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女王シルヴィアの聖女の始祖エマ

 同時刻、第三層最深部にて。

 唐突にメンフィル国女王、シルヴィアの目が覚める。銀に近いプラチナブロンドのロングヘアー、透明度の高い瞳は宝石のアクアマリンのよう。逸材の美少女といわれるソフィアでも、彼女の人間離れした神々しい美しさには敵わない。


 シルヴィアは1日活動するために3倍、およそ3日分の睡眠が必要だった。

 うつろな目で、前回活動して眠りに入ってから起きるのが早過ぎるような、とぼんやり考える。はたして今日は何日目でどれくらい眠っていたのか、どうして今回こんなに早く目が覚めてしまったのか。


 ……ん?起こしたのは、エマ?あなたなの?


 頭の中へ直接響くエマという女性の声。ここには実態を持たない存在。


 ……そう、最後の聖女が死んだのね。

 ネイティ、雨の聖女だったかしら?


 そのネイティが最後の時を縮めてでも、助けた女の子がいる。

 今、最深部の泉へその少女が落ちてきた、と。



 『その子は次の"わたし"になれるかもしれない』


 

 その一言に、シルヴィアの綺麗な目が見開く。エマの声ではなく、まさかその存在に反応し目が覚めたのか。


 本当に、その子が聖女の始祖"エマ"の代わりになれるなら、それは一千年来の悲願が叶うかもしれない大事件だ。  


 なんとも言えない感覚に支配され、思わず濡れた頬を手で辿る。 

 歓喜に打ち震える体、声にならない絶叫。


 やっと、やっとだ。

 もう何世紀と待ち焦がれた奇跡の存在。


 ベッドから飛び出し、自分しか立ち入れない更なる深部へ向かう。


 思っていた通り、そこには自分と同じく歓喜で泣く、彼女"エマ"の姿があった。


 彼女、エマは聖なる泉の結晶の中で、1000年老化することなく閉じ込められている。この世界の役割、自分の宿命を全うするために。


 泣くエマに同調するように、発光する泉へ入り中心にある結晶体の中のエマへ寄り添った。

 


 ……これだけ、エマと私に影響があるのだ。

 この余波は、きっとあいつにも伝わっているはず。


 そして、早く、確証を得たい。

 落ちてきたその子が、エマの後継になり得るものだと。


 

 シルヴィアは、自室へ戻りシャーマルへ連絡する。シャーマルとはシルヴィアの世話係のうちの一人。彼女の姿を知る数少ない人間でもある。


「シャーマル、シャーマル、深層へ落ちた子がいる。助けてあげて」

『え?』

「いいから急いで、その子を助けてここへ連れてきて」

『は、はい』


 シャーマルはシルヴィア女王に仕えて十数年、今初めて名前を呼ばれた。しかし、感激する間もなく、シルヴィア女王の話は続く。


「それから、次の出荷先の、えっと誰だったかしら?」

『帝国ラスティンの伯爵、アンバーのことでしょうか?』

「そうそう、そいつ。そいつに今すぐ連絡してくれる?」

『え?今からですか?』

「えぇ、ことは早急を要するの」

『アンバーへは、明日、うちから出荷する予定でしたが。一体何をお考えで……?』

「招待するのよ、この国へ」

『え?』

「一斉清掃よ、そして、深層に落ちたその子が二代目エマという確証を得たいの」


 話についていけず、しばしの沈黙のあと、リスヴィアの怒りに触れないよう慎重に尋ねる。本当だったら、こんなこと確認したくない。

 しかしアンバーをうちの国に招くとなったら、それは大事だ。他の人間に聞かれた時、シルヴィア様の意思と説明してどれだけ通用するか。


『すいません、ご無礼を承知で物申させて頂きます。それはこの国を、』

「ごめんなさいね、時間がないの」


 一番重要なところを、途中で遮られた。びくっと体を震わせるシャーマル。


「一体、何世紀この状況を待ちわびていたと思っているの」


 シャーマルは酷く動揺していた。この天妖族の女王がこれ程までに、感情を昂らせたことがあったろうか。お世話係という名目で雑用を押し付けられてきたが、今まで、まともな会話を交わした記憶さえなかった。


 それだけのことがこの国に起こっているのだ、と理解したが、時すでに遅し。


「あなたでは荷が重いようね」


 お役御免とばかりに、切り捨てられる。


「今、あなたができる仕事は一つだけ。今すぐ、老婆を叩き起こしてここに連れてきなさい」


 シャーマルは今度はイエスしか言わなかった。


 余計な詮索をすること自体間違っていたのだから。たとえ母国へどんな危険を招こうとも。


 大穴の底に落ちたはずなのに、目を覚ますとそこは自分の部屋だった。


 おかしい、昨日ソフィアに2層から落とされて……、


 

 どうして、私生きてるの?



