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伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。  作者: 東出八附子
第2部 紅蓮
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130話 彼はバッドエンドを迎えたい 後編


―― 峰夏美 ――


 見張りをしていた男の断末魔。そしてのり子さんの誘拐現場で起こった怪現象。その2つの異様な光景を目にした、私とヨーミさんを含めたこの場の全員がシズさんへ視線を送る。シズさんは先程までの悔しそうな表情から一転、余裕のある薄ら笑いを浮かべている。


「ご令嬢! あんた、警備のやつにどんな教育を受けさせたんだ。何が起こっている。誰を寄越した!?」

「さあ。わたくしは知りませんわ」


 龍堂は部下から拳銃を奪い、その銃口をシズさんの額に押し付けた。周囲が緊迫する中、シズさんの表情は変わらない。


「澄ました顔で冗談言ってる場合じゃねえぞクソガキ! 連れがヤラれた以上、あんたにゃ酷い目に遭ってもらわなくちゃいけねえ。その状況分かってんのか!?」

御生憎様(おあいにくさま)ですけど、使者のかたについては本当に何も知りませんの。でも可哀想だから、わたくしが知っているふたつの事実をお伝えしますわ……その銃口をどけてくださるならですが」


 龍堂は舌打ちをしながらシズさんの言う通りにした。ただし指は引き金にかかったままで。


「ではまずひとつ。HTSホールディングスをはじめとしたSL重工系列は、テロには絶対に屈しない。たとえ肉親が人質に取られても、犯人の要求には従いません。経済界のトップが犯罪の幇助(ほうじょ)をすると本気で思っておいでで?」

「ウソだろ!? 前例があっただろうが! それこそSL重工の――」

「表向きは身代金支払いの後に犯人逮捕、裁判に至ったとされていますが……実際は違います。犯人なら現場でひとり残らず()()されてましてよ。少々の犠牲も添えて」

「なっ……」

「儲けの足を引っ張るような足手まといは財閥に必要ない、ということですわ。だからわたくし、貴方に誘拐された時点で自分の人生は諦めていますの。もちろん、運良く生き残ったらしっかり務めを果たさせていただきますが」


 龍堂の顔がみるみる青ざめていく。


「イカれてやがる……レーナと良い勝負してやがるぜ、ご令嬢」

「あのアバズレと一緒にしないでください。さて、もうひとつの事実ですが……貴方、銀狐(ギンコ)仮面(かめん)様はご存知よね?」

「それがどうした」

「彼女は貴方がたが仕掛けたのり子へのヘイトクライムを阻止し続けた。でもひとりの活動では限界がある。そこで彼女は権力を求めて我々一族への接触をしたのですわ。

 つまり、我々は彼女と接触できる術を持っている。当然わたくし達の誘拐の件は、警備会社を通して彼女の耳にも入ります。まあそもそも、今日は彼女と会う約束をしておりましたので、発覚は時間の問題ではあったと思いますが。きっと、今こちらへ向かっている彼は銀狐仮面様が寄越した刺客なのでしょうね。貴方の一派の尽くを蹂躙した銀狐仮面様のお仲間なら、当然彼女に匹敵するお力を持っていることでしょう。

 のり子の件はともかく。わたくし達の誘拐に関しては、貴方がたが身代金なんて欲を出した時点で 詰み(チェックメイト) だったのですよ。のり子への復讐に尽力していれば逃げ口も見つかったでしょうに。はした金を受け取るため迂闊に移動することもできない。滑稽ですこと」

「そんなっ! それって……」


 シズさんが打ち明けた真相を聞いた私は、思わずふたりの会話に割って入ってしまった。

 

「銀狐仮面のことを話して、こいつらの計画を狂わせてやれたら……のり子さんが犠牲にならなかったかもしれないよね!? もっと良い結果になっていたかもしれないよね!?」

「……そうかもしれませんわね。でもそうならない可能性のほうが高いとわたくしは判断しました。それだけです」

「っ!! シズさん、貴女っ――」

「やめろ……夏美っ!」

 

 シズさんの元へ駆け寄ろうとした私に対し、地面に転がったままのヨーミさんが声を上げて制止した。ヨーミさんの瞳に怒りの表情は見えない。改めてシズさんのほうへ視線を戻す。彼女の瞳には深い後悔と悲しみが浮かんでいた。

 分かってしまった。シズさんは私達三人の安全が最も保証された決断をしてくれたことを。それが不本意な苦渋の選択であることを。ヨーミさんも、その選択を受け入れていることを。

 納得はできない。でも今は、受け入れよう。全部終わってから整理しよう。

 

