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適合者

 水澄の後を追うような形になりながら、聖理は辺りを見渡し、彼とはぐれないように歩いていく。



 ここは自分がいた元の世界ではない。聖理たちからすれば、いわゆる夢の国だ。そして少し見ただけで、その言葉が最適であることはすぐにわかった。



 街は緑豊かで、そこに住む人々もみんな穏やかな表情をしている。店を覗いてみても、服、食糧、本、雑貨、それぞれが様々なものを売っていて、物資もきちんと行き渡っていることが容易に想像できた。



 ここでは自分が元いた現代社会が抱えている、環境問題、人々の健康、経済面の課題といったものとは無縁。



 もしこの場に自分以外のこっち側の人、特に大人を呼んでこれたら、その人たちはどんな反応をするだろうか。



 素晴らしいと感嘆するか。あるいは、出来すぎていてまるでまがいものだと罵るだろうか。



 聖理自身、どっちの意見なのかと問われると困ってしまうと思う。




 たしかにここはいい場所だ。もしここで暮らせたら楽しいだろうな、とも思う。しかし、それに反して不自然さが全身にまとわりつくような不快さもあるのも事実だった。




 なんと言えばいいのか、全てが完璧すぎるのだ。完璧とは、理想そのものだという印象をこれまではもっていたが、実際にそれを目の当たりにすると、こうも不自然極まりない、不気味ともとれるものとなるのだと初めて知った。




 もちろん、感じ方は人それぞれであるが故に、ここが理想郷だと言う人もいるだろう。それは個人の自由だ。



 だが聖理としては、こうして観光する分にはよいが、自分がずっと住みたいとは思わない。




 そこでふと気づく。



 自分はちゃんと元いた場所に帰れるのだろうか。急に不安が募っていき、黙っていられなくなった聖理は前を歩く水澄に追いつき、『ねえ』と彼の袖を引っ張る。



 掴んだ袖の感触はちゃんとあったが、彼の体は相変わらず透けた状態のままだ。



 水澄は止められると思っていなかったようで、少し体をぴくっとさせたが、すぐに足を止めて話を聞いてくれる。




 「どうした?」



 「あの、ここまでのこのこついてきちゃっておいて、今更なんだけど私ちゃんと帰れるよね?そもそも私、ここに来て大丈夫なの?」




 先ほど彼が寂しげに言った、『余所者』という言葉が頭をよぎる。そして余所者はその世界にとっての不純物であり、別の世界の人間が行き来すれば、世界の原理にも関わってくると。



 今更自分がしてしまっていることの重大さを再確認して、途方もなく気が遠くなった。



 しかし水澄はものすごく冷静で、はっきりと『大丈夫だ』と答える。




 「さっきも言ったけど、俺も昔は2つの世界を行ったり来てたりしてたし。俺はあまりにも回数が多かったからこんな中途半端な存在になっちゃったけど。聖理は今回が初めてだからな。問題なく元いた世界に帰れる」




 それを聞いて聖理は心の底から安心した。不安がなくなった分、体が軽くなったようにさえ感じる。




 「それに、お前は適合度が飛び抜けて高いからな」




 「適合度?」




 ほっとしたのも束の間、すぐにまた難しそうな話が降ってきて、朝から情報処理ばかりをさせていた頭が、これ以上はごめんだと文句を言っている気がした。




 「簡単に言えば、別の世界に行けるかどうかの適合度。お前はそれが他の人と比べて飛び抜けて高いの。実際、難なくこっちに来れたしな。もし低い人だったら来れてない」




 彼の説明を要約すればこうだ。



 当然ではあるが、別の世界へ行くことは容易なことではない。いくつかの条件が揃った時のみにそれが可能になるのだそうだ。



 まず、人がもうひとつの世界との間を行き来するのには、その人の適合度があるかどうかが最も重要なのだという。



 この適合度が低ければ他の条件が揃っていても不可能だそうだ。(聖理の場合は、水澄が今まで見たことがないほど高くて、内心驚いていたのだそうだ)



 そしてその他に必要な条件は、時間と場所だ。



 2つの世界を行き来できるのは、聖理の元いた世界の時刻で言うところの、午前零時と正午の1日2回。


 さらに、人気のいない場所にある水の中に飛び込むこと。そこがもうひとつの世界の入り口へと繋がっている。




 つまり、適合度の高い人間が、午前零時、あるいは正午に、人気のない湖や側などの水のある場所に飛び込む。そうすればもうひとつの世界へと行けるというわけだ。



 反対に、元いた世界に戻りたければ、同じように元いた世界の午前零時か午後零時に、似たような場所で水の中に飛び込めばいいわけだ。



 つまり、戻るには元いた世界の時刻がわからなければいけない。水澄が懐中時計を所持していたのはそのためだという。



 そんな大事なことはここは来る前に言っておいてほしいものだが、今更言ったところで仕方ない。文句の代わりに、ずっと訊き損ねていたことを訊ねる。




 「それで、私をここに連れてきて、水澄はどうしたかったの?」



 こう訊ねたら、また彼はしばらく考え込むようにして黙り、それから話し出すのかと思った。しかし、今回の答えはそんな間を空けることなく、すぐに返ってきた。






 「君にはこの場所をよく見て、考えてほしい。そして帰った後、それをみんなに伝えてほしい」





 みんなとは一体誰のことなのか。それは聞かずとも誰のことを指しているのかわかった気がした。



 なぜ自分なのかはわからないが、早くそのみんなと合流しなければという直感がある。



 返事をする代わりに聖理は彼に問う。



 「水澄は、棚田志郎とどういう関係なの?」



 彼は答える。




 「あの人は…俺にとって幼馴染で兄のような存在であり、親友でも()()()よ」









 聖理と水澄が屋敷を発ち、湖へと飛び込んだ。12時間後。再び屋敷では、正午を告げる時計の音が鳴り響いた。



 それと同時に、屋敷周辺の森の中から、青く光る何かが発生したが、それを見た者は誰もいなかった。




 衛藤聖理(えとうせり)、第4のミッションクリア。

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