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伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。  作者: 東出八附子
第2部 紅蓮
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129話 彼はバッドエンドを迎えたい 前編


―― 峰夏美 ――


 砕け散ったガラス。ひび割れた壁。埃の舞う室内。ここは廃棄され廃墟と化したショッピングモール。吹き抜けとなったフロアの一角に、私達は縛られて放り込まれていた。そして、龍堂たちが率いる数人の男女に取り囲まれながら、眼の前に設置されたタブレットの画面を見せつけられていた。

 画面の中から、のり子さんの苦痛と後悔にまみれた絶叫が響き渡る。「死にたくない」という懇願の声が何度も何度も耳に突き刺さる。そんなのり子さんの声が聞こえる度に、あの女や仲間たちの嬉しそうな声がなだれ込んでくる。

 今すぐにでも逃げ出したい。悪夢なら冷めてほしい。でも腕と足を縛られているせいで耳を塞ぐことはできない。画面を見ないようにするので精一杯だ。ヨーミさんは床に転がったまま身を強張らせ、声を押し殺して泣いている。シズさんは惨劇が繰り広げられる画面の中を、殺意の籠もった鬼の形相で睨んでいた。みんな、この現状を必死に耐えている。

 地獄という言葉は、今まさにこの瞬間がふさわしい。


「そうだよ、これだよ! オレはこのイカれっぷりを見たかったんだよ! それでこそオレらの総長だぜ!」


 そんな地獄の光景を、龍堂という男はキャンプ用の折りたたみチェアーに座りながら、競馬レースの視聴者のように興奮しながら叫んだ。


「なんで……こんな酷いこと、できるんですか。何で笑っていられるんですか」

「そりゃあ君。オレの崇拝する女が、オレの理想通りに動いてくれたんだぜ。嬉しいに決まってるじゃねーか」


 私の問いに、龍堂は嘲笑しながらチェアーに背中を預け、懐かしむような口調で語りだす。

 

「レーナっつー女はよ。いずれワルの頂点に立てる女だ。三度の飯より悪事が好き。他人を蹴落とす天才。ルールからはみ出さなきゃ生きていけない快楽主義者……ここまで人間の社会から逸脱した奴はなかなかお目にかかれねー。そんな女がワルの界隈でのし上がっていく様を見たいんだよ、オレは。

 レーナはありとあらゆる悪事を働いてきた。だが殺しだけは未経験だった。そのぽっかりと空いていた穴を、あの(にっく)きスカーフェイスが埋めてくれたんだぜ! 皮肉が効きすぎてたまんねーぜ! カカカっ!!」

下衆(ゲス)の分際で、いつまでも耳障りな笑いをするな……っ!」

「令和のご時世に選民思想は時代遅れでしょ、ご令嬢」


 シズさんの両手からポタリと血の雫が滴る。腕の拘束を千切ろうとして傷がついているのだ。


「おいおい、無茶は良くねーぜ。拘束を解いたところで逃げられねーだろ」

「貴方をぶん殴って一矢報いることくらいはできます」

「おぉ怖い怖い。まぁ、身代金3000万。そいつが届いてオレ達が逃げるまでは大人しくしておいてくれや。オレの目的は半分達成できたし、何もしないなら安全は保証するぜ」

「のり子さんを殺しておいて、逃げ切れると思っているんですか! 警察が貴方達を捕まえるに決まっています!」


 私の渾身の叫びは、龍堂にはニヤニヤとした笑いを促すだけだった。

 

「残念だけど、このご令嬢の誘拐。警察には行き届かねーぜ」

「事実ですわ、峰氏。この一件はわたくし達の関係者内で内密に処理されます」

「どうして!?」

「面子の問題だよ、峰夏美ちゃん。SL重工傘下、HTSホールディングスっつったら日本でもトップクラスの財閥。もちろん要人警護にも力を入れている。むしろ財閥界隈じゃ、警備力は一種の競技要素すらあるくれーだ。その警備が簡単に剥がされちまったとなったら、ご令嬢の会社は提携している警備会社含め、面目丸つぶれだろうなあ。ましてや警察も出動するとなればメディアが動く。そうなれば財閥の恥さらしの出来上がりだ。()()()()で穏便に解決するか。娘と面子を犠牲にして正義を貫くか。財閥なら迷う必要なんて無えよなあ」

「……のり子の一件でこちらの警備の人数が甘くなった。認めますわ」

「こっちとしちゃ、ヤリやすくなったから儲けもんだったがね。ご令嬢から貰った金で、オレ達はレーナをトップに置いて海外でのんびりやらせてもらうわ。日本なんてせせこましい牢獄からオサラバしてヨ。3000万もあれば発展途上国なら楽に暮らせる。レーナもオレも、悪いこともやりやすい。良い事づくしだなあ、カカカっ!」


