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伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。  作者: 東出八附子
第1部 始動

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13話 血の代償は服


 ―― 六条安未果 ――


 結論から言うと、女神様は血まみれだけの状態で無傷だった……らしい。自己申告だからなんとも。それでもって、事実上、私はあのマンガ喫茶が出禁となった。さよならベストプレイス。

 とにかく大変だった。警察や救急車を呼ばれそうでもっと大事になりそうだったわ、血を流すためにシャワー借りたら女神様が服捨てちゃって下着姿になっちゃうわ。

 ひとまず女神様には私のダッフルコートを貸して、急いでマンガ喫茶から飛び出し、そこそこ離れた場所の公園まで逃げ込んだ。今は女神様が公衆電話から会社に連絡を入れてるところだ。予想通り、いきなり音信不通になったので事件に巻き込まれたのではないかと軽く大騒ぎになりかけたようで、女神様やプロデューサーが探し回っていたらしい。その過程で私のプロフィール――個人情報がちょっと女神様に漏れてしまったけど、まあしょうがないね。


「見つけた見つけた。無事だよ。事件じゃなかった――代わりにちょっと派手に動いちまったから尻拭いしてもらうかもだが――生きてりゃそういうこともあるって。むはは――舞人はお嬢と先に戻っていてくれ。俺は()を調達してから帰る。時間までには間に合うようにするよ――詳細は後で。じゃあな」


 報告は手短かに終わってくれた。助かる。めっちゃ寒い。ホットの缶コーヒーじゃ長く保たないよ。

 

「いやー驚かせて申し訳ない」

「ホントのホントに怪我してないんですよね!?」

「してないしてない。なんなら直接確認するか?」

「いえいえ! いえ! 大丈夫デス!」


 羞恥心ないのか、この女神様は!


「真冬だと流石にコートと下着1枚は堪えるな。歩きながら話そう。すぐ近くに行きつけの服屋があるんだ。そこで俺の服を調達する」

「はいぃ……」


 お洒落な服を着てたから、きっとお高い店なんだろうな。デパートとかショッピングモールなんて行かないよね? 人混みは苦手だよ。

 

「元気ないな。そうか寒いもんな。歩いてるうちに温まるよ。よろしければ、お手を拝借するよ。信じられないかもしれないが案外温まるんだ」

「て? ててて、手ですか?」

「お互い寒いのは嫌だろう。人助けだと思ってくれ」

「えーとじゃあ、よろしくお願いします」


 女神様は私の手を取って歩き出した。親兄弟以外で誰かと手を繋いだの初めてだよ。会ってから1時間も経ってないのに。ひぃぃ、女神様の手、めっちゃ柔らかい!? ぬくくてやわやわで気持ちいいよぉ……やばっ、手汗かきそう! ハンカチ越しで握らせてくれぇ……女神様の手を汚したくないよぉ……。


「随分と落ち着かないな」

「ひぇ!? すみません……」

「いやいや。見ていて飽きないよ」

「……恐縮です」

 

 いかん。いま女神様の笑顔に見とれてた。黙ってたら堕ちる。何か話そう。何か話題! 絞り出せぇぇ……。

 

「そうだ。自己紹介がまだだったな。俺はルルーファ・ルーファ。ルルーナ・フォーチュンを担当する者だ。君とは同期となる。よろしく」

「同期ぃ!? あなたが!?」

「もっとダンディなおじいちゃんかと思ったか? 残念だったな。期待に沿えなくて」

「いやいやいやいや、おじいちゃんとは思ってませんよ!?」

 

 前情報では男らしい言葉遣いしてるからもっと男らしい女の人を想像してたけど。予想の1000倍は美人だったよ。信じられる? すっぴんなのにシャワー前後で顔面が変わってないよ、この人。

 

