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殺戮

「はっ」


 しかし、アンバーの馬鹿にしたような笑いで会場の雰囲気は一変する。



「妃?至極、幸福?」


「?」


 そう聞かれ、眉をひそめるソフィア。自分は完璧な振る舞いをしたにも関わらず、この男の態度はなんだ。予想外の展開に思わず不安になる。



「ははは、おかしなことを言うやつだ」


 声を出して笑い出したアンバーに、一歩後ずさるソフィア。


「誰がお前なんぞ幸せにするか。これからあるのは絶望のみ」


「え?」


「あの性悪女は嫁に出すと小娘達に説明しているのか。お前達は、ただの人身売買、奴隷として売られているだけなのに」



 ……何かの聞き間違えだろうか。

 人身売買?奴隷?

 

 一体なんのこと?

 

 この男は、何を言っているんだろうか。しかも、これだけ完璧に美しい自分を前にこの不遜な態度はなんなのか。伯爵だろうが関係ない、こんな無礼、許されるはずがない。

 きっとそのうち、メンフィルの大人が嗜めてくれるはず。


 今日は自分の晴れ舞台。しかも今までにない程大規模な。国にとっても私にとっても特別な日になる予定なのに。


 ソフィアは男の言う事を信じられなかったし、信じたくなかった。自分が奴隷だなんて、逸材の美少女として大事にされてきたのに、そんなはずはないと。


 もちろんソフィアだけではなく会場中、国民達もざわついた。男が言うことは事実なのか、事実であったら大変なことだ、と。



 どうしても納得いかない様子のソフィアにアンバーが虫ケラでも見るような目で罵った。


「お前、切ったら柔らかそうだなぁ」


 喉が渇いた位、何気なく呟いた一言。

 しかし、それに込められた分かりやすい程の殺気に、ソフィアの体が一瞬にして凍りつく。悲鳴をあげたくてもあげられない、少しでも目の前の人物の不興を買ったら殺される。


 戦争とは無縁、国内での殺人事件だってほとんどない平和なメンフィルで、その殺気は未知だった。まるで剣を胸元に突きつけられているような、息を忘れる程の緊張感。


 ようやく目の前の男から危険を察知したソフィアだったが、逃げ出す余裕なんてあるはずがなかった。

 

 ソフィアだけでなく、皆が動揺している間に、舞台の袖から賊っぽい格好をした仲間達がぞろぞろ壇上へ上がってくる。


「ここが、天界だか楽園だか知らんが、やけに花が多い国だと思ったら国民の頭ん中もお花畑とはな。どうりで呑気な間抜けヅラばっかりな訳だ」


会場中を見渡してそう毒づく。


「試し切りにちょうど良さそうだな」


 良い案を思いついたとばかりに、アンバーの目が輝く。彼にとって人殺しはただの退屈しのぎ、遊びのようなもの。


 こんなに切ってもよい生物が目の前に用意されていることに、歓喜しているかのようだ。


 まさに狂人。メンフィルにはいない猟奇性を持っている。



「こんな弱い奴ら切って楽しいですかね?」


 アンバーの仲間の1人が、眉をひそめながら尋ねる。切りごたえがないと言いたいのだろう。


「楽しいだろ、天妖族のくせに思い上がりやがって。これぞ弱肉強食、最高じゃねぇか。世界の厳しさ教えてやろうぜ」



 ソフィアのメンタルはもう限界まで追い詰められていた。今までは恐怖が勝っていたが、自分は奴隷として売られようとしていることが、どうしても耐え難く頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。



