第五話「始まりのギルド」
神様が大きな大きな光に一つの星を渡して言いました。
この星に世界を創りなさい。
ーー創星記第一章 抜粋
五つの大陸と広大な海で構成された星がグローヴァと名付けられたのは、勇者が魔王を倒してから三年後の新世紀真っ只中であった。
雷鳴の魔女が統治していた東の国にある神殿の中で、一片の石碑が見つかったのだ。石碑には文字が刻まれており、その碑文は瞬く間に学者を集わせ彼等の頭を悩ませた。というのも、文字はずっと昔に使われ、今は廃れた古代のものであったからだ。
古代文字の解読が進んだのは、第二の発見があったからである。
颯の魔女が統治していた東南の国で見つかった石碑は迷路のような遺跡の奥深くにあった。宝物庫と思わしき大きな空洞の中には石碑の他にも今では手に入らない素材で造られた人工遺物が詰め込まれていて、それらに描かれた文字が解読の助けになったのだ。
しかして数多の解読結果から分かったことは、神様が星を作り光と呼ばれる者が世界を創造したという神話じみた記述のみ。
学者達は古代の文明があったこと、古代人達はこの星の成り立ちを知っていた事、そしてこの二つの碑文よりももっと多くの碑文があると考えたことから、大昔の探究を求め古代創星神話学会を立ち上げた。
その際、学会が声明とともに出したのが、この星の名前であった。
グローヴァ。
光の星、という意味である。
他方、石碑では無く人工遺物や遺跡で採れる希少素材に目をつけたのが、各国の商工ギルドであった。
商工ギルドはまず冒険者という全く新しい職業と専用のギルドを誂え、遺跡探索や文明探究に尽力する人材を確保した。冒険者が持ち帰ってきた資源を金銭と換金し、買い取った資源を売りに出す。
そうした冒険者専用のギルドは冒険者ギルドと呼称を改め、やがて遺跡探索だけでなく市民や国からの依頼も受け付ける仲介の役割を担うようになった。
魔族という脅威は去ったものの、聖女でさえ浄化しきれない数の魔物は未だ地上に生息し人々を襲っている。行商人の護衛や村を襲う魔物の討伐など、遺跡探索よりそちらをメインに受注する冒険者も現れ始めた。
現代において、冒険者ギルドとは主に三つのギルドのことを指す。
そのうちの一つであり最古のギルド、ヴィブラントはグランディア王国の王都ルクスに本部を構えていた。
構成員の居住宅も務めるヴィブラントは白亜の壁に青色の三角屋根が連なる精悍な外観をしており、一番高い屋根には赤色のギルド旗が風を受けてはためいている。
「よし、取り敢えず冒険者登録をしよう。そうすれば俺と依頼が受けられるし、何より身分が証明されるからな」
大きな扉の前でギルヴァールがレジーナに見せたのは、赤色の石が埋め込まれた長方形のプレートであった。
「ギルヴァール・ペチカート 職業:冒険者」と書かれたプレートはギルドカードというらしく、ギルドによって使われている素材が違うらしい。因みにヴィブラントは金色のジュライ鉱物を使用している。
「思ったんですけど、ギルド登録って年齢制限ありましたっけ」
「まぁあるにはあるが、問題ないぞ。レジーナは十歳だろう? 確か十歳未満が駄目だったような……」
「ギルは幾つで冒険者になったんですか?」
「俺は十八だ。魔法学校にも通っていたら結構遅くなってしまってな」
レジーナの質問に苦笑して答えながらギルド内に入る。
広いエントランスは酒場も兼用しているらしい。どんちゃん騒ぎしている冒険者達を横目に奥まで進むと、受付嬢が待つカウンターに辿りついた。
「久し振りだな、マイ」
「ギルヴァールさん! お疲れ様です」
真っ直ぐな黒髪にぱっちりとしたアーモンド型の黒目。ギルドの規定制服を着た受付嬢は微笑んでギルヴァールを労った。
そして彼が差し出したギルドカードに手を翳し唱える。
「ヴィブラント受付嬢、マイ。ギルヴァール・ペチカートの帰還をここに承認します」
すると赤い石がチカチカと瞬き、やがて黒色の石へと姿を変えた。「おぉ…!」とレジーナが感嘆の声を上げる。
「ん、ありがとう」
「いえいえ。あ、シオン殿下からの依頼完遂報酬が届いていますよ。確認しますか?」