「六条安未果……帝星ナティカをする予定です。よろしくお願いします、ルルーファさん」

「ルルでいいよ。できれば『ちゃん』付けを所望する。六条安未果のプロフィール上では君のほうが年上だ。何も不自然ではあるまい」

「はあ。よろしくお願いします。ルル――ちゃん」

「うんうん、よろしく」


 ルルちゃんは両手で私と握手した。外国人って距離感バグってるよね。グイグイ来るなー。でも不思議だ。私の人見知りがどんと収まっていく。そもそも出会い方が衝撃すぎて人見知りしてる暇も余裕も無かったけど。

 よし。落ち着いてきた。慣れてきたぞ、この状況。


「あのー。聞きたいことがあるんですけど」

「おーいいよいいよ。どんどん話そう」

「どうして血だらけだったんですか?」


 ハロウィンの仮装にしては時季外れだし、なにより血の匂いが本物だった。返り血だとしても服がボロボロだけど無傷でいられる理由にはならない。何も聞かずにいるのは流石に無理でしょ。

 

「んー……黙秘権を主張したいのだが……厳しそうだね」

「だって車に轢かれた後みたいなんですもん」

「ンむ。まあその通りだ」

「……本当のところはどうなんです?」

「アクセルベタ踏み、土砂満載のダンプカーだったな」

「いや車の詳細を聞いてるのではなくて」

「ちょうどそこで警察が交通整理しているだろう。あのダンプカーだ」


 ルルちゃんが指をさした方向では前方のへこんだダンプカーが警察官に囲まれていた。あれ、相当なスピードでぶつかってるよね? 怪我どころか即死でもおかしくないと思うんだけど。


「こちらの事情を知らぬままでは鵜呑みにできんよな。生憎うまい弁解も思いつかん。必ず内密にしてくれるなら白状しよう。()()()()?」

「え」

「できないならば話せん。しくじりは許容できんぞ」

「そんなにですか?」

「本音を言えば脅してでも内密にしたいが。これから苦楽を共にする仲間だ。仲間にそんな真似はしたくない」


 目が冗談を言ってない。犯罪がらみじゃないよね? うーん……さすがに大げさだとは思うけど……。


「分かりました。よろしくおねがいします」

「承知した。まずは経緯を話そう。と言っても中身は実にシンプルだ。人命救助だよ」


 圧のある口調から一転、ルルちゃんは可愛い猫を見つけたような軽いノリで話し始めた。

 

「君を捜索していたら、道路上で乳母車を横転させてしまった母親と赤子が居てな。そこに(くだん)のダンプカーが迫っていた。運転手はブレーキを踏む気配もなく車内でぐったりしていた。持病があったのだろうかね。とにかく放っておいては惨事に繋がる。やむを得ず介入に至った」

「介入って……えーと、まさかですけど」

「母親たちとぶつかる前に俺の体へ衝突させて車を横転させた。俺は衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされて、あの有様になったのさ。いやー、久々にいい一撃を貰ったよ。生身で受けるもんじゃないなアレは」


 猫に引っ掻かれたようなノリで話す内容じゃないよ!? それにフルスピードのダンプカーを横転させたって何!?

 

「怪我はどうしたんですか!?」

「治した」

「んんん!? そんなインスタントに使える言葉じゃないですよね!?」

 

 私が混乱していると、ルルちゃんはおもむろに自分の指を噛んで出血させた。ぽたぽたと赤い血が滴り落ちる。


「ひっ」

()()()で披露するのは君が初だな」


 ルルちゃんの出血している指から一瞬淡い金色の光が放たれた。光はすぐに収まり、ルルちゃんがその指を舐めると、傷一つない指先が現れる。


「ほい治った」

「え……えええ!?」

「自分も他人も怪我はすぐに治せる。おかげで運転手も治療できた。あの事故に死傷者は()()()()()()。だが万能ではなくてな。一度出た血は戻らないし綺麗にもならない。もちろん破れた服は直らない。血まみれだが無傷だった理由は理解してもらえたかな。要するに我々の業界で言う 死ななきゃ安い(死な安) というヤツだ」

 

 辻褄が合うけど、はいそうですかってならないよこんなの!? アメコミの世界じゃん!? どういうリアクションするのが正解なの、この場合って!?


