第2部エピローグ-中 再興の炎
―― 佐藤のり子 ――
YaーTaプロ解散寸前にまで追い込まれたあの忌まわしき事件から、およそ1週間が経った。警察の事情聴取や事務所の移転、私をとりまく環境の変化など、本当は伝えたいことが盛り沢山なんだけれども。
はっきり言おう。それどころじゃない。佐藤のり子、復帰配信およそ30分前にして絶賛大ピンチ中であった。
「ダメだー! 新しい配信ソフト、何もかもが分かんねえーッ!」
顔バレ案件配信の影響で、我が社が誇る専用の配信ソフトは使えなくなった。なので他の配信者さん達も御用達な新しい配信ソフトをマイパソコンに導入する必要があった。
インストールは勘でどうにかなった。だけど設定段階で躓いた。専門用語のオンパレードすぎて、私の中のチンプンさんとカンプンさんがタッグを組んで大暴れしているのだ。カメラが反応しないわ、マイクに声が乗らないわで、もはやまともな配信はおろか、真っ黒な画面を映せるかどうかも怪しい状況である。前のソフトは基本的にワンクリックで全部解決の親切設計だったので、頭の弱い私でも気軽に配信できていたのに。紅焔アグニスの復活配信は茨の道だと覚悟していたけど、ジル戦のリーサスもメガネをずり落としかねない思わぬ伏兵である。
YaーTaプロの配信だから周囲の人にはヘルプを出せない。オンラインで助けてもらおうにも私がポンコツすぎてダメ。だから我が家にお呼びしましたよ。我らが機材担当を。
「お邪魔します」
「来た! キィちゃん来た! 神降臨!」
「神だなんて大袈裟な……はぁ……やっと入れた……」
「ごめんね。お祭り騒ぎみたいになっちゃって」
「この部屋に入るまですらひと苦労でしたよ。ボディチェックまで受けさせられて……完全に要人警護じゃないですか」
キィちゃんは部屋の外へ視線を向けた。我が家の周囲には人だかりができている。紅焔アグニスが配信すると聞いて、大勢の人が押し寄せているのだ。純粋に応援をしたい人や、逆に邪魔をしてやろうと邪な気持ちで待機している人。中には私へ決闘を申し込みに来た迷惑者までいる始末だ。その大勢の人達は、シズが手配してくれた警備の人たちが全て押し留めてくれている。
「でも本当に引っ越ししなくていいんですか? この調子じゃ、もう日常生活ですら大変だと思いますけど」
「このフランケン顔が全世界にバレちゃってるんだもん。どこに居たって変わんないよ。すぐに特定されてお祭り騒ぎになる。だったら守りをガチガチに固めて迎え討ったほうが私も安心できるってもんだよ」
「学校側も、よく復学を許してくれましたね」
「生徒のことをよく考えてくれる優しい学校なんだよ。ははは」
「?」
むしろ食いつき気味に復学してくれと言われたときには流石に引きましたよ、ええ。顔バレの一件で学校を有名にするチャンスだと思ってるんだろうな。清々しいクズっぷりだけど、清々しすぎて逆に不快感が無いから不思議。
「それに、私と一緒に学校へ通いたいって言ってくれる友達も応援してくれるから。慣れ親しんだ地元を離れる必要が無いなら、それに越したことはない」
「良いお友達に恵まれてますね」
「うん。本当に恵まれたと思ってる」
シズはお嬢様らしく、私に金額面でサポートしてくれる。私の家に警護の人を配備してくれたのだ。費用はシズが全額負担してくれるので問題は起きていない。『紅焔アグニスへの推し活動』としては、いくらなんでも大袈裟だからと最初はお断りをしていた。だけど『私と一緒に学校へ通いたいから』と言われてしまっては断れなかった。
夏美さんは学校生活の中で、中身バレして肩身の狭い私を受け入れてもらえるように取り計らってくれた。私が教室の中で、檻の中の珍獣を見つめるような視線に耐えていたら、私の傍まで来て、言ったのだ。『紅焔アグニスを笑うなら、先に似たようなことをしている自分を笑ってください』って。男前すぎて改めて惚れそうになったよ。
そしてヨーミだ。彼女はいつも通りに親友をやってくれているけど、哀しそうに自分を責めることが減った。リスナーの皆が私の傷を受け入れたことで肩の荷が降りたらしい。私の傷に対しても前向きになってくれているみたいだ。こっそりとシズが教えてくれたけど、どうやら医者を目指すらしいとのこと。私の傷や、同じように傷で困っている人の助けになりたい、との話である。大好きな親友が自分の未来へ一歩踏み出してくれたのは嬉しいしかない。
みんな最高の友達ばかりだ。間違いなく胸を張って自慢できる。
