時計の音
空っぽな赤い箱
なのにとても大切そうに扱われていた。その様子からして、何かしら価値のあるものだと思うのが当然だった。
どうしてと問いかけたくても、自分の声は相手に伝わらない。もどかしさでいっぱいの気持ちを少しでも和らげたくて、2人をじっと見つめてみる。
すると青年の方が時計を取り出して、時間を気にしているのか、しばらくそのまま進む針をじっと見ている。そして『くるぞ』と少年に言った。
何がくるのだろうと思っていると、ごぉーん、という音が遠くから聞こえてきた。
この音には聞き覚えがある。0時と12時の1日に2回鳴る、屋敷の時計の音だ。どうやらこちらの今の時刻は昼の12時らしい。
その瞬間、飛び込んできた光景に聖理は自分の目を疑った。
少年と青年は、近くの湖まで歩いていくと、突然その中に飛び込んだのだ。
「っ…⁉︎」
慌てて湖まで駆け寄り、中の様子を伺う。けれど浮かんでくるどころか、どれだけ懸命に探しても、湖の中で彼らの姿を確認することは出来なかった。まるで消えてしまったかのように。
(嘘でしょ…)
ひとり取り残され、その場から動けずにいると、どこからか声が聞こえた。
『聖理!聞こえるか?』
声が遠くてはっきりとは聞こえないが、誰かが自分を呼んでいる。
『手を伸ばして!引き上げるから!』
また聞こえた。誰の声かはわからないが、きっと屋敷で待っているみんなの声かもしれない。そして言われた通り手を伸ばせば、本当にみんなのいる屋敷へと戻れるような気がして、空へ向けて右手を伸ばしてみる。
すると上からぐっ、と何かに引っ張りあげられるような力を感じた。そしてその力に抵抗することなく身を委ねると、まるで深い眠りから覚める時のような感覚がして、聖理の意識は急にはっきりとした。
「大丈夫か⁉︎」
はっと目を開けると、そこには心配そうにこちらの様子を伺う龍之介の顔があった。
聖理は今、まるで腰が抜けてしまったかのように屋敷の廊下に座り込んでいた。
確認するように周りを見れば、この数日で見慣れた屋敷内の風景が広がる。足に感じる廊下の床の硬さも感じる。
戻ってきた。ようやくそのことを実感して安堵の息を吐く。
「大丈夫」
そう答えてゆっくりとだがなんとか立ち上がると、聖理は大事なことを思い出した。
「そういえば開は⁉︎あの後穴に落ちてすぐは一緒にいたんだけど、途中ではぐれちゃって…!」
その場にいるのは聖理の他には、龍之介と奏多だけで、開の姿は見えなかった。
心配する聖理に、龍之介は冷静なまま落ち着けなどと言っている。
「あいつは大丈夫だよ。なんかよくわかんねーけど、さっき突然天井から降ってきてな。ただその時にうまく受け身がとれなくて、今は談話室のソファで寝てるだけだ」
…とりあえずは開も無事なようだ。となれば、みんなに報告しなければならないことがいくつもある。そのことを伝えると、こちらも言いたいことがあるからと、これから時間ではないけれど今日の報告会を行うことになった。
早く行こうという龍之介の言葉に引っ張られるようにして、食堂へと向かうも、心の中ではこれまでとはまた違った不安が生まれ始めていた。けれど、今はそれに気づいていないふりをしていたかった。