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外の世界への憧れ

 


 昼休みを終えて教室へ戻ると、顔の前で両手を合わせたソフィアに捕まる。


「花の植え付けありがとねー。本当いつも助かる」

「ど、どういたしまして」

「ねーえ、明日の早朝の水やりもお願いできる?」


 明日の早朝か、と誰かに頼まれごとをされていないかふと考えて返事に間が空くと、ソフィアに泣き腫らした顔を覗き込まれた。


「あら、何かあったの?」


「い、いえ」


「また誰かにいじめられたの?泣いたってしょうがないわよ。これがあなたの運命なんだもの。もう少し強くならないと、この先、生きづらいわよ」


「そうよ、イヴは私達と違ってずっとここで生きていかなきゃいけないんだから」



 ずっと、この国で生きていく?

 今と同じように、皆に蔑まれながら?


 そんなの絶対嫌だ。


 こんな運命は、とても耐えられない。

 



「わ、私も外に出てみたい、です」


 ぼそっと、自分の願望を口にする。


「は?どうしちゃったの?」


 3人は驚いたかのように、顔をふせるイヴの頭上で、お互いの顔を見合わせた。

 その3人の目線はやがて、イヴの方へ戻ってきて大きなため息となって自分へ降り注ぐ。



「あー、よく本読んでるもんな」


 バスティに呆れたように言われる。


 そう、イヴは本にこの世界のことを教えてもらった。

 自分達とは違う生き方をする多種多様の民族や、見たこともない風景やそこに生きる生物、計り知れない程大きな海や山。いつか、実際に見てみたいと思っていた。

 

 そして、きっと大人になったら当然のように自由を得られると思っていた。


 しかし、物心ついた頃から気付き始める。現実は自由とは無縁で、私に限らず、基本的に国民が国を出て自由になる権利はないということを。

 

 この国から出るには、まず国から選ばれないといけなかった。の国、すなわち天妖族フェンリルを統べる女王・シルヴィアや国の要人に選別され、他国の多額の報酬を払える貴族へ嫁ぐこと、だ。

 それも独自の厳しい条件があり、その選別方法は公にはされていないものの、皆の中では容姿端麗で優秀な成績を収め、他の生徒の模範となるような人物が選ばれる、と噂されていた。


 事実を知った時、一時の衝撃を受けようが、それはすぐに常識として私達の中に浸透する。

 この世界以外の普通を知らないのだから、私達にとっては本の中の世界が異常だったのかもしれない、と。


 それでも、皆、閉鎖的なこの世界よりも、見知らぬ外の世界に焦がれ、大人達に認められるために奉仕活動などの努力を重ねていたのだった。



 私だって、外の世界を見てみたい。



 そんなイヴに、最初に断言したのはバスティだった。



「無理だよ、罪人の娘でそんな容姿のお前が、国から選ばれる訳ないだろ」


 続けて、腕を組んだソフィアが説き伏せてくる。


「ねぇ、私達天妖族って天使みたいな容姿をしているから天妖族って言われるけど、あなたは違うじゃない。私達と違って、綺麗とは言えない艶のない髪に、沼底みたいな瞳の色。天妖族として、とても外には出せない容姿をしてるのよ」


シェラルもそれに続く。


「フェンリルっていうブランドを維持するために、高い水準での教養、作法、そして綺麗な容姿が必要なの。可哀想だけど無駄な希望もたない方が良いわ」


 イヴの容姿は、天使と称される他の天妖族の民と少し毛色が違っていた。髪色は灰色で、瞳の色も深い藍色と変わった色合いをしている。


 ここではこの容貌のせいで、よく不気味、不吉な子と言われることが多かった。いつしか、人と目を合わせることが苦手となり、視力は問題ないのに、顔のサイズに合わない丸型の大きな眼鏡をかけるようになっていた。



「だからせいぜいさ、選ばれた私たちのお世話頑張るしかないでしょ。少しでもこの国に貢献しなさいよ?」


 そう言いながらソフィアに肩を叩かれる。励ましているつもりなのか、もし自分が逆の立場だったら同じことを言えたんだろうか。


 私、今どんな顔をしているだろう。

 

