123話 エースの仕事(未完
Agnis Ch.紅焔アグニス
【アルケミストアカデミー】紅焔ちゃん、錬金術師になる。【紅焔アグニス】
4.4万人が視聴中 チャンネル登録者数 138万人
#紅焔ちゃん燃焼中 #アルアカ #提供
:PVから来ました
:60FPSで動くお嬢を拝めるとか最高かよ
:まさかゲームのほうが先に全身稼働するとは
:脳みそが筋肉だから、やっぱり脳筋キャラなんだろうなw
:お嬢はアタッカー以外のイメージがまっっっっっったく沸かない
:お嬢アタッカー、姫さんバッファーかヒーラー、団長タンクのイメージ
:↑わかるぞ同志よ
おーおー、開始前から早くも盛り上がってるなー。やっぱり紅焔アグニスはアタッカーだよねー分かりみ。
さて、仕事内容はシンプルだ。
ゲームと紅焔アグニスとのコラボ内容の紹介をする。
チュートリアルに沿ってゲームの内容を説明する。
紅焔ちゃんが楽しくプレイする。
以上。段取りだけなら私のようなバカでも3秒で頭に叩き込めるぞ。おつむが弱い紅焔ちゃんにとってゲーム内容の説明が最大の山場だけど、オンラインのスタッフさんとプロデューサーがカバーしてくれる手筈だ。ここを乗り切れば紅焔ちゃんの独断場が――嬉しい楽しいコラボ告知とゲームプレイタイムが待っている。
『のり子ちゃん』
機材室から声が聞こえたので、配信用のパソコンから視線を向ける。ガラスの向こうでは灯社長がこちらに笑顔を向けていた。アプリが配信状態になっていないことをしっかりと確認してから社長に返事をした。
「社長。お疲れ様です。見守りですか?」
『うん。今日は時間が空いたから。我が社のエースの仕事ぶりを見学に来たの。お気持ちはどう? 緊張してない?』
「少しだけ。でも灯社長やプロデューサーの前例や体験談もあるし、サポートだって充実してるんです。安心しています」
『オッケー。流石のり子ちゃん。油断だけは禁物だからね』
「油断なんて絶対にしませんよ。アイドルは一度のミスが致命傷なんですから」
『頼りにしているわよ切り込み隊長。今日も全世界を沸かせてらっしゃい!』
私が親指を立ててサムズアップすると、社長も笑顔と共に同じポーズで返事をしてくれた。信頼の証だ。
でも、ちょっと懐かしい気持ちだなあ。初配信のときも社長は今みたいに見守ってくれたっけ。きっと不安になってるんだろうな。だって今回はYaーTaプロ初のゲームコラボ案件だもの。初配信に負けず劣らずの勝負配信である。ここは社長の不安を吹き飛ばすよう、いっちょ頑張りますか!
大きく深呼吸。気持ちを紅焔アグニスに切り替える。紅焔ちゃんの表情と自分の顔を同期させるために右半分の前髪を脇にどけてピンで留める。そして左目でウィンク。紅焔アグニスは私の動きに合わせて非常に愛らしいウィンクで反応してくれた。うん、今日も可愛い。右目は私とアバター共に上手くできないので省略。顔の右側の傷が深いため上手く瞬きできないと知ったシグニッド先生とモデラーのパパさんが気を利かせて、あえて上手く動かないように調整してくれたのだ。愛が深くて助かる。
モデルの確認完了っと。我が社自慢の会議ソフトの画面をしっかり確認しながら配信開始ボタンをクリックして――さあ気合を入れて、紅焔ちゃんのお仕事開始だ!
「イグニッショーン! YaーTaプロダクション1期生、紅焔アグニス! ただいま現世に顕現ッ!」
:イグニッション!
:イグニッショーン!
:今日もお嬢の挨拶でご飯が美味い
:いつも以上に張り切ってるな いいぞもっと元気出せ お嬢の元気はいくらあってもいい
「はーい今日は案件でごぜぇますよ紅民たちー! 動画のサムネはしっかり見たかー? ここ最近じゃ紅焔ちゃんの中でもグッドデザイン賞を獲得した至高のサムネですぜ?」
:サムネ一本釣りでしたが、何か?
¥10000:ここがガチャ石販売所と聞いて
$100:Excellent! Cute! Ojo!!!!!!!!!
¥10000:気にするな。これはただの願掛けだ。
:早速御祝儀がww
:海外ニキも増えてきたな いいぞ、もっと紅焔アグニスをすこるんだ
「センキュー! スパチャありがとうね! でも、この配信に課金しても紅焔ちゃんはゲットできないぞー? 未来のお前たちがニッコリ笑顔になれるよう、その気持ちはもうちょっとだけ取っておいてくれ」
¥10000:はーい!