「……のり子への、せめてもの手向けですわ。ざまあみろですわね」

「ああそうかい! もうウンザリだぜ!」


 龍堂は、シズさんではなく私の背後にまわると、私の後頭部に拳銃を突きつけながら羽交い締めした。


「峰氏を離しなさいっ! もう決着は着いているようなものですよ!」

「うるせえ! てめえら、この女だけ連れて撤収だ。急げ!」

「残りはどうするんで!?」

「黒豹ちゃんは足手まとい、ご令嬢はもう人質として価値がねえ! この女が一番マシだ! オラ、もう行くぞ!」

「金は!?」

「諦めろ!」


 部下たちは動揺している。無理もない。お金持ちじゃない人にとって3000万円は大金だ。簡単に諦められるものじゃない。「状況が危ない、だから諦めましょう」。そんな割り切り方、きっとすぐには出来ないだろう。


「グズグズするんじゃねえ! てめえらの頭から風穴あけてやろうか!? ええ!?」


 龍堂が焦りながら発破をかけていた、その最中だった。私達の頭上から、私とシズさんを遮るような場所に向けて、巨躯の男が落下してきたのは。

 分厚い筋肉を隠そうともしない薄手のTシャツ。下の服装は動きやすさを重視した黒のトレーニングウェア。あからさまにボディーガードなどではない。


「なああ!?」

「………………」


 龍堂が情けない声をあげながら私を抱き寄せ、こめかみに銃をつきつけて後ずさる。銃を構えていなかった残りの部下たちはナイフや警棒を抜いて臨戦態勢となった。

 しかし男は無言のまま、ぼんやりとした視線で周囲を見渡すだけだった。武装した彼らをまるで脅威とは感じていない。見たことのある表情だ。子どもに我儘を言われてウンザリするようなお父さんの顔にそっくり。緊迫感がない。


「兄貴!?」

「人質がいる! こっちが有利だ!」


 でも、その落ち着きぶりが逆に怖かった。まるで私達を人間として見ていないような、無機質な表情だ。

 

「なんだよてめえ。何とか言ったらどうだ!? ああ!?」

「………………」

「だいたいてめえ、何者だ! 救助じゃねえなら、何様なんだよ!!」

「漫画家だ」

「は?」

「ただの漫画家だ」


 この場にいる全員が呆気に取られてしまった。名乗るほどの者じゃないとか、殺し屋とか、そんな映画チックな名乗りを予想していたけど。こんな素っ頓狂な返答、誰も予想できない。

 そんな非現実な状況の中、ヨーミさんがポツリと呟いた。


「その声……観照(かんしょう)退(さがる)先生ですか?」


 観照退。青年誌・月間『ホリデイ』にて戦記漫画『ジルフォリア戦記』の作者である。そしてルルーファ・ルーファさんが演じるVtuberのアバター『ルルーナ・フォーチュン』のデザイナーでもある。退先生はルルーナ団長の配信によくゲスト出演しているから、ルルーナ団長の大ファンであるヨーミさんが知っていて当然だ。

 そんな完全に想定外な言葉を前にして、退先生以外の全員の視線がヨーミさんへ向いた。おそらく龍堂の視線すらも。

 

 その一瞬が決定打。運命の分かれ道。

 

 後頭部に当たっていた金属の重たい感触が無くなった。状況を確かめる頃には、既に拳銃は龍堂の手から離れ、先生が奪い取った後だった。


「てめ――ふげぇ!?」


 そこからの先生の行動はあっという間のひと言だった。

 龍堂を突き飛ばした後、拳銃の弾を抜いてから力任せでバラバラにしてしまった。その力を見て呆然とする部下たちへ素早く近づき、パンチを一閃。一瞬のうちに私達を抑える部下たちを瞬く間に無力化してしまった。安全を確信したシズさんが、退先生の背後にいる私とヨーミさんの元へ合流して安全を確保。そして敵のナイフを奪い取っていた退先生が私達の拘束を解いたら、もう決着だ。残った部下たちは吹き飛ばされた龍堂の元へ集まり、完全に対峙する位置取りとなっていた。

 まさに一瞬。まさに電光石火。たった数秒の間に、立場が逆転していた。


「団長を欺いて、のり子ちゃんを追い詰めたにしちゃ、随分とまあ素人ばかりが集まっちまったもんだな。いや、素人だからこそ団長の目には脅威と映らなかった、と考えるべきか」


 そう自分に言い聞かせてから、先生は私達に視線を向けた。

 

「さあ、もうここを出るんだお嬢さんたち。道中に待ち伏せも居ないから安全に出られる。これから先は()()()()()

「わたくし達に構わず、思うがままにしてください。すべてを見届けます」


 力強いシズさんの言葉に倣って、私とヨーミさんも頷く。この悪党どもがやっつけられる様を見届けなければ安心できない。


「……つらいぞ。忠告したからな」


 先生が相手へ詰め寄るため、視線を龍堂たちに向けた直後。

 私は先生に声をかけた。どうしても尋ねなければならないことがあったからだ。

 