「さて、あまり時間も無いですし。始めましょうか」
「そうだった! あと30分で間に合う?」
「よく使っていたソフトなんで大丈夫だと思いますよ」
YaーTaプロのオーディションを受けていた以上、配信経験もあるんだろうな。
取り乱す様子も見せることなく、テキパキとした手さばきでマウスを動かしたり機材を交換したりするキィちゃん。その時間、たぶん5分くらい。結果発表は早かった。
「終わりました。いつも通りに配信できるはずです」
「はっや!? 私、2時間くらい悩んでたんですケド!?」
「機材トラブルを解決するための機材担当ですから。佐藤さん用のマニュアルも近いうちに作成しておきますね」
「ホント助かるー。いざとなったら配信を遅らせて、ルルか安未果さんのところに直接乗り込んで機材を借りようと思ってたからさー」
「ルルーファさん――ですか」
「ついでに夜ご飯でも一緒に食べて――おん?」
キィちゃんの表情が曇った。自分の心配をしてる場合じゃないなコレは。
「どったの? ルルについて何かお悩み? 時間はまだあるし、配信内容の準備はバッチリだから余裕あるよ。聞こうか?」
「いえ、その。悩みではないんですけど」
「悩んでる顔をしながら言われても説得力ないよ。時間までに解決できなかったらゴメンね」
畳まれていたちゃぶ台と、近くに積まれていた座布団を設置し、普段の配信で、離席中にこっそり食べているお菓子をちゃぶ台の上に並べた。ひとくちカステラ、甘納豆、フルーツグミ。音の少ないお菓子の三銃士である。私が座布団に座るよう促すと、キィちゃんは申し訳無さそうな表情で座った。私も彼女の正面に座り直す。
キィちゃんとお話をする機会がなかなか無かったから新鮮な気分だ。特別に仲が良いわけじゃないし、キィちゃん本人が引っ込み思案なので、自分からも積極的に親しくしようとは思わなかった。一緒にオーディションを受けて合格と不合格で別れちゃったから少し気まずかったし。
さて、キィちゃんは話しづらそうにしているから、ここはひとつ推理を披露しよう。ルルに共有してもらった、ルルの正体バレ一覧リストにはしっかりと名前が載っていたから、なんとなく察しているよ。
「ルルっていうより、ルーファスに関するお悩み?」
キィちゃんは左右に何度か視線をキョロキョロさせてから、言った。
「怖くないんですか? 彼女が」
「んん?」
質問の意図がよく分からん。ピンとこないぞ?
「人殺しだったんですよ。今でこそバーチャルアイドルの事務所に所属しているからどうにかなってますけど、必要があれば他人を殺すことに今でも躊躇しない人ですよ」
あー……把握。サイコパスっぽいとこあるもんね。
「ごめんなさい、配信前に」
「相談に乗るって言い出したのは私だから大丈夫だよ。キィちゃんのように考える人のほうがきっと多いと思う。
まあでも、その質問の答えは分かっちゃってると思うけど、あえて答えるよ。怖くないかの質問だったね。イエスかノーで言えば、絶対にノー。むしろ正体を知る前より大好きすぎるくらい」
「ノーと即答できるのはどうしてですか?」
「友達として最高すぎて離れたくないっていうシンプルな理由なんだけど……キィちゃんが知りたいのは、私がルルを好きな理由じゃなくて、ルルを怖がらない理由だもんね」
ややこしい問題ではある。でも大丈夫。キィちゃんの疑問と似たようなことを考えていた時に整理済みなのである。
「ルルが寂しがり屋でほっとけないから、かな」
「寂しがり屋……ですか? あの人、友人関係が多すぎて、寂しいなんて感じる暇も無い人でしょう?」
「私もそう思ってたんだよ。ルルの正体を知るまではキィちゃんと同じ考えだった」
キィちゃんの表情から後ろめたさが消えた。真剣に私に視線を向けている。
「ルルってさ。なんでもできる奴じゃん。ルルより上のスキルを持ってる人を探すほうが難しいくらいに完璧じゃん。だからルルと対等な立場に立てる人や、ルルが尊敬できる人って、本当に限られてると思うの」
「天才が故の孤独ってやつですか」
「そういう貴重な立場の人たちが自分から離れていくことを、ルルは極端に恐がってるんだよ。キィちゃん。ちょっと怖い話をするね。社長にもまだ言えていない内緒話」
そう前置きを言ってから、あの不良ゲス女に拉致された時のルルについて伝えた。配信まであまり時間が無いので要点を絞って。
私がルルにとって憧れの対象だったこと。その憧れの対象だった私をゲス女が殺し、ルルが我を忘れるほどに怒り狂って暴れたこと。
