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伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。  作者: 東出八附子
第2部 紅蓮
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126話 破滅の一歩


―― 峰夏美 ――


 のり子さんの顔バレという最大最悪の事故が起こった翌日。のり子さんの元へ向かおうとした私に待っていたのは、マスコミからの待ち伏せだった。大きな傷顔という特徴により、のり子さんの身元がすぐに割り出されてしまい、そして友人関係である私へのインタビューを迫ってきたのだ。直後にシズさんの車が迎えに来てくれて、私はインタビューに答えることなくその場を切り抜けられたから良かったけど、後ほど合流したヨーミさんはもっと大変だったようだ。マスコミどころか学校のクラスメイトや不良たちにも付きまとわれてしまったのだから。私達を回収してからすぐ、シズさんがのり子さんを含む各々の住まいへ私設のボディーガードを配置してくれたから多少は落ち着けるけど、これからの生活を思うと不安が募るばかりだ。

 そしてマスコミたちを振り切った現在。私達はシズさん所有のリムジンに乗り込み、YaーTaプロダクションの事務所へ向かっていた。勿論、のり子さんの様子を見るためだ。


「………………」

「………………」

「………………」


 富裕層の象徴であるリムジンにボディーガード付きで乗車するという、一般人の生活では決して縁の無い体験をしている真っ最中だ。それだというのに、私とヨーミさん、そしてシズさんの表情は暗い表情で沈黙している。ヨーミさんは顔をしかめたまま窓の外を見ているし、シズさんは一心不乱にスマホを操作して自分の務めを果たしている。私は何もする気になれず、ぎゅっと組んだ自分の手をぼんやりと見つめることしかできない。

 早くのり子さんに会いたい。会って元気付けたい。ルルーファさんと帝星ナティカさんを拒絶した件を既に聞いているから、同じような立場の私は歓迎されないかもしれないけど……それでも、会いたい。


「ちょっと運転手」


 シズさんが不服そうに声を上げる。


「もっと早く走れないの? 約束の時間に遅れそうよ」

「申し訳ございません、お嬢様。今日は道路が混雑している模様でして」


 私達の車は既に都内へ入っているものの、渋滞に巻き込まれて道路の真ん中で立ち往生の状態だった。ボディーガードさんが泣き言を言いたくなる気持ちもわかる。でも、シズさんはその不運を許しはしない。

 

「YaーTaプロダクションは渦中の真っ只中。貴重な時間を割いてわたくし達を招いてくださるのですから、わたくし達も礼儀に応える義務があるのですよ」

「しかし――」

「言い訳をする暇があるなら対策を考えなさいな。SL重工序列筆頭、HTSホールディングスの娘の顔に泥を塗るつもり? 業界トップランカーの娘は、ビジネスの基本である時間厳守さえできないと?」

「……別ルートを検索します。少し揺れるかもしれませんが、ご勘弁を」

「はじめからそうなさい」


 シズさんの叱咤により、ボディーガードさんはナビの再設定をした後、車の合間を強引に割り込むような運転へと切り替えた。普段はふんわりとした口調で厳しさなんて少しも感じられないのに、今は苛立ちを隠そうともせず焦りが見える。それだけ今の状況下では余裕が出ていないのだろう。


「都内に入っちまったし、いっそ歩いていくか?」


 ヨーミさんの提案に対し、シズさんは小さく首を横に振った。

 

「のり子の顔が割れてしまった以上、わたくし達も迂闊に出歩かないほうがいいですわ」

「それにシズさんは大企業の娘さんなんだから、不用意に出歩くと狙われちゃうかも」

「ホントに誘拐みたいなシチュエーションなんてあるのか? シズと出会って2・3年は経つけど、未だに出くわしていないぜ?」

「当たり前でしょう。令嬢誘拐なんて事件、頻繁に起こってたまるもんですか」

「日本ですからね。そんな誘拐事件なんてものは創作だけの――」

「でも未遂なら数回は経験しましてよ。業界キッズ界隈では、あるある話題のひとつですわ」


 シズさんが発言した次の瞬間、彼女の横に座っていたもうひとりのボディーガードさんが「怖がらせないように」と注意して嗜める。

 