 陽気に笑って勝ち誇る龍堂。見せつけられる余裕の表情が、のり子さんに降り掛かっている暴力が現実のものだと思い知らされる。画面の中ののり子さんは、もうぴくりとも動いていなかった。全身が血で真っ赤に染まっており、もう人間の形が残っているかすら分からなかった。

 せっかく仲良くなれたのに。少し前に、あんなに元気な声を聞かせてくれたのに。プールに行こうって約束したのに。

 もう全部、叶わない。


「向こうのパーティーももう終わりかねえ。こっちも、もうそろそろオカネが到着する時間ってトコか」

『アニキ。来ました』


 無線機から短く連絡が入る。ヨーミさんを殴った男の声だ。


『アニキの要求通りです。車が一台、人数はひとり。体格(ガタイ)の良いマッチョな男です』

「カネは?」

『それが……持っているようには見えません』

「ふーん。交渉でも考えてるのかねえ。オーライ、立場を理解ワカらせてあげましょ。

 城石クンは建物に戻って、引き続き男を見張れ。約束の場所に置いてある無線機を男が見つけたら任務完了だ。後の交渉はオレがやる」

『了解です! ん?』

「どうした」

『いや、男がこっちを見た気がしてですね……ちゃんと屋上に隠れて見張ってるから、まず見つからねえと思うんですけど』

「お相手もエリートさんなんだろ。こっちが有利でも気を抜くんじゃあねえぞ」


 龍堂は無線を切ると、部下たちに命じて拳銃を私達に突きつけさせた。いつでも発砲できるように。冷たい銃口が後頭部に張り付く。怖い。自分の命が他人に握られていると実感させられる。


「まだ生きていたいなら下手に動かないでね。特に黒豹ちゃんと峰ちゃん。君らはもう人質としての価値がほとんど無いから、特にご注意♪」

『聞こえるか。応答しろ』

「はいはい聞こえてますよーっと」


 別の無線機から聞こえてきた重低音な使者の声に対し、龍堂は上機嫌な声を上げながらその無線機に話しかけた。


「遠路はるばるごくろーさん。ようこそはじめまして。オレの名前は龍堂ってーんだ。以後ヨロシクね。お金は持ってきてくれたー? ちゃんと現金指定したよねー?」

『人質の声を聞かせろ。三人ともだ』

「おん?」


 龍堂はぴくりと眉を吊り上げた。無線相手の様子がおかしい。まるで逆に脅しているかのような口調だ。


「いやいや、アンタ立場わかってる? あんたはオレにどうこう命令できる立場じゃないでしょ? こっちは人質が三人よ? そのうちひとりはHTSホールディングスのご令嬢さんだよ? わかる? 超大企業の娘さん! 年商が億じゃなくて兆なんだよ? ドゥーユーアンダスタン?」

『最後の警告だ。三人の声を聞かせろ。あまり時間を取らせるな』

「警告ってアンタ……なんでアンタがマウント取ったように話してるワケ? そっちの言い分を聞く理由無いんだからサ、さっさとこっちの言う事聞いてくんねェかな」

 

 軽やかな口調だった龍堂にも苛立ちが見え始める。今すぐにでも私達に発砲を命令しかねない雰囲気だ。


「ご令嬢を誘拐されてイロイロ大変だったんでしょ。お怒りなのも分かるケド。これ以上オレのご機嫌を削ぐようなら、聞かせてやってもいいぜ、ご令嬢たちの断末魔」

『分かった。ではさようならだ』

「へ?」

 

 龍堂から気の抜けた声が漏れた直後、無線機から一際おおきなノイズ音が響いた。相手の無線機が壊されたのであろう。何事かと龍堂たちが互いに動揺のアイコンタクトを送りあっている最中。



『ぎゃああああああああああッッ!!!!!!』



 断末魔が響き渡った。人質である私達ではない。声からすると見張りの男なのだろう。龍堂の笑顔が一瞬にして消え去った。龍堂は最初に使った無線機を死に物狂いで手にとって操作する。


「オイどうした!? 城石クン、応答!」


 無反応。何度呼びかけても返事はおろか、反応すら無かった。

 

「あれ……画面……」

 

 何気なく目をそらした先にタブレットの画面が見えた。映し出されているのはのり子さんじゃない。古びた廃墟の天井だ。音声も途切れているのか、何も聞こえてこない。何事かと一同が画面を見ていると、やがて、真っ赤な液体がびしゃりと音を立てるかのような勢いでカメラに降り掛かってから、映像は真っ黒になり機能しなくなった。誰がどう見ても飛び散った血であった。それも鮮血である。多分、のり子さんの血ではない。こんな無意味な映像を見せる必要は無いだろうから。

 

 あまりにも異常な光景。それでも、この場にいる全員が一瞬で悟ったに違いない。

 これは救助活動じゃない。

 

 殲滅だ。

 


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― 新着の感想 ―
人間の形をしてないってどういうことなの…? 団長どうにか出来るのか…?
地獄の釜の蓋が…………開いた?
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