おとぎばなし ― はじまり ―
連載のほうで続けている『おとぎばなし』シリーズの、さいしょのはなしを、こちらへうつしました。 このあとのはなしが、血生臭くBL風味でなんとなく続いております。。。。。
キーイ、と鳴いたのは、山に住む鳥か。
見上げたまま動かなくなった男へ、もう一人が「おい」とせかす。
「はいはい、わかってるって」
なら、歩け、と命じた男は既に先を行きだした。
「いや、今見えた空が、なんだか久しぶりにみた空のような気がしてさ」
「空なんか、戻ってから仰ぎやがれ」
がざがざと、先の男は足元の小さな植物など無いかのように足を運ぶ。
こいつの後って、道ができるから歩きやすい、とは言わない。言ったら先を歩かされるだろう。
いきなり、前のでかい背がとまり、まさか今のが伝わったか?などと思う。
「沢だ」
ざざざ、と斜面を下る大きな身体をおいかける。
でかいのに動きが早いのだ。
少し息がきれた。
ここのところ、少し怠けていたからか、身体が重く感じる。
「どうした?歳かよ?」
「うるせえ」
沢の水に手を浸して笑う奴は、おのれよりも五つほど歳若い。
水をすくうと鼻の下へと近づけた。
「イヌみたいだな」
「うるせえよ。おれはあいつらの匂いしか、わからねえ」
からかいに真面目に返すところがこの男らしい。
ふん、と鼻を鳴らして水を捨てた。
「―― おいテツ。この仕事、どこから請けた?」
「聞きたいのか?」
聞かなくともわかるだろうと見かえしたら、ものすごく嫌そうな顔をされた。
「帝かよ?」
「そ。金もでる。スザクには黙っておくよう言われてねえ」
けっ、と口を曲げ、水をすくったほうの手をふる。
「この上だな」沢の上手を見上げた。
「アレからの仕事じゃあ、退治じゃねえんだな?」
「まあね。天帝からは、『 見つけてこい 』、って言われてるだけだし」
「なんだ?そりゃ・・」
そう思ったのはおれも同じだよ、と沢をのぼり始めた。
この男と組んで仕事をするようになって、はや四年。
「おい、スザク。おまえ今、二十二か?」
「おめえが二十七ならな」
初めて会ったときから、こいつのこの口のききかたは変わらない。
※※
もともと、神官、という職についていたのだ。
もってうまれた『力』で、この世の中の、役神を遣いこなす仕事をしていた。それがある日、自分が務めるところに、天宮からの遣いがやってきた。
「セイテツっちゅうのはおるか?」
天宮にたくさん住まうの役神の一人だった。
見かけはどこにでもいる山鳩だ。
「・・・おれだ」
「呼んでるで。ミカドが」
「・・なんで、おれなんだ?」
「しるかい」
書類を作成中の机に乗った鳩が、ばさばさと飛び立った。
墨が散って作り直しのそれを丸めて捨てながら、ちょっと行ってくると、同情の視線の中立ち上がった。
天帝という地位にある、この世の中で一番強く賢いとされるそいつは、残念ながら、非常に捻じ曲がった性格をしていた。
「よお。待ってたぜ」
玉座の上の、白い猫があくびをする。
「用件を早く言え」
「おまえら、わしのこと、もうちょい敬っていいぞ」
言い返したい言葉を飲み込み、同じ言葉をくり返した。
「用件を」
「剣山のふもとあたりになあ、昔、ガキがいた。そいつを探して連れて来い」
「・・・断る。おれは忙しい]
「神官が?それならば、《 今からおまえは神官じゃない 》」
「ま、待て!」
この、性格が悪い帝に、口にだして言われたら、それは通るのだ。
「取り消せ!」
「断る。わしも忙しいんだ。早く探せ。ガキは今、下界の東の街にいるはずだ。女といる。探し出したら、高山につっこんで、徳をとらせろ」
「高山?・・・坊主にするっていうのか?」
そんな子どもを?
