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伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。  作者: 東出八附子
第2部 紅蓮
157/163

128話 ばいばい、みんな


―― 佐藤のり子 ――


 ワゴン車に載せられた私は、特に拘束されることなく後部座席に座らされた。道中で女やその仲間たちから何か話しかけられたけど、その一切に反応することができなかった。これから私を殺すであろう女の名前はレーナ。それ以外の会話なんて何も憶えられなかった。もう全部無駄になるだろうから。


「はーい到着。降りようか」

 

 車の中で揺らされ続けてから降りた先は、周囲に人の気配がない郊外だった。眼の前には廃墟となった巨大な旅館が建っている。見たところ、棄てられてから1、2年くらいだろうか。昭和レトロな雰囲気が漂いながらも、ところどころが現役を思わせる新しさが感じられる。


「キビキビ歩いてー。早くしないと、おねーさん連絡をうっかり忘れちゃうかもしれないなー」


 わざとらしく煽るレーナの声に舌打ちしながら言うことに従う。埃の匂いが漂う薄暗い廃墟の中を女たちと歩いた先に待っていたのは、ところどころが金色に装飾された巨大な広間だった。旅館の宴会場だ。昔は結婚式なんかも派手にやっていたんだろうな。まるで今の私にピッタリだ。昔の栄光、今はどこに。

 ヨーミたちの姿は見えない。くそ、予想通りだ。一緒の場所なら助けられたかもしれないのに。


「愛しの黒豹ちゃんたちは別の場所だよ。てめーにハッスルされて大逆転は勘弁だからな」

 

 宴会場の中心まで歩かされた直後、レーナは部下の男たちに私を縛るように命令した。手錠で。テープで。結束バンドで。一切の抵抗ができないよう後ろ手で何重にも縛られ、手足を徹底的に固められていく。やがて私は芋虫のように床に転がされてしまった。これでもう何もできない。ただ嬉しそうにニヤつくレーナの顔を床から睨みつけることしかできない。

 レーナは勝ち誇った笑みを浮かべながら私に歩み寄ると、私のみぞおちを思い切り蹴り上げた。体を貫かれたような痛みに襲われ、呼吸も上手くできずに涎をだらだら垂らしながら転げ回る。


「げほっ、げほっ!」

「いよぉぉし! スカーフェイス、完・全・確・保ッ! 長かったァ~……長かったぜェ、ここまで来るのによぉー。よっしお前ら、準備だ」


 私が抵抗できないことを確かめたレーナは、部下に命令し、機材のセッティングを始めさせた。どれも見覚えのある機材ばかりだ。それも、つい最近までお世話になりっぱなしだったじゃないか!


「配信機材……ッ!」

「爽やかな()()()なんだ。お友達にはしっかりと見てもらいたいよなあ? ま、ネット配信まではしねーから気を楽にしてくれ。お前は撮られ慣れてるんだろ。紅焔アグニスちゃん? ちゃんとアタシらにもしっかりファンサしてくれよ?」


 くそ。くそくそくそっ! 納得できてたまるかよ、こんな状況! 反抗できない状況にも、こんな悲惨な状況になってしまったことも。友達を危険な目に巻き込んでしまったことも、大切な人たちに心配をかけさせていることも。全部ぜんぶ、悔しい。これから殺されるという恐怖よりも、ただただ悔しさが勝る。


「何でこんな状況になってるのか、分かってねえみてーだな」

「当たり前だ。確かにお前達を殴った。お前の友達も殴った。だから恨みたい気持ちは分かる。だけど先に酷いことをしたのはお前たちだ! 私は悪い奴らをやっつけただけだ! 自業自得なんだよ!」

「アタシたちが悪いやつだったから、てめーの行動は正しいと。正義と。言いたいことは分かるよ。アタシらはワルの集団だった。誰からも蔑まされるゴミの溜まり場、社会のクズだ。認めるよ。正義執行されたって文句は言えねー立場だった」

「だったら納得しろよ! 私の友達を巻き込むなよ!」

「できるかよバーカ。結果に納得しちまったら、てめーの勝ち逃げじゃねえか。アタシは負け犬の落伍者のまま惨めに冷たい空気を吸って生きる。てめーはアイドルの勝ち組人生の中で、あったけえ空気を吸って生きる。なんだよこの格差。冗談じゃねえ。耐えられるもんかよ。それに、だ」


 レーナは浮かべていた薄ら笑いを消し、私の腹を踏みつけながら、憎しみの籠もった視線で言った。

 

「正義のためだったらアタシの大切な場所をぶっ壊してもいいってのかよ」


 『大切な場所を壊した』

 そのフレーズを耳にして、私は何も言い返せなくなった。


「アタシのチームはよ。波瑠窮理亜(ヴァルキュリア)はよ。確かにクズの集団だった。それでもアタシの人生の集大成だった。その集大成を、てめーは数分間の拳で叩き割りやがったんだ。とても許せるもんじゃねー。ここに集まった奴らも同じ気持ちだよ。てめーに一発ブチかまさねーと息苦しくてたまんねえんだと」

「………………」

「大切なものを一瞬のでけえ理不尽で叩き壊された時の喪失感、今のてめーなら理解できると思うがな。紅焔アグニスちゃん」

 

