ひとりじゃない
無言のまま、水澄は泣き続けている。
これには志郎(聖理に取り憑いた)も戸惑っているようで、慌てているばかりで何もできていない。
また場が静寂に包まれるかと思いきや、意外な人物によってそれは阻止された。
「これでわかっただろ?こんなことをしても水澄は喜ばない。あんたの自己満足に過ぎないんだよ」
「君…」
そう言い切った人物…拓実は拳を握りながら、続けて告げる。
「あんたは自分の夢を叶えることは、水澄の夢を叶えることだと信じ切っていた。だから無茶をする時も水澄を理由にしてきた。そうすれば責任や罪悪感からも逃れられた。そうじゃないのか?」
志郎は目を大きく見開いたものの、すぐに反論する。
「だってそうだろう?いつか2人で夢を叶えようと言って頑張ってきたんだ。俺の夢は水澄の夢でもある。俺はこいつのことを思って…」
「もうやめてくれ!!」
志郎が言い終わるのを待たずに、水澄は声を荒げて彼を制した。これには志郎のみならず、一同がびくりと固まる。
「たしかにそう言ったよ。本当にそうなればいいと心から思ってた。だけど志郎さんはだんだん変わっていった。目の前にいるファンだけじゃ足りなくなって、もっともっとと、より多くの名声を欲しがった。それを悪いことだとは言わない。でも俺は、水月の館でそこに来てくれたお客さんを相手に演技することが本当に楽しかったよ。知名度はなくても、それで満足だった。そして願わくば、その隣りにあなたもいて欲しがった!それだけで俺は嬉しかったのに、どうして…禁忌を犯してまでこんなことするんだよ!?」
その言葉は心の叫びのようだった。ついに水澄は肩を揺らしながら、嗚咽を漏らして泣き始める。
そんな彼の背中をさすってやろうと、拓実は手を伸ばすが、水澄の透けた体ではそれも叶わず、空を切るだけに終わった。
『禁忌』
水澄といい、志郎といい、本人には決して言えないが、こんな状態になってしまっては生きている人間とは言いがたい存在だ。
そんな大きな代償を払ってでも叶えたい夢があったのだ。それは少し羨ましくもあり、そして脆い。
もし神様がいるのなら、どうか彼らを救ってやって欲しい。だが残念なことに、そんな都合よく助けてくれる神様は存在しない。自分たちでどうにかするしか道はないのだから。
ふと、先程まで聞こえていた嗚咽が消えていることに気がついた。いつの間にか水澄が泣くのを止め、志郎をじっと見つめている。
志郎はそんな彼をどうすればいいのかわからないようで、今までの威勢はどこへやら、おろおろしていた。
拓実もそんな場の空気にためらっていると、上着のポケットから何かを奪われた。
「あっ!?」
一瞬のことで何を取られたのかすぐにはわからなかったが、水澄が手にしている物を見て、以前志郎から渡されて、それ以来ずっと持ったままだった、あちら側の世界の道具だったことがわかった。(聖理を拉致した時に使った例の武器のことだ)
あの時は意識を朦朧とさせる効果がある物だと聞かされていたが、それが今何の役に立つというのだろう。志郎も戸惑った表情を浮かべている。
水澄はそんなことはお構いなしにその棒状の物を構えると、涙の痕が残った頬を拭いもせずに言った。
「これは中に含まれている薬品が流れ出て肌に触れることにより相手を脱力させられる、あちら側の世界の防犯を目的として作られたもの。それはあなたも知ってるだろう。だけど、その薬品の量が多すぎた場合は…」
そこで一度言葉を切ると、その先を志郎が知っているのか伺うように彼を見据える。
志郎はといえば、先を促すように水澄を見るだけだ。おそらく知らないのだろう。
水澄もそれを確認してのか、もう一度手の中の物を構え直して先を続けた。
「服薬の過剰で拒絶反応を起こし、肉体に異常は生じないが、魂はあの世行きだ」
それを聞いた途端、志郎は目を見開き、大慌てでどこかへ向かって走り出した。否、走り出そうとしたが、それよりも水澄の動きの方が早く、すぐに捕まってしまった。
必死にもがくものの、今の志郎は聖理の体だ。抵抗も虚しく、簡単に動きを封じられた。
「わかってるのか?今ここで薬を使えばお前も巻き添えになるぞ!?」
「そんなの構わない。もとより俺もあなたも本当ならもう生きていなくても不思議じゃない年齢だ。それに俺たちはもう肉体と言えるようなものも持ち合わせていないから、魂が天に帰るだけだ。もうこんなことは終わりにしよう」
何の迷いもなく、水澄はその棒状の物を自分と志郎の間に置き、中央の部分を掴むとそこに思い切り力を入れる。
ばきっという嫌な音がして、中から大量の薬品が流れ出ている。
「まっ…!」
「もう一緒に終わりにしよう、志郎さん。…」
その言葉が合図のように、2人の体が光に満ちた。
「水澄!」
拓実が叫んだ声に応えるようにゆっくり振り返ると、水澄は穏やかな、けれど強い意志を持った目をして微笑んだ。
最後に水澄が口にした言葉は、はっきりと聞き取ることはできなかったが、拓実にはこう言っているように思えた。
『ありがとう、さようなら』と。




