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ある夏の日 2020 夏  作者: 倉門 輝光
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荒さの中に垣間見える妹の恋心

 「はい、これ夕食」


 そう言って妹が俺の前にコーンフレークを置いた。 


 今日は母がいない、というか父もいない。今朝から別荘に避暑に出掛けたのだ。多分、暑いうちは帰ってこないのだろう。涼しい自然の中でリフレッシュをしてくると良いと思う。 


 俺は別に腹が減ったら自分でなんとでもするし、料理も嫌いではない。さて今夜はどうしようかと思ってぼんやり考えていた位のところだ。カップ麺でもいいし、コンビニ弁当でもいいし、家にある物や何か食材を買ってきて作るのもいい。


 だが、ダイニングに行った途端、俺の夕食はコーンフレークと決定してしまった。


 エアコンで程よく冷えた身体に、冷たい牛乳をかけたコーンフレークはどうなのか。胃としては、ちょっと温かい物が嬉しかったのではないか。だが口にしてはならぬ。


 「あ、作ってくれたんだ。ありがとう」


 嵐を呼ばないように俺は礼を言った。 


 「大した手間じゃないから」


 ふん!という顔でそう返って来る。

 だよね、大した手間じゃないよね。というよりも、俺の存在を忘れずにいてくれた事に驚いたぞ。どうした?


 今までだったら、うっかり「腹減ったなあ」なんて呟こうものなら、「一食くらい抜いても死にゃしないんだから黙ってろ!ウザい!!」等と怒号が返って来たものだった。

 それが、何も言わないうちに「はい、これ夕食」だって…。どうした?


 これはあれか?もしかすると結婚が決まったからなのか?それだけでこんなにも心が広くなるものなのか? 


 いや、余計なことは言わないでおこう。俺の夕食を考えてくれるただけでも感謝をしておこう。どっちかというと、むしろ忘れていてくれた方が好きに食えるので良かったんだが、いや、もちろん言わない。嬉しそうに食って見せてやろう。


 そこでふと気づく。妹よ、そのエコバッグに入れているタッパーは何だ? 


 「あれ、それ何?」


 ありがたそうに冷たいコーンフレークを口に運びながら聞いてみると、ちょっと怒ったような照れたような顔をしてこっちをちらっと見て、言いにくそうに言った。


 「差し入れ」


 「え?」


 「ヒロトに持っていく差し入れ!」


 「差し入れって、まさか、コーンフレークか!?」


 あ、やばい。バカか俺。何で言っちゃったのか。

 バカバカバカ!来るぞ、来るぞ!


 「はあ?お前の頭に脳みそは入ってんのか?。何でヒロトにわざわざコーンフレーク持ってくんだよ!料理に決まってんだろっ!!」 


 はい、そうですよね!


 「作ったんだよ!!肉じゃがと、鶏肉と獅子唐のごま照り焼きと、茄子のはさみ煮だよ!」


 …そんなものを作ったのに俺にはコーンフレークだったのか。


 「す、すごいな。美味そうだ、良いラインアップだぞ」


 とりあえず褒めておこう。味見してないし現物を見てないから何とも言えないが、褒めておけ。

 だがちょっと心配ではある。はっきり言って料理は俺の方が上手いはずだぞ。だって、妹はハムエッグくらいしか作ったことがないはずだ。

 いや待て、実は俺の知らない所で頑張って練習していたのかも知れない。きっとそうなんだろう。知らない内に料理をすることに慣れていたのだろう。流しもきれいになっているし。 


 「差し入れも良いけどさ、ヒロトくんの所で作って熱々を出してやった方が良いんじゃないの?」


 「なんだと?」 


 え?俺いま何か変なこと言ったか?


 「一発本番で失敗したらどうすんだ。誰が責任取るんだよ、お前か?」


 あ…そういう事。なんだ、可愛いところがあるじゃないか。好きな男に良い所を見せたいんだな。


 「ちょっとくらい失敗したって良いじゃないか。一生懸命作ってくれる所が嬉しいんだぞ。最初から完璧でも良いけど、頑張って上手くなっていく過程を見られるのも彼氏の特権なんだから」


 「…そんなものかな」


 おお、おとなしくなった。


 「ヒロトくんと一緒に作ったって良いし。料理に男も女もないんだからさ」


 「そっか。んじゃ今度はそうしてみる」 


 素直になると可愛いんだがな…。

 俺はうっかりクスッと苦笑しそうになって慌てて押さえた。ダメだ。気を緩めるな。「何がおかしいんだ、ゴルァ!?」とならないように気を引き締めろ。


 「時間大丈夫なのか?ヒロトくん待ってるんだろ?」


 「あ、いけない!じゃ、行って来る!」


 「おう、気をつけてな」


 「お前もな!」


 何で俺が気をつけるんだよ。バカだな。

 いそいそ家を出る妹を見送り、目の前のコーンフレークに目を向ける。


 うあ、なんだこれ。崩れてふやけて増えて糊みたいになってる。


 一口食べてみる。まあ、普通に食えるけど、だがこれを全部食うと胃が冷えるんじゃないか。気持ち悪くなるんじゃないか。

 何でボウル一杯に作っていったんだ。牛乳は別で出してくれたら良かったんじゃないか?こういうちょっとした所で気が利くかどうかが分かれるもんだ。


 レンジで温めようかと思っていると電話が鳴った。はいはい。 


 母からだ。 


 「もしもし?メモ忘れたわ。冷蔵庫にハンバーグと煮物入ってるからね。温めて食べなさいよ。ご飯は炊けばいいんだから、ちゃんと食べてよ?」 


 ありがたい。


 「うん、今から温めるよ。助かった…」


 「助かったって何?」


 「(しまった)何でもないよ、腹減ってたから助かったよ。そっちはどう?」


 「涼しくて良いわよ。虫が多くてやだけど。着いてちょっと散歩してすぐ昼寝よ。起きたら夕日が綺麗でさ。写真あとで送るわ。あと、散歩中に犬拾ったから、帰る時連れて行くからね」


 ちょっと待って。犬? 


 「犬?」


 「犬よ。名前はブランシュにしたわ。毛足が長くてきれいなのよ。犬グッズ、色々買っておいてね。じゃあね」 


 切れた。相変わらずだ。言いたいことだけ言って話を終わらせる。女性とは皆そうなのか。

 

 しかし、犬を拾ったとはどういうことだ。ブランシュってことは白いんだろう。

 自主的に散歩をしていた他所様の飼い犬ってことはないのか?善意の誘拐になってはいないか?

 気にはなったが、そうだとしたら滞在中に明らかになるだろう。その辺は父母の良識に期待をする。


 もし本当にそのまま連れて帰って来た場合、多分、俺が散歩に連れて行く事になるんだろう。まあいいか。


 温めたハンバーグがあれば、冷たいコーンフレークもそれ程には胃に来ないだろう。

 食べたらネットで犬グッズを見繕ってみるか。

 ポチるのは保留にしても、ちょっと楽しそうだ。

 

 


 

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