 ずるい。共感するしかないじゃないか。あの案件配信で私は何もかもを失ったのだから。

 ……もう、いやだ。 事故とはいえファンの皆を裏切って。大切な人達を傷つけて。身勝手で暴力を振るって、他人を不幸にして。こんな辛い思いが続くなんてウンザリだ。

 早く楽になりたい。私なんて生きていたって迷惑をかけるだけだ。もうこんな人生、どうでもいい。


「あーん? やけに大人しくなっちまったじゃねえの。なんか言い返すことねーの? つまんねーな」

「もういいよ。さっさと殺せよ」

「あんまつれない態度取ってると、先にお友達を殺しちゃうよ?」

「別にいいよ。どうせみんな殺すんだろ。どうせ殺すならお前のやりたいようにやれよ。気持ちよく悲願達成しろよ。お前の勝ちなんだからさ」

「いやマジでつまんねーな。まだ冷凍されたマグロ殴ったほうがマシかもしんねー。じゃあ可哀想だから、少し慰めてやるか」


 レーナはニヤリと微笑むと、近くに置いてあったタブレット端末を持ってきて、少し操作してから私の前に置いた。

 その画面を見たことを、私は心底までに後悔した。


「てめーはよ。案外、他人の本質をワルだって思ってるフシあるよな。正解だと思うぜ。『性悪説』ってやつだ。

 でも、案外人間ってのは、そんなチンケな単語ひとつじゃ収まらねー生き物だと思うぜ」

「あ……ああ……」


 画面に映っていたのは、紅焔アグニスに関する掲示板ページだ。例にもれなく、私の顔について延々と悪口が書かれている。


 でも、それ以上に。


『アンチどもが必死過ぎていい加減ウンザリする。あの傷だってつけたくてつけたんじゃないだろ。ちょっとは大人になれよカスども。

 Vtuberがアイドルとしての最後の砦だったんだろうってすぐに理解したわ。めっちゃアイドル好きなのに、傷のせいで断念なんて辛すぎるのを必死に堪えて頑張ったてたんだよ、あの子は。それを貶すとか、どんな神経してるんだ、あんたら』

『今回の件で逆に紅焔アグニスのメンバーシップに参加したわ。人生ごと貢いでも惜しくないと思ってる。見てるだけであんなに元気を貰えるアイドルなんて他を探しても見つかんない。だから俺は応援することに決めた。1秒でも長くアイドル活動させたいから』

『頼む、復活してくれお嬢……本当に頼む。お嬢の毎回の配信が最近の生きがいだったんだよマジで……クソ見てーな残業を毎日させられても、お嬢が元気ならハッピーに生きていけたんだよ……だから戻ってきてくれ。アンチなんかに負けるなお嬢、本当に頼む』

『紅焔アグニスは本当に優しい子だ。自殺しようと思ったなんて私の冗談みたいな言葉を拾って、私のために応援歌を歌ってくれた。その歌があるから私はまだ生きている。彼女は命の恩人だ。そんな彼女がこのまま消えていくなんて嫌だ。私は彼女に恩返しがしたい。彼女の行く末をまだ見守っていたい』


 圧倒的だった。私に対する同情や擁護の声がずらりと並んでいる。それこそ、悪口が霞んでしまうくらいに。


「それ以上にお人好しは多いってコトだ。確かに最初はアンチどもが波に乗っていた。だけど時間が経って、気持ちの落ち着いたファンが反撃してきたってトコロだろうな。お前、思ったよりも好かれてるぜぇ? 普段の行いがよっぽど良かったんだろうなー。お前が落ち込んでると思って、現場の声を調べておいた甲斐があったってもんだ。

 こんなクソッタレな世の中だからこそ、アタシは『性善説』もちゃんと信じている人間だよ。だからワルをするのが楽しい。根っからの良い子ちゃんたちをヒィヒィ泣かせるのが好きなんだよ」


 ファンは私を裏切ってなんかいなかった。見捨ててなんかいなかった。私が勝手に皆を遠ざけていただけなんだ。私は、なんて馬鹿だったんだ。

 最低だ。これから殺すタイミングで、生きたい希望を見せつけてくるなんて。この女は、最低だ。

 

「……嫌だ。死にたくない……あんまりだ、こんな終わり方」

「うんうん、死にたくないねー。でも死ぬんだよ、てめーは! そんな願い、絶対に聞いてやるかよバーーーカッ! キヒャヒャヒャヒャァァッ!!!!」


 高らかに笑い狂うレーナへ、「撮影準備ができた」と部下の男が告げる。周囲には喧嘩道具や拷問器具のような武器がズラリと並んでいる。もう完全に生かす気は無い。

 絶望的な状況に耐えられなくなり、恐怖で目を反らしてしまう。そんな私を見たレーナは、きっと最高潮に邪悪な喜びの笑みを浮かべてるんだろうな。

 畜生。終わった。


「よっしゃあ、それじゃあスカーフェイスのリクエスト通り、処刑はじめよっかァッ! お友達(リスナー)にしっかり見てもらえるよう、画質音質フルマックスで頼むぜぇ!」

 

 そしてレーナたちは()()を始めた。鋭さと鈍さの混ざった痛みが全身に浸透していく。助けが来ると信じながら、私はその痛みを必死に耐えることしかできない。

 でもきっと時間の問題だ。すぐに私は意識を失って、そのまま帰ってこれないだろう。

 

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。どうしてこんな最低な人生の終わり方になっちゃったんだろう。

 私、もっとアイドルをやりたかったのに。もっと配信をしたかったのに。もっとファンのみんなと笑ったり泣いたりしたかったのに。

 ごめんね、みんな。迷惑ばっかりかけてごめんね。期待に応えられなくてごめんね。


 ごめん、お母さん。

 ごめんね、社長。

 ごめん、プロデューサー。

 

 ごめんね、安未果さん。

 ごめん、ルル。



 悪いけど、ばいばいだ。




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― 新着の感想 ―
スナッフムービーとられてるお嬢の情景が脳裏を過ぎって辛すぎるので、2部が完結してからまとめて読ませて頂きます……
 ウン!!………………え、また来週?そんなー。
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