「……いや、これは一体どういうことなの?」


 カシャン、と頭の上のティアラが床へ落ちる。そのティアラを踏みにじりながら、アンバーが世界の残酷な真実を突きつけた。


「ここでどんな洗脳教育されてんだか知らねぇが、天妖族なんざ、世界じゃただの世間知らずな田舎モグラとしか認識されてねぇんだよ」


「そんなはずない!ありえない!」


 発狂するように言い放つと、癪に触ったアンバーが剣を抜いた。


「うるせぇなぁ」


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ」


 一瞬だった。ソフィアの背中を剣で切りつける。ソフィアの悲痛な悲鳴と、真っ白なウェディングドレスが真っ赤に染まっていく。

 突如、混乱する会場。皆、慌ただしく我先にと逃げ出そうとする。


「お前ら一歩も動くなよ!会場から出ようとした奴から切るぜ」


壇上下で見ていたナイジェル先生が、事情を知ると思われる、女王の付き人シャーマルへ詰め寄った。



「これは、どういうことですか!?あなた達は彼らがどんな人物か知って招いたのですか?一体、どう収拾つけるおつもりですか!?」


「こ、ここは成り行きを見守っていただくしかありません」


 シャーマルとて、こんな風に国を陥れることを、決して賛同した訳ではない。むしろ反論したからこそ、女王の不興を買って老婆にポジションを取られて、今ここにいる。


 しかしナイジェルもそんな事情なんて知らない。シャーマルへ食ってかかった。


「子供たちが最前列で、あの殺人鬼の前にいるんですよ!皆殺されてしまいます!」


 そんなことは重々承知している、とシャーマルは眉をひそめた。


 この事態になると分かっていて何もできなかった。そんな自分に不甲斐ないと思いつつ、それでも自分なんかでは到底ひっくり返すことはできない。


 大きな犠牲を払ってでも、シルヴィア女王は成し遂げなくてはいけないことがある。


 それを理解するには、自分には情報が少な過ぎて、目の前の半狂乱した女教師を納得させることもできない。


 シャーマルは目に涙を溜めながら、一声振り絞るように震える声で言った。



「これは女王の意志です」


 それしか自分には言えない、分からない。ただ、涙を呑んで見守るしかないのだ。




「は」


 ナイジェルは絶望した。国上層部の魂胆で招いた惨劇ではない、ことが分かって怒りをどこにぶつけて良いのか分からなくなったのだ。


 ナイジェルがシャーマルの襟元から手を離す。


3F席から舞台を見下ろすシルヴィアを見る。これだけの事態になっているのに、全く微動だにしない。つまり助けは入らないことを意味している。


 壇上下からアンバーへ声をかけた。


「あなたと交渉させてください。私達の国には、武器を持って戦うという習慣がありません。力でやり合っても話にならないことは目に見えています。何がお望みですか?」


「交渉?お前誰だよ?俺もなめられたもんだな、あと何人切りつけたら女王が出てくるか。試してみようか?」


 そう言ってソフィアの血がついた件をシルヴィアがいる上方へ向けた。


「あんなところで高みの見物しやがって」


「あなたが、ここへ来た目的は何なのですか?」


「おっと、おばさん、それまでにしとけよ。これ以上勝手にベラベラ喋ったら、そいつみたいになるぜ?」


 顎で示した先には、虫の息のソフィアがいた。ナイジェルは、死への恐怖で次の言葉が出ない。自分の無力さを痛感する。彼に対抗する力もなければ、知恵を絞って危機を脱することもできない。


「はいはい、目障りだからどっか消えて」


 しっしっ、と犬でも払うかのような仕草をするアンバー。ナイジェルは脱力するようにその場へしゃがみ込んだ。



「さぁ、始めよう、楽しい楽しいメンフィル品評会を」


 意気揚々と始まった、殺人鬼アンバーによる品評会という名の殺戮ショー。目をキラキラさせながら、切ったら楽しそうな獲物を探す。1番最初に目に止まったのは、結婚式へ舞を踊る予定だったドレスを着た子達だった。


 そこにはシェラルや昨日ランチでイヴを侮辱した子達も含まれている。



「催し物でもやる予定だったのかな?舞台に上がってやってくれるかい?」


 ソフィアが切られるところを間近で見ていた。皆硬直して声も出せなくなっている。


「あがれって言ってんだよ」


 アンバーの声が突然荒っぽくなり、シェラル達は固まっていた足をなんとか動かして壇上へ上がった。


 そして、さっき練習していた、伝統舞踊を披露する。懸命に踊るが、切られると分かっていて笑顔で踊れるはずもなく、途中で恐怖から座り込む子が出てきた。


 終始退屈そうに眺めていたアンバーが立ち上がって、座り込んでガタガタ震えている女の子に声をかける。


「どうしたの?疲れちゃったの?」


 顔中涙なのか鼻水なのか汗なのか、分からない液体でぐしゃぐしゃになっている。その顔をアンバーに覗き込まれ、恐怖は最高潮に達した。


「い、いや」


 やっと出した、か細い声と絶望に満ちた顔。アンバーは至極満足そうに、そっか、そっかと微笑むと、容赦なく、その首をナイフで切り裂いた。


 傷は頸部の動脈まで達していたのか、盛大に血飛沫が舞う。


 きゃあぁぁっ、とあちらこちらで、また悲鳴が上がった。


「つまんないな、もう終わりなの?皆、もう踊れなくなっちゃったの?」


 アンバーに力で抵抗できるはずがない。なすすべなく、目の前の狂人に葬られて行く。


「や、やめて、く、だ」

「はいはい、さよなら」


 悲鳴とともに顔の真ん中に切り傷が。あぁ命だけは助けてくれたと思った矢先、女の子の顔は命であるため、ショックから悲鳴がやまない。


「シェラル落ち着け、静かにしてろ」


 1番前の席で見ていたバスティが壇上へ向かって叫ぶ。イヴは顔を切られたのはシェラルだったのかと、祈るように両手を組んで祈った。


 アンバーの剣が再びシェラルに向かいそうになったところで、一際大きな声で絶叫し出した子がいた。



「ひいぃぃぃっ、こんなのもう嫌、いやぁぁぁっ」


 死と隣り合わせという現実に耐えきれなくなって頭を左右に大きく振る。

 そっちへ興味を移したアンバーがニヤニヤしながら、精神崩壊したその子のもとにしゃがみ込んだ。


「死にたくねぇの?」

 

 そう尋ねられて、ふるふると弱々しく頭を振る。


「いや、いや、死にたくない。痛いのもいや、全部いや」


 よく見ると、昨日イヴにひどいことを言った子だった。それでもなんとか、シェラルのように一命だけら取り留められるよう祈る。


 しかし、そんな祈りもむなしく、今度は腹部へぐっさりと剣が刺し込まれた。ぐふっと大量の赤い血を口から吐くとそのまま床へ倒れ込んだ。


「あーあ、静かにしてればお望み通り命だけは助けてやったのに」


気分でとどめをさしたことに更に緊張感が増す。



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