隔離された館
ーー外部との連絡がとれない。ーー
頼るべき案内人も不在となれば、もうなす術がない。できることがあるとしたら、いつ来るかわからない助けをひたすら待つことのみ。
もっとも、夏休みが終わり、2学期が始まっても子どもたちが帰ってこないということになれば、親たちが探しに来てくれるだろうが、流石にそれまで待つのかと思うと気が滅入ってくるので勘弁してもらいたい。
食料があるのは確認済みだが、それもいつまでもつかはわからない。
龍之介と奏多が戻ってからの自分たちは何かをするというわけでもなく、各々なんとなくとしか言いようのない過ごし方をしている。
現に、談話室(もう勝手にそのように呼ぶと決めた)では、聖理と奏多,開の3人がいるが、誰も言葉を口にする気配はない。
他のメンバーも、自分の部屋にいたり、周囲をふらふらしたりと大したことのない過ごし方をしているようだ。
元から長期の滞在を予定していたため、進学校の生徒らしく、勉強道具は持参しているのだから時間を有効活用するためにも勉強をしてもいいのだが、到底そのような気にはなれなかった。
もしくは、例の鍵探しをするという過ごし方もあるが、積極的に動くのはどうも釈然としない。場合によっては、この非常事態から脱出するための手がかりが得られるかもしれないが、同様に危険を伴う行動とも言える。
また、聖理にとっては、鍵探しをすることが、ここにいる他のメンバーから呆れられる行為としてとられるのではという心配が大きかった。
『あんな子どもみたいな冗談を間に受けるのか』
決して、誰かに言われたわけではないのに、頭の中でそう言われているような気がしてしまう。そんな妄想も手伝い、聖理はこの談話室の椅子から動くことができなくなってしまった。
しかし、それでも気になっているのは紛れもない事実であった。そして、聖理がこんなにも鍵の存在が気になっているのには、他にも理由がある。
自室の引き出しで見つけた鍵のかかった本である。何故だかわからないが、あの中に自分が知りたくてたまらないことが書かれているような気がしてたまらないのだ。
そして、昨夜に見た水の中の少年についても気になる。この場所に来てからというものの、不可解なことが多すぎる。
色々なことを考えていたら、頭が限界を迎えた。考えることを放棄するように、行儀が悪いとは思いつつも、椅子の上でだらけて、そのまま天井を見上げた。
どこを見るでもなくぼーっとしていたが、しばらくして何か違和感があることに気づく。最初はよくわからなかったが、どうも天井の模様がまるで水面のように変化しているのだ。
と言っても、それは本当に些細な変化であって、光の角度でそんな風に見える気がするだけと言われれば納得してしまうほどのものだ。
しかし、何故かその時はまるで吸い込まれるかのように、その天井の模様に見入ってしまった。
(昨夜夢に見た池みたい…)
きっと様々なことがあって疲れていたせいだ。きっとそのまま眠ってしまっていたのだろう。不思議な夢を見ていた。
昨日の夢にも出てきたあの美少年がいた。何かを話して、楽しそうに笑っている。音は一切聞こえないのに、何故かそうだとわかった。
誰かと一緒にいるようだが、相手の顔はわからない。場所は綺麗な花壇がある庭…見覚えがある。自分たちが今まさにいる、この別荘の庭だ。建物の外観が、今よりも新しいように見える。
彼らは楽しそうに話しながら歩いていた。そうしているうちに2人は例の地下室の前までやって来る。すると美少年は相手に『内緒だよ?』と言うような仕草をした後、手のひらに収まるほどの、小さな可愛らしい赤い箱を取り出した。
ー中には何が入っているの?ー何故だかわからないけれど、そう訊いてみたいと強く思った。なのに声が出せない。なので、代わりに引き続き2人の様子をそっと見守る。彼が箱の蓋に手を伸ばし、もう少しで中が見えるーと思った瞬間、それまで無音だった世界に、突然音が響き渡った。
ごぉーん、ごぉーん、ごぉーん、
ごぉーん、ごぉーん、ごぉーん、ごぉーん………
『⁉︎』
気づけば目の前にはさっきも見上げていた天井があった。先程感じていた、模様の違和感も今はなく、そこには染みひとつない、綺麗で何の変哲もない天井があるだけだ。
『もうこんな時間か。僕たちももう、自分の部屋に戻ろうか』
奏多に言われて、部屋の壁を見ると、そこに掛けられている時計は0時ちょうどを指していた。先程の音はあの時計が、新たな日付の到来を告げるものだったようだ。
2人と別れを告げ、自室に戻っても先程の夢が気になって仕方なかった。
ーあれは本当にただの夢だったのだろうか?ー