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【コミカライズ】婚約者が無視ばかりするので、婚約破棄します

作者: 立草岩央
掲載日:2021/08/08

「キオラ様。貴方との婚約を破棄いたします」

「……」

「宜しいですね?」

「……」


その日、私ことリーア・アルストロは、婚約者のキオラ・カロフカに婚約破棄を叩き付けた。

自分でも酷く冷たい声が響いたと思う。

でも、もう限界だった。

これ以上、婚約を続ける事への意味を見出せなかった。

婚約者の屋敷の中で、私は破棄に関する書類を机の上に置いた。


対するキオラは全く反応しなかった。

視線を向ける事すらない。

そう、全てはコレが原因だった。

キオラは私の存在を無視する。

政略という状況下、そこにハッキリとした愛情がない事は分かっていた。

私も、それを承知した上でカロフカ家に嫁ぐしかなかった。

でも、これ程とは思わなかった。

元から不愛想な人ではあったが、婚約者となった時点でそれは更に悪化した。


話さない、喋らない。

私が近づけば、席を外す。

時折、煩わしそうな視線を向けてくる。

始めは礼を失したのかと思い、尋ねたこともあったが何の返答もなかった。

何をしても、何を気遣っても、反応がない。

不愛想で片付けられる話じゃない。

徹底した無視。

こんな扱いは生まれて初めてだった。

臆した感情が、次第に怒りに変わっていくのに時間は掛からなかった。

私は遂に婚約破棄を叩き付け、自分の荷物も纏め終えていた。


「返事は出来なくとも、サインくらいは出来るでしょう」

「……」

「もう止めにしませんか。こんな事に、意味なんてありません」

「……」

「……それでは、失礼いたします」


どうせ返事をする気などない。

何をしても無視をするのなら、勝手にやらせてもらいましょう。

そうして私は一方的に告げたまま、実家へと帰った。

戻った直後、両親にはあれやこれやと言われたが、知った事ではない。

カロフカ家の屋敷に戻るつもりもなかった。

あの人との婚約は続けられない。

事情を軽く説明し、私は久しぶりの自室で寝ころんだ。

瞬間、ぱぁっと視界が開けていくような感覚で溢れた。

縛られていたモノから解き放たれたような、そんな気持ち。

私は自分で自分を縛っていたんだな、とようやく自覚する。

数日後、キオラのサインが書かれた破棄の書類が、私に届けられた。


「あっさりとサインするなんて……本当に、馬鹿馬鹿しくなるわね……」


やっぱり、返事が出来るじゃない。

本当に情けない。

嬉しさ反面、悲しさもあった。

一体、何のための婚約だったのだろう。

何のために、心を擦り減らしていたのだろう。

あまりに、時間の無駄だった。


「今まで私は……何のために……」


思わず涙ぐんだけれど、これで完全に終わったのだ。

もう意味のない無視に惑わされる必要もない。

ここからもう一度、再スタートすれば良い。

私はキオラとの関係を全て忘れ、伯爵令嬢としての立場に舞い戻った。

アルストロ家の令嬢がどのような者だったか。

それを思い出しながら、私は昔の自分を取り戻していった。


そうして数か月が経って。

私は王宮で開催されたパーティーに参加することになった。

そのパーティーは、数年に一度開かれる盛大なもの。

貴族の殆どに招集が掛けられていたので、出席するしかなかった。

私からすれば、困った催しだった。

どんな顔をしていれば良いのか、まだ決めかねているのに。


「パーティーなんて、本当に久々」


両親からは新しい出会いを、なんて言われたが、今はそんな気になれない。

取り敢えず、目立たないようにしましょう。

貴族同士の会話も適当で済ませれば、何とかなる筈。

そう思って、煌びやかな王宮へと立ち入った。

でも既に、貴族の間では私の噂が広まっていた。


「ご覧になって……あの方……」

「カロフカ家との婚約を破棄した、リーア嬢ではありませんか」

「喉元過ぎれば、ということかしら?」

「きっと彼女の素行に問題があったに違いありませんわ……」


忘れようとしたモノでも、誰かしらがそれを掘り返してくる。

しかも悪い意味で、だ。

何故か婚約破棄をした私が、悪いかのように噂が広まっている。

私はどうにか溜め息を出すのを堪えた。

アレで悪いのだというなら、教えてほしい。