ルルの様子を聞いたキィちゃんの感想は、私と同じだった。
「似ていますね。ルーファスが心から尊敬していた、銀星団の大団長が殺された時と」
「血みどろの戦争を何十年も経験してきたルーファスなんだから、理不尽に人が死ぬさまなんて慣れっこなんだ――そう考えてた。でも本当は真逆なんじゃないかな。
心から慕っていた大切な自分の理解者を何人も何人も何人も失って、だからこそ失った時の悲しさがルルには耐えられなくて。そのうち周りからの共感も得られないまま自分だけが取り残されて、孤独でひとりぼっちになることを恐れている――私の解釈はこんな感じ。流石にルル本人には伝えてないけど、たぶん否定されないと思うよ」
「孤独でひとりぼっち……そんな風に考えたこともなかったです」
「だからこそルルとは友達でいたいんだ。あのルーファスにリスペクトを貰えている立場として、余計にね」
ピピピ、とスマホからアラームが鳴る。配信開始5分前だ。スマホを操作して音を止め、視線をキィちゃんに戻すと、彼女は気まずそうに俯いていた。
「どう? お悩み解決できそう?」
「自分がいかに醜い人間か思い知らされています」
「いやいや逆でしょ。滅茶苦茶すごいと思ってるよ。怖いと思っている人から離れたいって普通なら思うところで、勇気を持って仲良くしようとしている。だからこそ今の悩みを言ったんでしょ? 私にはなかなかできないことだよ。だからすごく尊敬できる」
キィちゃんが信じられないといった表情で私を見つめ返す。でも残念。嘘や慰めじゃないんだな。傷ができてから離れていったクラスメイトたちともう一度仲良くしよう――そんな勇気を持たない私だからこそ断言できるよ。
「だからさ。泣かないでキィちゃん。無理しないペースでいこうよ。ルルは待ってくれる人だよ」
「ごめんなさい……駄目なスタッフで」
「悩みを持つのにアイドルもスタッフも関係ないって……ごめんだけど、もうすぐ配信だから準備するよ。いろいろ助けてくれてありがとうね、キィちゃん。とりあえずお母さんのところに行っておいで」
単独配信で他人が一緒という状況は基本的にNGである。一緒の部屋にいるとキィちゃんの声や物音がマイクに載ってしまい、同居人の存在を快く思わない連中が杞憂して騒ぎ出すかもしれないからだ。
もちろんスタッフであるキィちゃんは事情を把握している。私に優しくハグをしてから「頑張って」と小さく呟いてから配信部屋を出ていった。キィちゃん、元気になるといいな。ルルと仲良く慣れるといいな。
さて。切り替えよう。
キィちゃんが用意してくれた配信画面をチェックする。右半分の前髪を脇にどけてピンで留め、そして左目でウィンク。画面内の紅焔アグニスは今日も可愛くウィンクを返してくれた。配信内容のメモも準備OK。飲み物も準備OK。スパチャも自重してオフ設定を確認。あとは配信開始を待つだけだ。
「……全然大丈夫だな」
顔バレの配信がトラウマで配信開始のボタンをクリックするのもおっかなびっくり――なんてメンタルにはならなかった。むしろ配信が待ち遠しいまである。初配信の時にも似た高揚感だ。
全部みんなのおかげだね。絶望しか残されていなかった私がここに戻るまで、本当に多くの人たちに支えてもらったから、今の私が居るんだ。
私の暴走を総出で止めてくれたYaーTaプロのみんな。
私たち1期生の復帰をサポートしてくれたじゅうもんじの皆さん。
傷だらけになってでも私を支えてくれたお母さん。
私のいざこざに巻き込まれても、前以上に仲良くしてくれる友人たち。
私に酷いことを言われても、決して私を見捨てなかった安未果さん。
私のために自分の立場を危うくしてでも助けてくれたルル。
そして、醜い私を受け入れてくれたファンのみんな。
みんなと出会えて、本当に良かった。
「時間だ」
待たせたな相棒。また君に生命を吹き込めるぞ。また私たちは表現できるぞ。
一緒に行こう、紅焔アグニス。
そして今度こそなるんだ。誰もかもを笑顔にする、最高のトップアイドルに。
紅焔アグニス再始動だ!
「全世界のみんな! イグニッション! YaーTaプロダクション1期生、紅焔アグニスッ! ただいま現世に顕ッ現ッ! 紅焔ちゃんが帰ってきたぞ、お前たちーっ!!!!!!」
Agnis Ch.紅焔アグニス
ただいま!【紅焔アグニス/Yaーtaプロ】
91.1万人が視聴中 チャンネル登録者数 204万人
#紅焔ちゃん燃焼中