「その反応を見ると、やっぱり治癒能力ってのは浸透してないようだね。秘密にしてほしい理由もご理解いただけたかい?」

「そりゃまあ……お医者さんいらずですもんね」

「俺、保険入ってないから、この力があって心底良かったと思うよ。一回クマに引っ掻かれて、その時バイ菌が入っちまって腫れたからお医者さんにかかったんだ。滅茶苦茶お布施を要求されたよ。今回の怪我で病院なんか行ったら払える気がしない」

「く、クマっ!?」

「安心してくれ。ちゃんと猟師さん立ち会いの元、俺が駆除して美味しく頂いたよ。食べたくなったら言ってくれ。肉がとってあるんだ。ご馳走しよう」


 お願いだから話のスケールを一般市民に合わせてください。普通の人はクマに引っ掻かれませんし退治できないし食べません。

 ……でも、今までの話が本当なら、つまり。


「怪我……させちゃいましたね。携帯も壊させちゃいました」

「ん? そういえば、そういう考え方もできるな」

「ごめんなさい」

「俺の怪我については謝らなくていいよ。遠因は君かもしれないが俺が勝手にやったことだ。むしろ君が逃げたから結果的に誰一人死なず、多くの命が救われた。悪いことばかりじゃない。

 それよりも別で謝ることがあるだろう。会社の皆が心配してたよ。特にお嬢――紅焔アグニス嬢なんか、すぐに飛び出さん勢いだった」

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

「彼女たちにも直接謝っておいてくれ。会社も配慮不足だったと反省しているし、今度はちゃんと連絡してくれれば会社もフォローしてくれるさ。ただし、次の無断欠席があれば俺はちゃんと叱るぞ」

「え」


 ルルちゃんは満面の笑みを浮かべつつ、繋いでいない方の手をぐっと握りしめた。


「しっかり拳骨付きでな」

「絶対ぜったい連絡しますです!!! プロミス! アイプロミス!」

「ん。良い子だ」


 この人ぜったいにやる人だ。間違いない。頭蓋骨割られたくないから絶対に守ろう。


「着いた。ここが俺の行きつけの服屋だ」


 話を聞いていたら目的地へ来たようだ。だけどそれらしきお店は見当たらない。モデルみたいな体型だしお洒落な服着ていたから、お店もパリジェンヌ的なお高いブティックを想像してたんだけど……強いて言うならあのビルの2階の……いや……えええー……。


「もしかして、メイド服が飾ってある、あの――コスプレ服屋じゃあないですよね?」

「店主とは顔なじみでな。サイズも伝えてある。腕もセンスもピカイチだから、すぐに用意してもらえるぞ」

「メイド服着て会社戻るんですか!? なんでわざわざ!?」

「普段着だし着慣れている。勘違いしているようだが、メイド服は性癖を満たす嗜好品じゃないぞ。汚れを気にせず家事を行うための立派な作業着だ」

 

 普段どんな生活してるの、この子!?

 

「それにコート1枚下着1丁で顔も知らん服屋に入るわけにもいかんだろう。お店の人が困惑する」

「私が困惑してますが!?」

「俺が着るんだから問題なかろ?」

「メイドさんと並んで歩くのはちょっと……」

「べつに法律から違反している訳ではなかろうに……おおそうだ。俺にいい考えがある」


 それ知ってる! 絶対にいい考えじゃないフラグ!

 

「ついでだし、君の服も用意してもらおう。君もメイドになってしまえばメイドさん二人が並んで歩いているだけだ。何も不思議じゃない。金は心配するな。ここはツケがきくんだ」

「あの、ごめんなさい、先に会社へ向かっておくからルルちゃんはごゆっくり――」

「それは困るな。借りたコートが返せなくなる。まあ外で立ち話は寒いだけだ。ひとまず中へ入ろうか」

 

 繋がったままの手が離されることなく、私はビルの中へ引きずり込まれていった。

 私、何か悪い事したかなぁ……いや、してたわ。



メイド文化はジルフォリアの世界でも共通だったようです。

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