猫が、わらった。
「いそげよ?間に合わないとなあ、人がたくさん死ぬぞ」
「!」
嫌もなにもなかった。
下界に下りて、化け猫の言った手がかりだけで、どうにか探しあてるしかなかった。
まあ、結局わりと早めに見つけられたのは、その化け猫も珍しく焦っていたからであって、見つけた《スザク》という名の子どもは、もう十五歳で、とても『ガキ』には見えないこどもで、高山に突っ込めば、たった一年ほどで、徳をとり、坊主となって戻ってきた。
その後にあったことは、今はまあ、置いておくとして・・・。
※※
「・・・そうか・・・どうりでおれが、息切れするわけだ」
「だらしがねえなあ。女のところに入りびたりすぎだろ?ああ、あとタバコだ」
「生きがいだから、放っておいてくれ。それより、あれか?」
「・・だな」
沢をのぼり、その水の元へとでてみれば、山に入ってすぐに会った猟師の教えてくれた沼があった。
話に聞いた通り、かなり、大きい。
その、沼の真ん中に、浮島のように黒く光るものがいた。
沼には陽の光が当たり、浮島にも当たっているのだが、照らされているそれは、黒く硬い鱗だ。
「おい!そこの黒いの!」
いきなり、スザクが沼へ叫んだ。
「・・死んでるのかな?」
「これで刺してみるか」坊主が背中に負った刃を抜こうとしたとき、沼がぶくぶくと泡立った。
水が柱となり、さばあああと音がして、周りの木々から鳥たちが飛び立つ。
「・・生きてたな」
口をあけ、それをみあげた。
「―― 騒がしいわ。人間ども」
沼から上がったのは、そいつのでかい顔だった。
子どものころ捕まえて遊んだ、トカゲのような顔をしている。
スザクのほうへそれを近づけると、「ほお、おまえ坊主か」と喉を低く鳴らした。
「まあな。おまえ、なんだ?」
「・・・坊主のくせに、しらなんだか?」
「おれ、元神官だけど、しらないなあ」
トカゲのような顔と長い首、背中は沼に沈んでいたが、ハネが生えていた。
先ほど飛び立っていった鳥たちのように、柔らかそうな黒い羽毛に覆われたそれが、力なく水に浸かっている。
「わしは雲と風の僕だ。《アラシ》という」
「へえ~。初めて見た」
セイテツは観察するように相手をみた。
「わしも人間にこんな近くで会ったのは初めてだ」
鼻息をついてアラシが首を低くした。
「で?見つけたけど、どうしろっていうんだよ?」
「スザク・・シモベが好きでこんなとこにいるわけないだろ?怪我してるんだよ」
この会話にアラシが眼をほそめ息をついた。
「・・おまえら、わしをみつけるのを、誰かに頼まれたか?」
「正確の悪い白い猫にね」
「ミカドか?ふん、まあしかたあるまい。『借り』と認めようぞ」
あーあ、言っちゃった。
シモベに『貸し』をつくりたくて、今回はかりだされたな、とセイテツは口にせずスザクと顔を見合わせた。
「さすれば、人間、牛を一頭と、塩をひと盛りもって来い。それから、坊主の経だ」それだけあれば、すぐにも治るとアラシが言うのへ、坊主が聞いた。
「治ったら、そのハネで飛べるのかよ?」
「当然だ。わしらはこの空の、さらに上に住んでおる」
へえ、と感心したようにスザクがセイテツを見た。
「―― それなら、おれたちを乗せてミカドのところまで飛んでみてくれよ。はやく片付けてはやく帰もどってこいってのが、ミカドの《望み》だからよ」
おまえもつくった『借り』はすぐに返したほうがいいだろう?ときかれたトカゲは、わらうように目を細めて喉をならした。
こうして、ふたりの男をのせて『はやくもどった』おかげで、ミカドの望みをかなえたシモベは、帝への『借り』をかえしたことになり、帝がつくりたかった『貸し』はなくなった。
もちろん、怒った帝から金はでなかった。
スザクとセイテツはアラシに気に入られたらしく、ときどきその背にのって空を飛ぶことができる。
「これで、息切れしないで山がのぼれる」
「てめえはちゃんと身体ととのえやがれ」
四年も、妖物を退治してきたのだから、これぐらいの褒美があってもいいと、セイテツは今日も山々をみおろし思っている。