婚約破棄以外に、一体どうすれば良かったのかを。

パーティーは始まっていたけど、既に気分は最悪だった。

付き合う気にはなれない。


「下らない……やっぱり、時間の無駄ね……」


パーティー開始から少し経って、私は適当に理由を付けて会場から外に出た。

令嬢として失礼などと思われるかもだが、もう今更だ。

どうせいた所で、悪い空気しか生まない。

王宮には庭園があったので、向かう先を失った私はそこに足を運ぶ。

視界の先には、照明に照らされた噴水が静かな音を立てていた。

まだコレを見て落ち着いている方が、遥かに建設的でしょう。

そう思って近づいていくと、不意に声を掛けられた。


「おい、俺は戻らないと言った筈だぞ?」

「はい……?」

「あんな下らない会食なんて、付き合っていられるか……って?」


噴水の向こう側に誰かがいた。

勘弁してくれと言いたげに出て来たのは、金髪碧眼で彫りの深い青年だった。

その服装から、王宮で暮らす高貴な身分である事は直ぐに分かった。

青年は私が思っていた人物と違うと気付き、目を丸くした。


「す、すまない。俺を呼び戻しに来た従者だと思った。もしかして、アンタもあの夜会から抜け出してきたクチか?」

「は、はい。私には、あのような場は分不相応なようで……」

「俺も同じさ。あんな場所で揉みくちゃにされるだけなんて、もうコリゴリだ」

「申し遅れました……私は……」

「悪い。そういう自己紹介はお腹一杯なんだ。ここに来るまでに、散々聞いたからな」

「そう、ですか」

「アンタも静かな場所が欲しくて、此処まで来たんだろう? 分かるよ。むやみやたらに構われるってのは、本当に面倒だからな」


青年もパーティーに苦手意識があるのか。

ただ、理由は少し違っていた。

彼の場合は、自分が構われる事への煩わしさが原因らしい。

きっとそれだけ愛されているのだろう。

羨ましい限りだ。

私とは、違う。

そう思ってしまい、自然と視線が下がる。


私の場合は、意味もなく無視され続けてきた。

何を話しかけようとも、何も返ってこない。

苦痛のような沈黙。

更にあらぬ噂を立てられてしまった。

分かっている。

対抗するつもりなんてない。

それでも一言だけ、私は口にしていた。


「それでも、無視され続ける方がよっぽど堪えると思いますよ」

「……何かあったのか?」


雰囲気を感じ取ったのか。

青年は私に事情を聞いて来た。

何の変哲もない言葉だったのかもしれない。

ただ私にはまるで、手を差し伸べられるかのような思いだった。

駄目だ、と思った。

それでもいつの間にか、私はパーティーの参加者から聞かされた噂を、そのまま吐き出していた。

みっともない。

恥ずべき行為だとは分かっている。

ただ今までの感情が流れ出るように、自然と言葉が並んでいった。

事情を話していく内に、彼は怪訝そうな顔をしていた。


「おいおい、そりゃ酷いな……。そんなの婚約破棄しても不思議じゃないし、寧ろ当然だろ。何で周りは誰も注意しなかったんだ?」

「……私はカロフカ家に嫁ぐ身ですし、簡単には聞き入れてくれませんでした。きっと私の日頃の行いが悪いのだと」

「無茶苦茶だな。俺も同じ状況なら、間違いなく婚約破棄を叩き付けていたよ。そんなヤツのために、これからの時間を無駄にしたくないからな」

「はい……私もそう思って切り出したんです……。もうこれ以上、あの人に自由を奪われたくないと……」


青年は今まで、そんな話など聞いたことがなかったのかもしれない。

ようやく我に返った私はハッとしたが、もう遅かった。

静かな噴水の音が聞こえ始める。

とんだ恥さらしだ。

情けない。

なんて無礼な事をしてしまったのだろう。

私は思わず頭を下げて踵を返そうとした。

でもそれを引き止めるように、彼はおもむろに言った。


「どうやら、勘違いしていたみたいだ」

「えっ」

「確かに人がいて騒々しいと思うことはある。でも人がいるのに全く会話が出来ない、沈黙ばかりなんて、それこそ耐えられない。俺も少し狭量だったか」

「あの……?」

「吐きたい愚痴が山ほどあるんじゃないか。少しくらいなら、付き合うぞ」

「っ!? し、しかし、それでは……!」

「お互い一人になりたくて此処に来たんだろう? 俺はいない者だと思っておけば良い。サラッと聞き流すよ」


さっきの発言を聞いて、何とも思わなかったのか。

平然とそんな事を言った。