「あー……。それは後でで良いや。まずはこっちからだな」
首を傾げるマイに、ギルヴァールはよく見えんだろうとレジーナを抱き上げた。
「わ! ギル。こんな事しなくても見えますよ!」
「嘘つけ。爪先立ちしてたじゃないか。それに、マイからは完全に見えてなかっただろう?」
口を尖らせるレジーナからギルヴァールがマイへと視線を戻せば、彼女はワナワナと口を戦慄かせて二人を凝視していた。
ギルヴァールとレジーナが揃って首を傾ける。
「……マイ? どうした」
「ほ、本当だったんですか!? ギルヴァールさんが年端もいかない幼女を手駒にしたって!!!」
「手駒にしたって何だ手駒って。元々こいつは俺のものだ」
「ギル、ちが、違います。それ逆効果」
「私はギルヴァールさんのこと信じてたのにぃぃ!!!」
「はぁ???」
わっと顔を覆って泣き出したマイに途方に暮れていれば、背後の酒場からは呻き声や歓声が沸き立った。
「おっしゃあ! 賭けは俺の勝ち〜」
「くっっそぉ!! 孤高の剣士じゃなかったのかよ!!?」
「だから言ったろ、貢ぐギルヴァールを見たってさ!」
一気に阿鼻叫喚である。話の内容を察したギルヴァールはため息をついた。
そして変な誤解はするなとマイを諌める。
「レジーナは先の依頼で保護したんだ。身寄りがいないから引き取ろうと思ってな」
「本当ですか?」と涙目で聞くマイに「ほんとほんと」とギルヴァールは頷いた。
「だからレジーナの冒険者登録がしたい。頼めるか?」
「え? 冒険者登録ですか? それは構いませんけど……。ヴィブラントいちの冒険者であるギルヴァールさんが受ける仕事って、かなり難易度が高いじゃないですか。レジーナさんは大丈夫ですか?」
もっともな意見である。ギルヴァールはギルドの規定年齢は十歳からと言っていたが、やはり異例は異例なのだろう。普通なら大人の庇護下にいなければならない歳だ。
それに今のレジーナは、到底十歳にも見えないほど小さく華奢な体躯をしている。棒切れのような腕が、どうやって腰に携えた白銀の剣を振れるというのだ。
そのことに、思い至らなかった……わけでは……。
「あぁ、だから一先ず一ヶ月の休暇を取る。それから、難易度の低い順に受けていくさ」
「え……?」
冷水を浴びたようだった。
「ーー! ぎ、ギル。私は一人でも大丈夫です。貴方は気にせず普段通り依頼を」
「ん? 変な遠慮をするな。まだ勝手のわからないことばかりだろう」
まるでこの世の終わりとでも言うように青褪めたレジーナを置いて、ギルヴァールとマイの会話は進んでいく。やれ今来ている依頼はどうするだのやれ緊急時は出れるのかだの。それは本来ならばしなくてもいい余計な徒労で。
血の気が引く。ようやっと分かったのかと、冷徹な右腕がレジーナを睨め付けた。
理解したのか、今更。十分甘い夢だっただろう。有能で優秀で須くに秀でたかつての自分が、そのままであったと思っていたのか。
お前の身体は脆い子供のもので、忌み嫌う聖女の力のせいで魔法だって使えない。彼の期待に十二分に答えられると、本気で思っていたのなら改めるべきだ白薔薇の魔女!
「よし、こんなもんか。じゃあ俺達帰るから、何かあったら連絡してくれ」
「かしこまりました。ギルドカードはこちらで発行しておきますね」
良い休日を! と手を振るマイに背を向けて、ギルヴァールはレジーナを抱えたまま歩き出す。
その腕の中で、レジーナはただ震えていた。訝しげな赤い視線に気付くことなく、失えない体温の中で小さな頭に詰められた賢い脳は瞬く間に最適解を導き出す。
唇を噛み締めた。どくどくと血が回って、痛いくらいに心臓の音がうるさい。
分かっている。……分かっている分かっている分かっている!!!
しかしてレジーナは、ギルヴァールの屋敷に着くまでついぞその解を口に出すことはできなかった。
ギルドが出たら一気にファンタジー感増しますね!
面白かった、続きが楽しみだな、と少しでも思ってくれたら嬉しいです。
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