退屈な日常
この場の静寂を打ち切ったのは間違いなく杏奈だった。
彼女がこれほどまでに積極的に自分から話す姿を初めて見るせいで、この場の注目はすっかり、拓実から杏奈へと交代している。
「じゃあ誰も話さないみたいだから次は私の番でいいよね」
今この場に彼女の提案を拒否できる者は誰もいない。彼女はこれまでの態度が嘘かのように、淡々と語り始める。
私は見た目からもお察ししてもらえる通り、頭も良くない。それで親や学校の教師たちからはいっつも怒られてた。
でも元から好きでもない勉強を、そんなこと言われたら更にやりたくなくなるのは当然じゃん?それで反抗して遊び回ってたわけ。
まあそんなんだから成績は落ちる一方で、高3になってからは『こんな成績で大学受験はどうするんだ』って、更にエスカレートしてきた。
でもやっぱり勉強は嫌いだし、大学に行ってもまた勉強ざんまいだと思うとうんざりして、『大学なんて行かないからいい』って言ってやったの。
そしたら親は猛反対だし、担任もとりあえず大学は行っといた方がいいからとかって説得しようとしてきてさ。もううんざり。
それで高校の定期試験もサボって、バイトで貯めてたお金持って家出してきたわけよ。そこからはネットカフェとかで寝泊まりしてなんとかやってたんだけどね。だんだんお金もなくなってきちゃって、これからどうしようかなぁーって思いながらいつの間にか人のいない場所を求めてたみたいでね、気がついたら例の駅にいた。ここにいるみんなもあそこから来たんでしょ?
それで、屋根もあるし、人もいないからその日はそこに泊まろうかと思ってたところに、柳田さんと会った。
家出してきてお金もないって話したら、じゃあいい場所があるからってここに連れてきてもらったわけ。
そしたらネットカフェなんかよりもずっといい部屋だし、ご飯まで用意してもらえてもうここ最高じゃん!ってなってたら、宿泊費代わりに頼みがある。それを引き受けてくれたら好きなだけここにいてくれて構わないって言うもんだから、即OKしたよね。
で、その頼み事ってのが…
「ひとつはあんたらの監視役」
監視という言葉に身が震える。たしかに柳田が姿を消した後、誰もいないはずなのに自分たちの動きは筒抜けだった。
理由は簡単。杏奈が自分たちの行動を監視し、それを逐一柳田に報告していたのだ。だから彼は屋敷から姿を消した後でも、絶好のタイミングで的確な指示出しができたわけだ。
もうすっかり忘れてしまっていたが、自分たちの中に裏切り者がいるのではという話があがった際、真っ先に彼女が疑われていたが、それは正しかったということになる。
まさかここでその事実が判明するとは。
周りの反応に気づいているのかいないのか、杏奈は気にした様子もなく続ける。
「で、もうひとつの条件は、3つ目のミッションが終わる前に誰かが屋敷の外の森に近づかないようにすること。これは絶対阻止しなきゃいけないことだから、もし誰かが出ようとしていたらミッションのヒントを出してでも止めろって」
その言葉が頭の片隅で引っかかる。
思えば第1のミッション、地下室の鍵探しは最初のうちは難航していたにも関わらず、最後は椅子の下から出てきたという何とも拍子抜けな結果に終わった。
しかし鍵が見つかったのと同時刻、聖理は屋敷の外は出ようとしていた。あの時は目的地があって出ようとしていたわけではないが、他に行く所もない中、あのまま放っておかれたら森の中へと入って行っていたのは必然だろう。
あの時は鍵が見つかったことによる騒ぎでそれどころではなくなっていたが…それが実際は杏奈が監視していて、意図的に止められたことだったとしたら?
頭に浮かんだ仮定は、彼女の続ける言葉が、それが真実であると告げる。
「だから、監視してたらそこの女の子が森の方に歩いて行こうとするもんだから、急いで柳田さんから事前に聞いてた場所から鍵を出して、わかりやすいとこに置いたの」
そしてすぐに見つけてもらえるよう、近くにあった置き物を倒して音を立てて、近くを通りがかった龍之介をその場に駆けつけさせ、鍵を発見させる。
至ってシンプルな手口だが、それにまんまと自分たちはのせられたわけだ。ちなみに地下室の鍵は食糧倉庫にしまわれていた米の中に入っていたらしい。(全員そこまでは調べていなかった)
そんなこんなで自らはミッションに消極的な人物というポジションを見事にゲットして、監視役に徹底した。
そして誰も森へ近づかず、監視の役割を果たしつつ無事に第3のミッションが終了してからは、柳田と共に各々自分に課されたミッションに励むみんなの様子を引き続き監視していたらしい。
そしてこちらも無事に終わると、何食わぬ顔でみんなと合流する手筈だったのだそうだが、それも水澄の介入によってそうはいかなくなり、第8のミッション、『自分の抱える秘密を暴露すること』に参加する形で今までのことを自白したらしい。(これも柳田からの指示だという。)
なかなかの情報量の多さに混乱しそうになる。しかし、これまでの彼女の行動を考えればそれもすぐに納得できることだった。もうこんなことにもすっかり慣れてきてしまっていた。免疫ができたとでも言えばいいのだろうか。
「じゃあ私の話はこれでおしまい。2人はさっきかなりの暴露もしたし、その子はその透けてる人のことをもう話してるみたいだし、そっちの人は大した秘密もないからいいだろうって柳田さんが言ってたからー…」
監視役を任されていたにも関わらず、彼女は監視する相手の名前を覚えていないらしい。
どうやら最初の2人というのは、拓実と奏多のことを指していて、その子とは自分だ。そして柳田から免除の許可が出ているのは、彼女に非難の目を向けている開であると推測できる。
そして自分も既に話し終えている人の枠の中に括られているということは、水澄の件以外は語る必要がなしと判断された模様だ。…よかったといえばよかったが、開の気持ちが今は少しわかるような気がする。
となると残るはあとひとり。
「てことだから、早く終わらせちゃってよ。その感じだとまだ言ってないんでしょ?」
彼女がそう言った相手。それは消去法によりひとりに絞られる。
龍之介は驚くほどに真っ青な顔色をして、俯いていた。