136話 その渡り鳥、大胆にして聡明につき
―― 佐藤のり子 ――
ルチル・ストレイバード。Vtuber好きを公言する私ですら忘れていたほどのレアな配信者である。私たちYaーTaプロとの絡みと言えば、ルルの逆凸配信でコメントを残した程度。その僅かなムーブだけでリスナーの興味をかっさらっていったほどの大物なのだ。
その人物像を軽くおさらいしよう。
彼女は最大手Vtuber事務所のじゅうもんじライバーにして、YuTubチャンネル登録者数は箱内で最多を誇るトップエースだ。彼女を一言で表すなら『神出鬼没』。配信頻度は非常に低いものの、唐突に枠を取ってはゲリラじみた配信を行うというスタイルを基本としている。しかし、その数少ない配信の一つひとつが濃密な内容となっていて、配信毎の再生回数は最低でも常に50万以上をキープしている。トップライバーでありながら常に放浪の旅を続けており、国内外問わずに仕入れた情報と、型に囚われないフリーダムな感性を武器に配信者街道の先頭で大爆走を続けている。
……で。そんな鋼鉄製スライム並みにレア枠なルチル・ストレイバードと、私達はダイレクトに通話しているだって? マジかい? そっくりさんじゃない? 私、今日死ぬかもしれ――ああいや、この言葉は洒落にならんから捨て置こう。とにかく脳内が「やべえ」と「すげえ」のバカ丸出しな単語しか出てこねえ! カモンひらめきの神様! 何か気の利いたワードをくれ!
『ルチル・ストレイバードさんって、あの伝説のライバーさんですよね? 生配信でお会いできたら幸運が訪れるっていう、あのルチルさんですか!?』
『いやいや伝説だなんて大袈裟な。ボクはバリバリに現役だよナティカちゃん。皆から貰ったお駄賃を地方に還元する仕事が忙しいだけさ』
「逆凸の件ではお世話になったね。盛り上げてくれてありがとう。君とは前々から語ってみたかったんだ」
『その節はどうもだね、ルルーナ団長。こちらの配信も盛況だったよ。今回は短い語らいになるだろうけど、よろしくね』
「あ、あの! 登録者数200万人突破、おめでとうございます!」
『ありがとうアグニスちゃん。まあでも、君もすぐに仲間入りだと思うよ』
しょっぺえええ! 我が同期に比べて自分のコメントがしょっぺえ! いつか来るかもしれないコラボのためにイメトレしておくんだった! くっそー社長め! 厄介役員さんでも呼ぶのかと思ったら超大御所じゃねえか!
『――さて。興奮に水を差すようでごめんだけど、お世辞はこれくらいにしようか。君達に余裕がないから、名残惜しいけど巻きの進行で行かせてもらうよ』
通話越しにルチルさんがパチンと手を叩いて、ようやく浮かれ気分が落ち着いた。あぶねえあぶねえ、上京したての田舎もんみたいになっちまうところだった。
『ルルーナ団長とナティカちゃんの配信は拝見したし、話は舞人クンと灯ちゃんから概ね聞いてる。
アグニスちゃんの無事をできるだけ早く皆に配信で伝えたい、でも配信する環境が無いんだよね? その問題、ボクが解決させてもらったよ』
「解決した!? 過去形ってことは、もう対策済みなんですか!? 配信環境をルチルさんに用意してもらえると!?」
『うん。そうだよ』
「しかし個人の環境を借りるわけにはいくまい。どう対応したのだ?」
『じゅうもんじの公式スタジオを借りた。そこで配信しなよ、君達』
「えええ!?」
「なんと!?」
『?』
私とルルは声を上げてビックリした。安未果さんは私達が驚いている理由にピンと来ていない様子だ。
『そんなにすごいことなの?』
「配信スタジオって、基本は予約制なんですよ。いくら自社スタジオだからって、数時間かそこらの間で抑えられるもんじゃないんです。ましてや業界最大手、所属ライバー100名超えのじゅうもんじですよ。難度SSランクです」
「申請後は機材やスタッフ、スケジュールの調整に加えて各費用の算出もある程度は出さねばならん。ましてやコラボ経験も少ない他社の受け入れまでこなすなど一朝一夕に出来るものではない」
「いくら自前のスタジオでも、自社のライバーさんの収録予定は無かったんですか!?」
『その辺りのめんどくさい部分は全部ボクがワガママ言って押し通したよ』
『ワガママって……タレントなのに、そこまで発言権があるんですね』
『まあねー。これでもボク、じゅうもんじのトップライバーですから。多少は融通が利くんですよ』
自信満々な物言いに、ルチルさんが通話越しにドヤ顔をキメている場面が想像できてしまった。きっとたくさんの反発もあっただろうに、その苦労を少しも感じさせないのは流石の貫禄だ。
「どうして部外者の俺達にそこまでできるのだ? 皆を説き伏せるのは苦労しただろう? 君への心象も悪くなっただろうに」
『そりゃあね、ルルーナ団長。君達YaーTaプロの居る配信界隈のほうが絶対に面白いからだよ。新進気鋭のニューフェイスが、不祥事で立ち消えなんてもったいないじゃないか。君達の活躍は業界の活性化に繋がると確信している。ボクの我儘ひとつで、可愛い元同僚の育てあげた大事な企業が助かる。だったらスタッフからの愚痴なんて安いもんだよ』
那由多をはじめとした同期や後輩ライバーたちが揃って彼女を慕う気持ちが分かる。自分の身を削ってでも誰かを助けようとする姿勢、誰かさんと瓜二つだ。例えば隣にいる女神様とかね。そんな人に見守られているじゅうもんじライバーの方々は頼もしい気持ちでいっぱいだろうな。
