑事たちを呆れさせた。

 一応愛人も取り調べを受けたが、事件に無関係だと判断されて釈放。

 その後、男の家に移り住み、産まれてくる子供と、刑期を終えいつか出所してくる男を待つつもりでいた。

 だが、居住後、部屋中に染みついた腐臭が消える間もなく愛人は自殺。

 その後、男も拘置所内で心不全のため死亡した。

 男は死亡する数日前に、愛人と我が子の死を知らされてからは抜け殻のようになっていたという。



199×年5月


 その家は地区内でお化け屋敷とうわさされていた。

 外装も内装もリフォームされ、新築のように見えたため、不動産屋に案内され内覧に来た他所から来た客はうわさを知らない。

 地区内の人間だけがこのうわさを知っていた。

 誰もいない家の中でがたごとと音がする。

 夜中に部屋の明かりがついている、またはカーテンも雨戸もしていないのに晴れた昼間でも屋内が墨のように真っ黒であるなど――『真っ暗』ではなく『真っ黒』なのだという。

 他に、女のすすり泣きが聞こえる、女の高笑いが聞こえる、悲鳴や赤ん坊の泣き声が聞こえるというものもあり、不動産屋が近隣の住人に口止め料を払っているといううわさもある。

 それらはみな小学生たちの口コミから広まったもので、どのうわさにも信憑性はない。

 ただ、その家の向こう三軒両隣の住人たちはうわさに対し、何を訊かれても否定も肯定もせず、口を噤んだままだという。



199×年9月


 ある一家が引越しをしてきた。

 若い夫婦と幼い子供二人の陽気な四人家族で、意気揚々と引越しのあいさつ回りをしていたが、近隣の住人たちは素っ気なく、近所付き合いのできる雰囲気ではなかったので若い夫婦は戸惑った。

 引っ越し早々、父親が長期出張に出た。

 その後、すぐに悲劇は始まった。

 一日目、室内犬(ペット)のポメラニアンが深夜にギャンという鳴き声を残したまま姿が消え、どこを探しても見つからなかった。

 二日目、いつも機嫌の良い三歳の息子から笑顔が消え、意味もなく怯えて泣いた。いや、意味はあった。不審に思った母親が訊いたところ、真っ黒い女の人が立っていると部屋の隅を指さす。だが、母親には何も見えなかった。

 三日目、五歳の娘が床下収納のフタをじっと見つめているようになった。何をしているのか聞いても本人にもわからないようであった。

 さらに、母親がほんの1、2分目を離した隙に、長女は床下収納のフタを開け、収納ボックスを中身ごと取り出し、床下の地面にうずくまっていた。

 収納ボックスも中身――未開封の醤油や酒瓶など――も五歳の子供が一瞬で取り出せるようなものではなかった。

 四日目、母親もおかしくなった。

 明るい笑みが消え、無表情で家中の柱や家具を何度も何度も繰り返し磨いた。その間、瞬きを一切せず、食事の準備の時間が来るといつもの様子に戻ったが、それまでの行為をすべて忘れているようだった。

 五日目、引越しの翌日から長期の出張で不在の父親が帰宅した。

 施錠されていない玄関にまず不審を抱いた。

 妻と子供たち、ペットの出迎えもない。かといって出掛けた様子もなく、しんと静かな我が家に、さらなる不審を抱いた。

 内心で焦りながらも冷静に行動した父親はまず夫婦の寝室に足を運んだ。

 そこでベッドの上で目を見開いて横たわる妻と子供たちを発見し、ぎょっとなった。慌てて生死の確認。ピクリとも動かないが微かに呼吸をしていたのでとりあえず安堵し、救急に通報した。

 病院に運ばれた後、一家はこの家には二度と戻ってこなかった。

 父親は家族の異変はリフォームで使用された塗料や接着剤等の化学物質汚染だと考え、リフォーム会社と不動産屋を訴えた。


追記

 一日目の深夜に姿を消したペットのポメラニアンだが、死骸またはその残骸が家の床下や周囲、近辺の路地裏でも一切見つからず、他の生物――例えば蛇等――に襲われたような痕跡はなかった。だが、行方は未だに不明、生存の可能性も低いと思われる。



200×年6月


 妻のため一軒家を購入することという離婚条件をクリアするために、うわさを気にせず格安の家を手に入れた四十代の男がいた。

 離婚原因は若い愛人の存在であった。

 男と同年の妻は頑なに離婚を拒んでいたが、慰謝料代わりに一軒家をくれるなら応じてもいいと条件を出してきた。

 その条件は、夫に一軒家の購入など無理だと考えてのことだが、彼はすぐ家を購入し、妻に差し出した。

 妻は驚愕しつつ、渋々離婚に同意し、夫婦で住んでいたマンションを出、その家で一人暮らしを始めた。

 一週間もしないうちに、床下で物を引き摺るような音がすると、男は元妻に呼び出され、原因を調べて欲しいと懇願された。

 離婚した元妻の厚かましさに、現妻は「行く必要ある?」と不満を漏らしたが、今はまだ近隣に頼る者もおらず、破格の値段で購入した家の具合等も考え、今回のみという約束で訊ねることにした。

