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第四話「希望の街に赴いて」

 人々は言う。

 ーー丘を目指せ。

 人々は言う。

 ーー丘の先には希望の街が広がっている。


 魔族の猛攻により逃げることを余儀なくされた数々の移民を受け入れ、命を繋ぎ種を絶やさず、勇者と聖女を旅立たせた人類最後の国グランディア。

 その王都ルクスは丘の上に造られた八つの街を、その丘ごと何層もの城壁で囲んだ城塞都市であった。

 外敵が攻め込んでくることを前提とした造りは、ルクスが魔族との大戦を生き抜いた唯一の都市であることを裏付けている。


 そんな歴史あるルクスを構成する八つの街の一つ、ミラープ街はいつも通りの賑わいをみせていた。

 井戸端会議に勤しむ女性達や売り子の快活な声。煉瓦が敷かれた石畳の床を子供達が笑いながら走り去り、人馴れした猫が水を飲む馬にみゃあみゃあと話しかけている。

 道の両端には多種多様な商店がずらりと立ち並び、街ゆく人々の興味をあの手この手で誘っていた。

 その繁華街から日の眩しい青空を見上げれば、赤と白の美しいルクス城が視界にはいる。

 はいる、が。


「お前は何でも着こなせるから、逆に悩むよな」

「それ私に服を贈る時は毎回言ってませんでした?」


 初めての街であるらしいのに、レジーナは城には目もくれずギルヴァールと並び歩いていた。シオン達と別れてから宿を立ち、その足でこの街に向かったのだ。

 ギルヴァール達がいたルーメン街はルクスの外側、丘を下った先にある四つの都のうちの東部エルピスに造られた歓楽街であった。四つの都は丘に沿うように出来ており、それぞれ東部エルピス、西部スペランツァ、南部フープ、北部スペースと名付けられている。

 エルピスとルクスを繋ぐ関所をくぐるなり「まずは服と装備だな」と行き先を決めたギルヴァールとミラープ街を歩くこと数分。懐かしい話になったところでギルヴァールはある店の前で足を止めた。看板を見ればニードルテイラーの文字。仕立て屋であるらしい店のショーウィンドウには今流行りの服を着たマネキンが三体置かれていた。

 ギルヴァールが扉を開ければドアベルが鳴る。中に入った彼女の後を追って、レジーナも店へと入っていった。カラン、カランとベルの音。


 そんな二人にどよめいたのは町民達である。

 レジーナにではない。レジーナを連れるギルヴァールに彼等は驚いたのだ。

 ギルヴァール・ペチカートという冒険者は仲間を持たない孤高の剣士として有名であった。

 仲間を持たずたった一人で莫大な功績を叩き出す冒険者。そんな彼がまだ幼い少女を連れ、慈愛に満ちた顔で笑っている。

 ギルヴァールはよく依頼や旅に使う物資を買う為にミラープ街を訪れていた。しかして気さくだがどこか飄々と斜めに構えた態度を崩さない彼があんな風にでれっと破顔しているところなど、彼等は見たことがないのである。


 そして、それはこの女も同じこと。


「え?? 誘拐???」

「何処をどう見たらそうなるんだ」


 ミラープ街イチの仕立て屋ニードルテイラーの店主を務める女、アンナ・ニードルはあまりのことに目を丸くして言った。

 ウッド調が柔らかな雰囲気を作り出す内装とは正反対に積極的な性格のアンナは誰に対しても遠慮がない。それはギルヴァールであっても同じことだった。にしてもと開口一番に免罪をかけられたギルヴァールが呆れたように肩を竦めたが「いや、だって……」とアンナはギルヴァールとレジーナを交互に見比べて続ける。


「じゃあ何? 隠し子?」

「なわけないだろ」

「ごめんごめん。君が誰かといるところなんてあまり見ないし。珍しくってさ」


 たははと頭をかいたアンナにギルヴァールが「まぁ確かにな」と頷く。そしてレジーナの背を押した。


「アンナ、彼女の服をお願いしたい。普段着と寝巻き……普段着の色は水色を基調としてくれ」

「了解。オーダーメイド?」

「にしたいのは山々なんだが、生憎すぐに欲しくてな。それはまた後日だ。今回は既製品で良い」

「ランクは?」

「金だ」

「わぁお! 良いね!!」


 ギルヴァールが注文した内容を宙に浮いた羽ペンが書台に置かれた洋紙に書き連ねていく。

 一つ頷いたアンナはパチン、と指を鳴らした。その瞬間、洋紙が消えてギルヴァール達の前に服を吊り下げたポールが現れる。


「取り敢えずお嬢さんに似合いそうなので今用意できるのはこれくらいかな。例えばこのエプロンワンピースとか可愛いんじゃない?」

「ほぉ」


 アンナがポールから取ったのは、フリルをふんだんにあしらった水色のワンピースの上に白色のエプロンを重ねた服であった。

 首元を煌めく石のブローチで飾り、腰の部分を大きなリボンで締めている。


「あとはねぇ……」


 羽ペンと同じように浮いたワンピースをしげしげと眺めるギルヴァールを置いて、アンナは何着か見繕い始めた。

 ちなみに金ランクは最高級の素材のみを使用し、かつ全てに特定の加護を付けた一点ものの売り物という意味であるのだが、何も知らないレジーナは「へぇ、可愛いですね」と能天気に頷いた。貢がれるのに慣れた態度である。それも仕方のない事で、ギルヴァールは魔王であった時から、手に入れた大事な大事な宝物はよく磨いて飾っておくタイプだったのだ。彼の一番のお気に入りである白薔薇の魔女がその寵愛を受けていないはずもなく。