「事実は小説よりも奇なり、ですね」

「いっそのこと誘拐事件でも起こってくれたほうが、のり子の心も穏やかになるかもしれませんわね。誘拐犯をご自慢の武力でボコボコにすれば、ちょっと気分も――」


 シズさんが軽口を言い、徐々に場が和やかになってきた直後の出来事だった。

 渋滞を抜けて順調に走っていたリムジンの目前に、赤いスポーツカーがブレーキ音と共に割り込んできたのは。その直後に、不審な乗用車が周囲へ張り付くように移動してくるではないか。車の窓はスモークガラスとなっていて、乗車している人の顔は見えない。

 あからさまな誘拐目的だ。


「……フラグ立てんじゃねーよ」

「わたくしのせいじゃないでしょ」


 ボディーガードさんは私達三人に向けて、車内では姿勢を低くすること、そして車外では単独行動を取らないように指示を出し、車内のカーテンを閉めた直後。どこかのスマホから着信音が鳴り響いた。音はヨーミさんの懐から聞こえている。緊張した様子でヨーミさんはスマホを取り出すと、見慣れない番号が画面に表示されていた。

 ヨーミさんは応答していいか周囲にアイコンタクトで確認を取ってから、スピーカーモードで通話を開始した。


「誰だ」

『ヨォ、おひさ♪ オレのコト憶えてるかい、黒豹ちゃんよォ』

「……龍堂か!」

『ビンゴ♪ 今から目的地まで誘導すっから着いてきな。着いたら全員、車から降りろ。警察にチクるような動きカマしたら、全員生きて帰れねえから。黙って従え。いいな』


 通話が切られる。確かヨーミさんが所属していたチームのメンバーの名前だ。緊迫した空気が一瞬で車内に充満する。

 こちらのボディーガードは運転手を含めて二人。民間の警備会社なので、拳銃のような威力のある武器を持ち合わせているようには見えない。

 平穏ではないにしろ、日常が一瞬で非日常へ切り替わってしまった。怖い。別の意味でのり子さんに会えなくなるかもしれない。

 そんな震える私の手を、ヨーミさんの手が優しく包みこんでくれた。


「心配すんな、夏美。こちとら名の売れた喧嘩屋だったんだ。無事に切り抜けてみせるさ」


 適度に緊張がほぐれたところで車のスピードが落ちた。いよいよだ。

 警棒を構えて臨戦態勢となったボディーガードふたりに続いて、三人揃って車から降りる。降りた先はどこかも分からないゴーストタウンの路地裏だった。周囲に人の気配は無い。

 そして周囲にはリムジンを囲んだ車と、赤いスポーツカーが停まっていた。周囲の車から続々と男女が降りてくる。その中でリーダー格と思われる、サングラスをかけた厳つい男がヨーミさんに話しかけた。


「ワオ。昔よりイイ女になったじゃねえの黒豹ちゃん」

「テメーは相変わらずクズっぽいツラしてんなあ、龍堂。どうやって番号を知ったんだよ」

「そんなもん、金さえ積めばいくらだって調べられるさ。スカーフェイスとご令嬢の関係も。ご令嬢の動向も」


 ヨーミさんが唾を吐き捨てながら返答するけど、龍堂は大きくニヤつくだけだった。そして次の瞬間、龍堂はサングラスを外して手下に預けると、懐からメリケンサックを取り出して装着し、駆け出してボディーガードふたりへ一気に距離を詰めた。


「!?」「なにィ!?」


 交渉どころか十分な会話すらしないうちに戦闘が始まってしまい困惑するボディーガードに対し、龍堂は容赦なく拳をふるい、華麗とも言えるほど鮮やかなコンビネーションを決めていった。骨が砕ける音。そしてボディーガードさん達の断末魔。聞こえてはいけない音が聞こえてしまい、私は咄嗟に目を閉じて全身を強張らせてしまった。