「あの! のり子さんは!? のり子さんを襲った奴らはどうなったんですか!?」

「………………」

 

 私が質問すると、退先生は考える素振りをすこしだけ見せてから、背中を向けたまま答えた。


「のり子ちゃんは団長が助ける。きっと間に合っているはずだ。敵は――」


 先生が肩越しにこちらへ視線を送った瞬間、私は思わず呼吸を忘れてしまった。喜怒哀楽の一切が抜け落ちた無機質な瞳。これから悪党をやっつけようとする人がしていい表情ではない。

 

 

「地獄を見ているよ」

 

 

 そんな先生の視線が龍堂達に向かう。あの瞳で睨まれた彼らはどんな気分なのだろう。考えたくはない。


「チィ!」

「あぁっ! 逃げる!」


 龍堂が大きく舌打ちをした次の瞬間、部下もふくめた全員がこちらに背を向けて逃げ出した。ここは廃棄されたショッピングモールだ。逃げ道なんてどこにでもある。逃がしちゃ駄目だ。この人たちだけは。躊躇なく犯罪ができる人たちなのだから。

 ただ、私の心配は完全に見当違いだったようだ。彼らが逃げてしまう心配よりも、もっと別の心配をするべきだった。


「げぁあ!?」「ぎゃっ!!」「があああ!!!」


 彼らの逃げ足などまるで比較にならないほどの速度で回り込み、龍堂を除く部下の全員を、その巨大な拳を振るって一瞬で吹き飛ばしていった。骨の折れる音と鮮血を撒き散らしながら、何十メートルと吹き飛ばされていく男女。先生の殴った跡は、拳の形がくっきりと分かるくらいに窪んでいる。敵が吹き飛ぶ様子は、もはやアクション映画を飛び越えてギャグマンガのワンシーンにすら見えてしまった。苦しそうにだが、彼らの呼吸は確認できる。この場に立っている全員が、致死量ギリギリの力を一切の容赦なく振るう先生に対して萎縮していた。私たちも。そして龍堂も。

 

「くそ……だらぁぁあああっ!!」


 やぶれかぶれとなった龍堂は両拳にメリケンサックを装着して先生へ殴りかかる。しかし、シズさんのボディーガードを一瞬で昏倒させたほどの打撃にもかかわらず、先生はその一切を微動だにせず受け止めていた。全ての打撃が先生の分厚い筋肉によって弾かれている。防御を必要としないほど軽い打撃なのだろう。先生にとっては、だが。


「いい加減、死ねよやァ!」

「まあ、こんなもんか」


 先生は溜め息をつきながら、龍堂が繰り出す渾身のパンチに合わせて一歩前進した。ただそれだけ。ただそれだけで。


「ぐがああ!? おおおおお!?」


 龍堂の右腕から骨の砕ける音が木霊した。硬い壁が全力のパンチに合わせて迫ってきたようなものだろう。痛みに悶絶する龍堂に対し、先生は彼の喉元に一撃を入れた。声を潰す目的だとはっきりと気づいてしまい、ぞっとしてヨーミさんを抱きしめてしまう。あまりにも手慣れている。あのレーナの残虐さがおままごとと思えてしまうほどに。

 これから龍堂は存分に悲鳴を上げるのだろう。声にならない悲鳴を。


「げぇっ、エッ!」

「お前さぁ、まだ自分が逃げられると思ってやってただろ。殺したら面倒だからって、急所いれるときに手加減してたからよーく分かるぜ。危機感が足りねえ。人を殺したことも無え。素人(トーシロー)の甘ちゃんが、よくもまあここまで頑張ってこれたもんだ。すげえよ。尊敬すら感じるわ。

 でも手を出した相手を間違えたな。団長が最も敬愛する子に手を出しちまったのは、本当に駄目だった。団長はたいへんお怒りだ。史上稀に見るくらいにお怒りだ。あのお優しい団長を激怒させたお前らに対して、俺も怒りを憶えている。ここが令和の日本じゃなきゃ、今すぐぶっ殺してるくらいに」

「――――――ッ!!!」

「安心しろ。お前らは殺さない。殺さずに団長の元へ連れて行く。そう頼まれているんだ。っつっても、今の俺はただの漫画家だからさ。プロの殺し屋とかじゃねえんだワ。だから死んだらゴメンな。運が悪かったと思ってくれ」

 

 先生の拳が固く握られる。私は固く目を瞑った。もう限界だった。




「お前らは団長が殺す。それまでに遺言、考えておけや」





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― 新着の感想 ―
 ホンの少し “チェイス” の顔がチラリズム。  仏典では地獄は閻魔大王を筆頭とする、十王という正義の裁判官が治める地だそうですが、今の団長はその全権大使同然なんでしょうね。実のところ、私も自分の顔が…
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