:息をするように赤スパ返事が……w
「さてさて、今回の案件は――スマホRPGの大御所『アルケミストアカデミー』とYaーTaプロダクションが夢のタッグ! 紅焔ちゃんこと紅焔アグニスが、なんとプレイアブルキャラとしてゲームの中に登場するぜーっ!」
¥10000:おめでとうお嬢!
¥10000:ヤタプロ初のゲームコラボおめでとう、お嬢! PV最高でした! 最高以外の褒め言葉が見つからねえ!
:さすがアルアカ 仕事が早い とにかくめでてえ、おめでとう!
:Vtuberコラボの老舗だもんなあ
:アカルんとの絆パーティー……は他社の宣伝になるから流石に無理か
:ゲーム画面はよ! 待ちきれん!
「もうPVを見てくれてると思うけど、毎度おなじみの超クオリティーで作ってくれたから、紅焔ちゃんも興奮しっぱなしですぞ! 早速キャラ紹介――の前に、チュートリアルがてらでゲーム紹介から始めていくね。動く紅焔ちゃんを見たい紅民のみんな、慌てなさんなよ。ゲームのことを知らないかたも居るだろうからね。しっかり知識をつけてから紅焔ちゃんをお迎えしよう!」
:うああああ! 生殺しィ!
:でも予備知識は大事
:このゲーム、ぶっちゃけチュートリアルいらんくらいシンプルなんだけど、お嬢の頭なら必要かもしれん
:チュートリの知識<育成ゴリ押し
:↑それな
「おーっし、ではゲーム画面に切り替えっと……いざ!」
:おおおおおおお
:なつかしいな
:
:え
:え
:
:あ?
:は
:あああああああ
:うわ
「おおお、開幕からクライマックスな状況じゃないか。お城が大炎上だよ……うおお、メインヒロインの声、ドチャクソ可愛いな。声優さん誰だろ」
:いやそんな場合じゃねえって!
:誰だ
:スタッフはやく!
:カメラカメラカメラカメラカメラカメラ
「これ紅焔ちゃんも知ってる声優さんかな? 紅民のみんな知ってるー………………?」
ゲーム画面からPCモニターへ視線を移した瞬間、私は言葉を失ってしまった。画面の中ではあまりにも異様な光景が広がっていたから。
配信画面はいつもどおりだ。ゲーム画面の横に紅焔ちゃんがボケっとした表情で居座っている。
だけどコメント欄が異様だった。まるで私に中身を読ませたくないと言わんばかりの速度で流れている。コメントが溢れすぎて今すぐにパンクしてしまいそうだ。
「え」
それでも私は読んでしまった。
そのコメントたちを。
:げえええええ
:グロ画像
:キモキモキモキモキモキモ
:いやこれドッキリだよな!?
:あーあ、やらかした
:終わったなヤタプロ
:きもちわる
:さよなら、お嬢
「………………え?」
気がついたら、PCの画面は停止していた。『さよならお嬢』というコメントを最後に。
何が起こったのか心の整理をつける間もなく、社長が配信室へ入ってきた。鬼気迫る表情で、早足とともに。
「社長、まだ配信中で――」
私が言い終わる間もなく、社長は私の言葉を遮って、私を強く抱きしめた。その力強さは最上詩子さん――言葉アリアが私を感極まって抱きしめた時と似ている。
でも、その時とはまったく別の意味で落ち着かない。不安。恐怖。そんな負の感情しか湧き出てこない。
「あの、社長? いったいなんですか?」
「落ち着いて、このままで聞いてのり子ちゃん。いい? 落ち着いて聞いて」
私を抱きしめたまま、社長は震える声で説明を始めた。
「配信は中断した。アーカイブも残らないから気にしなくていいわ。だから今夜はもうルルちゃんの部屋に帰って、ゆっくり休んで」
「中断? アーカイブが無いって?」
「のり子ちゃんは悪くない。これはウチの会議ソフトが起こしたバグのせいだと思う。だからのり子ちゃんは悪くないの。本当にごめんなさい」
「さっきから何を言ってるんです? ドッキリですか? 流石にこれは笑えませんよ? 案件なんですよ、社長?」
「案件なんてどうでもいい」
「いやどうでもよくはない――」
あまりにも社長が必死で怖かったから身体を引き剥がし、そして私は言葉を失った。社長はボロボロに泣いていた。
考えたくはなかった。でも、社長の表情が――そしてモニターに残ったコメントの数々が、非情すぎる現実を私に突きつけていた。
そして、社長は私に告げた。
「配信に顔が映ったの。貴女の顔が」
最も恐れていた事態。一番避けなくちゃいけない事故。絶対に聞きたくなかった現実。
目まいがして立っていられず、壁に背を預けた。息が苦しい。まるで今すぐ死ねと全方面から怒鳴られているようだ。
助けを求めるようにモニターへ視線を向ける。
:さよなら、お嬢
「嫌……いやああああああああああああああああああああ!!!!!!!」