「はーい送迎ご苦労さん。ごめんねー不意打ちしちゃって。でも巻き込まれたおたくらが悪いんだよー?」


 目を開けると、苦しそうに地面へ横たわるボディーガードさんたちが見えてしまった。周囲には殴られた際の血が飛び散っている。

 私は助けを求めるようにヨーミさんへ視線を向けた。彼女の顔に余裕は見られない。


「とりあえず君ら、大人しく縛られてから後ろのワゴン車に乗っちゃって。また移動すっから」

「クソが……」

「グズグズすると同じように痛い目みるよ? 特に震えてるお嬢ちゃん。君は大丈夫? こういう乱暴なこと、慣れてないと思うけど」

「ひぃ!?」

 

 龍堂のいやらしい視線に睨め回され、思わず悲鳴を上げてしまった。この龍堂という男は、必要なら私達にも躊躇いなく暴力を振るうだろう。一瞬で分からされてしまった。

 仕事を終えて部下の元へ戻るそんな龍堂に対し、シズさんは私達の一歩前に出て、彼に声をかけた。


「お待ちなさい。貴方、わたくしが目的なのでしょう? 後ろのふたりは解放なさい。彼女たちに人質として金銭的な価値は無いわ」

「おー勇敢ご立派。流石はHTSホールディングスのご令嬢。立場が分かっている」

「でしたら――」

「でもオレを理解(ワカ)っちゃいねェなァ、ご令嬢。いま人質として一番価値がないのは、()()


 龍堂の返事に対して訝しんでいた直後。

 ごきん、という鈍い音が隣から聞こえた。


「ア……」


 ヨーミさんへ視線を向ける。視線の先には、白目を剥いて倒れるヨーミさんの姿があった。そしてその背後には、角材を構えたまま喜びにふける男がひとり。

 

「やった……()りましたぜ、龍堂のアニキ!」

「ブラボー上出来だよ。えーと……」

「シライシです! キャッスルの『城』にストーンの『石』で城石(シライシ)です!」

「オーケー城石クン。君の功績はちゃんと憶えておく。とりあえずお嬢ちゃん達を縛り上げちゃって。なるべく丁寧に頼むよ。たぶんもう抵抗しないだろうケド」


 あまりにも唐突。脳の理解が追いつかなくて、悲鳴を上げることさえできず、私はその場に腰を抜かしてしまった。シズさんも言葉を失い、血の気が引いた顔でただただヨーミさんを眺めるのみ。

 倒れ込んだヨーミさんの後頭部から血が広がっていく。その血が私のスカートまで流れて接触すると、スカートには赤黒い染みが広がった。

 本物の血だ。紛れもなく、ヨーミさんの血だ。


「大丈夫だいじょうぶ。動けなくしただけだから死にはしないよ。多分だけど。

 じゃあ説明しようか、ご令嬢。一番価値があるのはそこで血を流してる黒豹ちゃん。お次は横の峰夏美ちゃん。最後に君だ。この順番の意味、分かる?」

「……佐藤のり子が大切にしている友人の順序」

「正解。本命は佐藤のり子だ。君たちは奴に対する抑止力となってもらう。人質だね。

 安心してよ。ちゃんとご令嬢のお望み通り、身代金も要求しておくからヨ♪」


 そして龍堂は、勝ち誇った笑みを浮かべながら、言った。


 

 

「恨むならスカーフェイスを恨みなよ、お嬢さんたち」





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「恨むならスカーフェイスを恨みなよ」ぉ?  言っちゃったなあ〜、“佐藤のり子”にとっての重要度なんて解説付きで。どうやって団長サイドに伝わるかは解らないですけど、少なくとも銀弧仮面の敵本丸で御座いと名…
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