 そんな容姿と最悪な出自、皆自分が幸せになれる訳がないと思っている。お前みたいなのが不相応な夢を見るな、わきまえろと。


 でもその運命を全て受け入れてしまったら、生きていくのが辛くなってしまうじゃない。


 過去や自分自身のことについては変えられるものじゃないから、この辛い境遇もしょうがないと思える。

 それでも未来は少しでも良い方向に変わってくれるんじゃないかって、わずかでも希望を持って生きたい。


 それさえ許されないんだろうか。


 

 

 打ちのめされていると、始業のベルが鳴った。ガラっと木製の引き戸の開く音と共に、ナイジェル先生がやってきた。


 ちらっと私に群がる3人に目をやり、一喝。



「そこ、授業を始めるので席につきなさい」


 ナイジェル先生には小さい頃からお世話になっている。基本、表情は乏しいが私を差別しない数少ない人間の1人だった。


「本日は魔獣についてです。本のこの世界の理、88Pを開いてください」


 分厚い本を出してそのページを開くと、禍々しい魔獣の絵が載っていた。黒い体毛に鋭い牙と爪、見た目はイタチのようだが体調5~7mあると記されている。


 イヴはすでに読んだことのある内容だったが、何回読んでも本当にこんな大きく獰猛な獣が外の世界にいるなんて、信じられなかった。


「ここフェンリル国は大穴にあり、いわばなんの外敵もいない平和な国です。害獣などの命を脅かす存在もいません」


 そうこの国は平和そのもの。大穴に住んでいるということと、最上層の太古から生えているという立派な木達が魔獣除けとなりまず魔獣が侵入してくることはなかった。


「しかしこの国を出た外の世界には人を襲う魔獣という存在が生息しています。人間の3倍から10倍程の巨体で鋭い牙や爪を持ち、人間や動物を襲う凶暴性を持ち合わせています」


「この魔獣を討伐できるのが、元狩猟大国ガイアの軍人です。国力としては帝国ラスティンに次ぐ大国であり、軍事力だけで言えば最強とも謳われています。近年では帝国ラスティンもガイアへ匹敵する軍事力を有しておりますが、狩猟に関してはガイアの右に出る国はありません」


 淡々とナイジェル先生が話す中で、ソフィアの弾んだ声が差し込む。


「私、外交先でガイアの王子に会ったことがあるわ。私に見惚れて手を振ってきたの」 


 その発言に一斉にクラスが沸く。ガイアの王子達は特に強い戦士だと有名であり人気があったのだ。


「えー、さすがソフィア!かっこよかった?」


「うーん、まぁまぁかな?でも体はがっちりしてたわ」


 そんな盛り上がりにナイジェル先生が水を差す。


「それは何かの間違いかと、あなたの外交先で大国ガイアの王子と出会うことはまずありえません」


 ナイジェル先生が正論なのだろう、恥ずかしさから顔を赤くして怒るソフィア。


「先生なんか一度も外に出たことないくせに、何が分かるんですか!」


「ソフィア、自分を誇示するのも大概になさい」


 あくまで冷静に諭すナイジェル先生に、納得いかないソフィアが綺麗な瞳で睨みつける。


「こんなの先生の僻みよ」


ボソっとシェラルに文句を言う。それに同調するシェラル。


「そうよ、外の世界へ嫁ぐ前に、魔獣の話なんてしなくなって良いのに」


フっと鼻で笑うと蔑むような目でナイジェル先生を見る。


「まぁ、先生も哀れよね。私はここよりずっと裕福な帝国ラスティンの伯爵アンバー公爵様へ嫁ぐのよ。この上ない幸せだわ」


 彼女にとっては国内に残留させられた大人なんて、先生とはいえ自分より下等な存在、見下して良い存在になっていた。

 先生に聞こえてしまうのでは、と1人ハラハラするイヴだったが、その後も授業は淡々と続いた。

 ソフィアの機嫌はというと、最後まで治らなかったようだった。



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