『さて、このプランはどうですかね、お客さん。もちろん費用はボクが全負担するよ。じゅうもんじに現在進行系で迷惑をかけているのはボクなんだからさ』
「そこまで策を張っていただいたのだ。乗らない手は無かろう。お嬢、姫。ふたりはどうだろうか」
『もちろん異議なしです。ルチルさん、ありがとうございます!』
「こんな神プランを断る理由なんてどこにも無いっしょ! 行こう、じゅうもんじの収録スタジオ! 私からも本当にありがとうございます、ルチル先輩!」
「総意だな。ありがとう、ルチル嬢。君の機転と慈悲に至上の感謝を」
『オッケー言質とらせていたきました。来るなら出来るだけ今日中に、なる早でお願いね。現場でウチの会社代表が準備してると思うから』
「飛倉代表が!?」
『あの人はボクと同じ人種でね。面白いこと第一主義なのさ。ボクという免罪符を得た今は、水を得たマグロのように現場でハッスルしてると思うよ。ノリノリで協力してくれているだろうから、うまい感じに付き合ってあげて――おっと』
ルチルさんが小さく声を上げると、通話越しにアラームが聞こえてきた。
『ボクの予想通りに話がまとまってくれて良かった。そろそろ順番待ちが来たからボクはもう行くね。安くて美味しい、回るお寿司でも食べながら君達の活躍を見守るよ』
「え? お寿司?」
『心配しないで。ボクはマイカーの中から君達の通話に参加してるからさ。漏れ対策はバッチリだ。ボクだってモラルは守るよ。ということで後はヨロシク、がんばってねー後輩クン達。よい旅路をー』
ルチル・ストレイバードお決まりの挨拶で締めて、ルチルさんは退席してしまった。最後の最後に信じられない発言を残して。
「なるほど。今は回転寿司チェーン店『スシゴー』で、じゅうもんじコラボフェアが絶賛開催中だったな」
「え、何? 私達の超難問を、お寿司屋さんの順番待ちの間で解決しちゃったってコト?」
「無論、待ち時間だけの手配では無いだろうが……いやはや、まさしく脱帽の手腕だ」
『ルルちゃんに負けず劣らずのゴリ押しだったね……本当にありがたいけど』
『ったく。いちいち恩着せがましいのよ、あいつは』
通話に戻ってきた社長が愚痴をこぼした。それでも社長の口調に嫌悪感は無い。手強いライバルを褒めちぎっているツンデレの口ぶりだ。
『とにかく我々はじゅうもんじのスタジオに集合。ルルちゃん達は場所を知らないだろうから、情報はルルちゃんのスマホに転送するわ。脇目も振らず全力で来て頂戴。なんならヘリや飛行機のチャーターすら構わないから』
「随分と荒れた言い方じゃないか。何か気に食わないのかい?」
『じゅうもんじの飛倉代表と文字チャットで事の経緯を聞いたのよ。そしたらルチルのヤツ、自分のクビをかけて脅してきたらしいわ』
『自分のクビって……ええええ!?』
『『YaーTaプロに協力しなかったらライバー辞めるー』ですって。そんな切り札を所属のトップに切られたら何が何でも応じるしかないでしょ。ああもう、どいつもこいつもロックなんだから』
私は無意識にルルの顔を見た。ルルの表情は驚きのままだ。すげえ。あのルルが手球に取られたまま呆然としている。
「この行動力と決断力がトップライバーたる所以か……勉強になるよ」
『お願いだからルルちゃんはこれ以上ヤツの破天荒を見習わないで。私の寿命が縮んじゃう』
「そいつは困るな。灯に死なれてしまったら、それこそ本当のYaーTaプロ解散になっちまう」
ルルは自分の両頬をぱちんと叩いて気を入れ直した。
「なんにせよ舞台は整った。残るは役者と台本だな」
『総決戦の前みたいな雰囲気だね』
「まさしく総決戦だよ、姫。YaーTaプロの社運をかけた大一番だ。ここでの負けは惨めになるぞ。そんな結末、俺はゴメンだからな」
「うん。最後は大円団だ! みんな笑顔で終わらせよう!」
私が発言した瞬間、ルルはクスクスと笑い始めた。おん? なんだいこの小馬鹿にされたような空気。
「お嬢。大団円の間違いだ」
『らしくなってきたね、のり子ちゃん!』
「ふぬっ……ワザとですー! 緊張をほぐすためのジョークですー!」
恥ずかしさに負けて強がると、皆が笑ってくれた。もう二度と見られないと思っていた光景だ。つい数日前までは当たり前の光景だったのに、数年ぶりに見たような懐かしさを感じる。この光景を大切にしたいって――この三人で一緒に走っていきたいって、心から願う私がいる。
やっぱりここがいい。紅焔アグニスは絶対にYaーTaプロダクションへ帰らなくちゃ。
あの夢の続きを追うんだ。私の家で、ルルと安未果さんの三人で語り合った夢に。
そしていつか成るんだ。夢にまで見た――。
「あ」
……見つけた。思い出した。ルルから貰った宿題に答えが出た。
私がアイドルを続けたい理由。とてもシンプルじゃないか。今まで忘れていた自分がバカらしいくらいに。
よし。
「社長。合流する前に、配信についての提案があります」
『提案? どうぞどうぞ。人道に反してなきゃ何でも聞くわよ』
「では――」
私も覚悟を決めるんだ。
ルルたちの頑張りに報いるため。私を待っている紅民の皆を安心させるため。
紅焔アグニスがこれからも活動を続けるために。
私の夢を叶えるために。