 だが、男はそのまま行方不明になった。

 現妻は元妻が夫を殺害したと疑い、警察に訴えた。

 だが、家じゅう――天井裏から床下まで――捜査しても、疑わしいもの――殺害死体など――は一切出ず、元妻の容疑は晴れた。

 現妻は納得しなかったが、警察や親族たちは敵対し合う女二人に挟まれ、ストレスがピークに達した男が自ら失踪したものと考えて、「自業自得、そのうち帰ってくるだろう」と真剣に取り合ってくれなかった。


追記1

 現妻は夫の捜索願を提出しているが、未だ発見されていない。


追記2

 元妻は現妻が何度も家に突撃してくることに辟易し、家を手放して転居先を隠し、一人暮らしをしている。



201×年11月


 心理的瑕疵のある家を不動産屋が告知義務不要とするため、希望者に破格の家賃で賃貸したが、その数か月後借主と連絡がつかなくなった。

 破格の値とはいえ、家賃を滞納すれば返却額が大きくなり、延滞損害金なども生じて踏み倒される可能性も出てくるため、借主を捜索。不動産屋が家を訪ねたが、家はがらんとして何もなく、手掛かりはなかった。

 唯一おかしな点と言えば、床下収納のフタが外され、空の収納ボックスも取り出され、床下が丸見えになっていたこと。だがそこには少し湿り気のある地面の他は何も異常はなかった。



202×年3月


 リフォームされた一軒家を購入し、ある家族が居住した。

 中年の両親に中二の息子、父方の母の四人家族。

 老母は少し認知が入り、足腰も弱っていて多少の不自由はあったが、小柄で温厚であったため、トイレや風呂の介助が必要なだけで、それほど難渋はしていなかった。

 それより両親が困っていたのは幼い頃から悪戯好きの息子だった。笑える悪戯から悪質なものまで、両親は学校や隣近所に頭を下げることが多かった。

 息子を叱責したり、泣き落としたりしても、一時は反省するものの、そんな殊勝な気持ちはすぐ忘れ、何度も悪戯をした。

 この家に来て一番激怒したのは自分の祖母を床下に閉じ込めたことだった。

 ある早朝、排泄介助を伺おうと妻が部屋を覗くと、老母の姿が見えない。いよいよ徘徊が始まったかと夫を起こし、近所中を捜したが見つからない。

 玄関が施錠されたままであったことを思い出し、二人はいったん自宅に戻り、風呂場やトイレなども確かめたがやはりどこにもいない。

 警察に捜索願を出そうかと思った矢先、床下からくぐもった声がすることに気づいた。

 キッチンの床下収納部から床下を覗くと、横になり小さくうずくまるパジャマ姿の老母がいた。

 未だ肌寒い時期のことで、多少の身体への負担はあったが、すぐ暖かいベッドに運び、身体を温めるものを飲ませたので大事に至らなかった。

 息子の悪質な悪戯――いや、もうこれは虐待だと両親は激怒、だが、叩き起こされた息子は否定し、ボケた祖母が自分でやったことだと主張した。

 だが、床下収納庫はきっちりフタが閉まっていたし、重い中身の入った収納ボックスもそのままだったので、いくら認知症だとしても老母が一人でできることではない。

 あまりにお粗末な言い訳に両親はさらに激怒したが、息子は自分がやったことだと絶対認めなかった。

 その後、再び同じことが起こり、息子を戒めたが反抗して友人宅へ入り浸りになってしまった。

 そして息子の不在が続くある朝、また老母が部屋からいなくなり、今までと同様、床下から見つかった。

 内緒で帰宅した息子の仕業だと考えたが、数日前から息子は友人たちと春休みを利用した旅行に出ているのを知り、彼が否定していたことが真実だと判明した。

 その後、急激に認知症が進行した老母は施設に預けられ、家に戻ってきた息子と両親の三人は早々に家を引き払った。



2024年8月


 不動産屋で働く佐脇拓司(W県W群黒菊町黒菊三丁目三番地担当)は、自分を口汚く罵る悪妻を殺害し完全犯罪を目論もうと、不穏なうわさのある家の情報をネットで知り、それが自身の担当する家ではないかと疑って、それを利用することを思いつく。

 それぞれうわさの家が担当家か確認のため、6件の各事件を調べてみたが、確かな調査の結果、すべて別々の家で起きていたものであることがわかった。

 担当家についても詳しく確認すると、197×年の事故後、確かにお化け屋敷といううわさはあったものの、数年後に内外装をリフォームし、売りに出され、ある老夫婦が購入した。

 今でもお化け屋敷といううわさは薄く残っている――佐脇の勘違いの原因――が、夫婦が没するまでの間、事件などは一切起きていない。

 老夫婦の親族により家は売りに出されたが、進展もなく放置された状態で現在にいたり、佐脇の担当家になっている。

 一軒家、床下収納、殺人事件や行方不明、お化け屋敷など、事柄が似かよっているだけで、担当家はうわさのある家ではなかったのだ。

 類似の事件やそれに関するうわさなど、結構あちこちに存在しているものなのだなと感心しつつ、佐脇は結果、妻の殺害を断念した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] そんな危険物件ならリフォームせずに取り壊して駐車場にするだろうに、と思って読んでいたら、きれいな謎解きで、なるほどと納得しました。殺人に使う為に調べるってところも秀逸でした。 恐ろしい事件…
[一言] そんな曰く付き物件が大量にあることが恐怖です…! でもすっかり騙されました。てっきり私も同じ家の話で、呪われてるのかと。部外者は想像で物を言いますから、こうして噂が広まったのでしょうね。読み…
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