 まぁ、死霊の魔女には「あんなに貢がれてんのはアンタだけよ」と半目で言われたけれど。


「これなんてどうかしら?」


 アンナが次に取り出したのは白色のワンピースであった。

 花の刺繍が施された清楚なワンピースの裾部分には、フリルとの境界線を隠すように水色のリボンが同色の布を挟んで連なっている。


「うーん。あとはこれかな?」


 続け様にそう言って、アンナは可愛いらしいエプロンワンピースや清楚な花のワンピースとはまた違った服をギルヴァールの前に差しだした。

 白のブラウスの上に青色のジャンパースカート、ジャケットを着る知的な服だ。ブレザーの襟に施された金刺繍が美しい。


「どう? まだあるけど、あとはランクを落とした方が」

「ふ、ふふ。流石アンナ。お前に見立ててもらった甲斐があった!」


 ただでさえニードルテイラーの服は安くない。それが金ランクの物であれば尚更である。一流の冒険者といえども金銭的にキツイんじゃないか……と提案したアンナを遮って、目を輝かせたギルヴァールはビッとポールを指差した。

 一流かつ王家御用達の冒険者の懐事情を舐めないでいただきたい。そしてギルヴァールは自分自身には贅沢をしない主義である。というかしたいとも思わん。つまり今の今まで貯めに貯めた貯金があるわけで。


「全て買いだ!」

「え、えぇぇぇぇぇ!!??」


 アンナの驚愕の叫び声がミラープ街に響き渡った。無理もない。

 だがギルヴァールからしたら「今使わずにいつ使う」案件であったのだ。

 かくしてその場には大量の金貨に震えるアンナと、ほくほくと満足そうに微笑むギルヴァール、そして何やらヤベェ買い物だったことを察して青ざめたレジーナという異様な光景が出来上がったのであった。



 ニードルテイラーの次に武具屋を訪れ、そこでも金で店主を殴った頃には陽が傾き出していた。

 茜色の空が街を覆いそこら中から夕飯の匂いが漂ってくる。


「そろそろご飯にするか。レジーナは何が食べたい?」


 ギルヴァールが聞けば、顔をしおしおにしたレジーナはか細い声を上げた。腰には武具屋で買った細剣を下げており、ニードルテイラーで買ったエプロンワンピース姿がとても似合っている。


「さっぱりしたものが食べたいです」

「分かった。……というかどうした?」


 行き先を決めたのか、迷いのない足取りで歩きだしたギルヴァールはいやに覇気のないレジーナに首を傾げる。帰ってきたのは怪訝な眼差しであった。


「だって……。いくら何でも私に注ぎ込みすぎです」

「俺がお前に物を贈るのはそう珍しいことではなかっただろう?」

「む、昔と今じゃ違うんですよ! 人間はお金がないと生活できないんですから、もう少し大事に使ってください!!」


 そう、レジーナは危機感を覚えたのだ。この人、結構感性は魔王のままなのでは?? それはそれで嬉しいことだし、好ましくある。けれど人間に寄せておかないといけない感性だってあるわけで。

 金銭感覚はその最たるものだと思うのだ。昔のように脅して殺して奪う行為をしないのならば、お金は大事に使わなければならない。子供でも知っている常識である。金のなる木など御伽噺の中にしかないのだから。

 今日みたいな使い方を今後もしそうなギルヴァールに、今のうちにとレジーナは釘を刺す。十中八九その時の貢ぎ相手は私になるのだから、ともはや開き直りの域であった。


 が、その忠言も虚しく。


「? 必要なものだっただろ?」


 ギルヴァールはそう言ってこてんと首を傾げ、そんなことよりもと足を止めた。いや、そんなことじゃないんですけど。


「着いたぞ。夕飯を食べたらギルドに向かおうか」

「……はい」


 食堂に入るギルヴァールに続く。

 無意味な忠言だったことを悟ったレジーナの腹がくぅ……と鳴った。


第四話を読んでくださりありがとうございます。

この話は書いててめちゃくちゃ楽しかったです。我の右腕可愛すぎ??となったギルヴァールが貢ぐ姿はまた見たい(書け)。


面白かった、続きが楽しみだな、と少しでも思ってくれたら嬉しいです。

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