 昨日のことを思い出すと、ひゅっと足がすくむ。思わず身の毛がよだって自分の両腕をさすった。そして、目から熱いものが溢れだした。唇がわなわなと震える。

 

 私がどんな悪いことをしたというのだろう。

 親の顔だって罪状だって分からないのに、物心ついた頃から罪人の娘だと罵られ、風貌が皆と違ったこともあってずっと差別されていじめられてきた。

 理不尽だと思いながらも、自分は罪人の娘なのだと、多くを求めず幸福や喜びといった感情を避けて、慎ましく自戒して生きてきたつもりだった。


 いつも、きっとこれ以上、不幸せなことは起こらないって自分を奮い立たせながら生きてきたのに。


 だけどもうそろそろ限界。こんなことなら、いっそ、こんな理不尽な世界から消えてなくなってしまいたい。 


 虚ろな目で、あのまま死んでしまった方が幸せだったのかもしれない。とふと思ってしまった。

ぎゅっと目を閉じて、両腕で自分を抱きしめる。思わず泣き叫びだしてしまいそうになるのを、ぎゅっとまた下唇を噛んで耐えた。



 

 いつものように学校へ行くと、ソフィアが私の姿を見てぎょっと、まるで幽霊でも見たかのような顔をした。だけど怖がっているのか、なんの接触もされず、少し安心する。


 正直、自分でもちょっと幽霊なんじゃないかと思ってしまう。イヴは自分の体が透けてるんじゃないかと両手をまじまじと見つめた。


 そんな、自分の生死に関わる大事件が起きたにも関わらず、学校でもまた大騒動が起きていた。朝早くから、昨日ソフィアから変わってと言われた水やりをやっていたところ、急遽、校長先生から全校集会の号令がかかったのだ。


 全校生徒が講堂へ集められ、校長先生から、今日の授業は全面中止となり、午後からソフィアの結婚式を執り行うことになった、と告げられる。


 しかも嫁ぎ先の帝国ラスティンの伯爵アンバーはもちろん、招待客も呼んでいるらしい。

 他国から人を呼んで催事をするなんて前代未聞であり、教師陣達と国の幹部要人達は只事ではない雰囲気になっていた。



 逸材の美少女と名高いだけあった。まさか、秘境メンフィルで結婚式が行われるなんて。イヴは、大人達の慌てふためきぶりに、殊の外、事の重大さを実感した。


 本人のソフィアは感極まって、両手で顔を覆って嬉し泣きしている。主役となる彼女は、早々に別室へ連れて行かれた。


 彼女はやはり別格な存在だった。

 昨日自分へ向けた殺意に満ちた狂気的な表情とは打って変わって、この世の幸せを全て享受したかのような顔。


 

 どうしてこんなに世界は不公平なんだろうか。



 私を昨日殺そうとした人間が、あんな幸せそうな顔してるなんて。


 


 講堂の大広間では、選りすぐりの可愛い少女達が10人程集められ、舞の練習をしている。踊るとふんわり広がるピンク色のドレスに花冠を付けて。花篭を持った数人が、花びらを撒きながら踊る天妖族の伝統舞踊だ。

 そこにはシェラルや、昨日ランチでイヴを貶した子達も含まれる。皆、一人一人華がある子達。


 今まで国の式典などで学生達が踊ることはあったが、他国から来たの人の前で披露するのは初めてだ。


 私も授業で習ったことはあるが、1人毛色が違うからと皆と一緒に踊らせてもらうことはなかった。髪色が地味だから一人浮いてしまうと。確かに私の髪にあんな艶はない、光に反射してキラキラ輝くことはできない。



 髪だけではなく、きっと、私という存在も。

 生涯、ああやって皆の注目を浴びて輝くことはないのだろう。




 そして始まった、ソフィアの結婚式。


 メンフィルで一番立派な建造物、ミスリエット大聖堂で執り行われる。1Fのメインホールと2F席、3F席まであり1000人以上収容できる。全校生徒を始め、国民のほとんどが出席する。まさに国を挙げての祭典となる。

 イヴは同じクラスということもあって1F席の前から3列目だった。


 席へ着くとすでに、壇上の椅子に肩肘をついて、足を組みながら不遜な態度の男がどかっと座っていた。あれが帝国ラスティンの伯爵アンバー、ソフィアが嫁ぐ相手か。

 胸元が大きく開いた白いシャツに、黒のズボン。結婚式の衣装とは思えない賊っぽい格好だ。腰には剣も携えている。


 

 「皆さま、静粛に。これよりソフィアが入場します」


 壇上の裾から、純白のドレスを纏ってゆっくり現れた。まるで本当に天使のように綺麗で、会場中から感嘆の声が漏れる。


 アンバーの前にソフィアが跪き、さっき練習したのであろう要人から用意されたセリフを言う。


「アンバー様、お初にお目にかかります。私、ソフィアと申します。この度は、私を妃として選んで頂きまして誠に感謝しております。帝国ラスティンの伯爵であらせられるアンバー様に嫁げますことは、このメンフィルにとっても至極幸福の結びと、国民皆喜んでおります」



 良い終わると上目遣いでアンバーを見つめ、微笑んだ。


 女子が憧れる夢を全て叶え、これ以上ない位の羨望の眼差しを一身に受ける。


 ソフィアのあまりに完璧な姿と立ち居振る舞いに、会場中が息を飲んで見惚れていた。

 

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