直後、私の脳裏にカロフカ家で受けた仕打ちが甦った。

今まで私が何かを発言した所で、意味なんてなかった。

存在そのものを否定されるように、始めからいない者として扱われる。

それがどれだけ辛い事なのか、私はとっくに理解していた。

だからこそ、不意に現れた青年の言葉に縋るしかなかった。

誰でも良い。

聞いてほしいと。


気付けば私は更に今までの事を話していた。

相手が侯爵という立場故、反論すら出来なかったこと。

酷い時には食事すら与えられなかったことを。

此処にいる青年は、ただそれを聞いていた。

笑うことも、嘲ることもしなかった。

ひとしきり話し終えると、彼はもう一度向き直る。


「スカッとしたか?」

「はい……。ですが、申し訳ありません……こんな無駄話を……」

「無駄話? よく分からないが、サラッと聞き流すって言っただろ? しかしまぁ、カロフカ家の当主がそんな下品なヤツだとは思わなかった。少し、調査が必要だな」


聞いていたのか、聞いていなかったのか。

曖昧な発言をしつつ、彼は私から背を向けた。

気付けばいつの間にか、パーティーは終わりつつあった。

王宮の窓から、人の影が横切っていくのが見える。

すると不安を取り除くように、彼は私にこう言った。


「折角だ。次がいつあるかは分からないが、こういう時くらいは話し相手になろう」


青年は王宮へと戻っていった。

残された私は、自分の身体が火照っている事に気付いた。

思わず噴水の水面に揺れる、私自身の顔を見る。

はしたない。

殆ど初対面の人に、一方的に喋り続けてしまった。

でも、そうだとしても。

無視をされなかったことが、そこにいてくれたことが、無性に嬉しかった。

それから私はその青年、第四王子のヒルシュ・リヴネールと交流を持つようになった。


「絵を描くのが好きなのか?」

「はい。カロフカ家にいた頃は、描く気すら起きませんでしたが、最近になって少しずつ気力が戻って来たんです」

「良かったじゃないか。これも婚約破棄のお陰だな。ちなみにどんな絵を描くんだ?」

「風景画、ですね。特に自然を描くのが好きで……」

「その気持ちは分かるかな。俺だって王都にいるばかりで、自然を身近に感じない。あるとすれば、庭師に整えられた人為的なモノだけだ。良かったら、今度見せてくれないか? 本当の自然を見てみたいんだ」


ヒルシュと直接会話が出来るのは、パーティーの間しかない。

王族が許可なく王宮から出る事は滅多にないからだ。

そして第四王子という身分のため、かなり甘やかされて育ったらしい。

父や母、兄や姉達が引っ切り無しに構ってくる。

そのために周りの貴族たちと比較して、少し反抗的な立場を取っていたようだ。


美麗な容姿。

周囲から愛されていた事が分かる、気持ちの大らかさ。

幾ら伯爵令嬢と言っても、身分の差がある事は分かっている。

それでも下らないと思っていたパーティーに、私は足しげく通っていた。

次第に文通することも多くなり、自ら描いた絵を持ち寄るようにもなっていた。


「申し訳ありません。このような粗末なものしか……」

「いやいや、これだけ描ければ十分じゃないか。もしかしてこれは、地元の風景か?」

「はい。アルストロ家は街から離れると一面の丘と野原ばかりで。晴れた空だと、絶好の絵描き日和なんです」

「確かに、絵で見るだけでもリーアが見た風景が伝わってくるな。これが本当の自然……あるべき姿、か……。ありがとう。人から聞くばかりだから、やっぱりこういうのは新鮮だ」


自惚れかもしれない。

それでもヒルシュは私との交流を楽しんでいるようだった。

だからこそ、あらぬ噂は立てられない。

パーティーでも、私はめげずに貴族達と交流を重ねていった。

カロフカ家との悪い噂を立てられようとも、令嬢として慎ましく接し続けた。

私に非はない。

そう思うなら、そう思われるようにしなければ。

礼節を弁え、皆から認められるべく、自己研鑽を怠らなかった。

すると次第に私への認識は、貴族間で変わっていった。


「あのヒルシュ様と打ち解けるなんて、一体どんなマジックを使ったのでしょう?」

「私には、見当もつきませんわね」

「悪目立ちをしていた覚えはありませんし……やはりあの婚約破棄は正当なものだったのでしょうか?」


遂には、キオラとの婚約破棄を持ち出す者もいなくなる。

噂は今ある自分の姿で塗り替えられる。

皆、私に非があるとは思わなくなっていた。

そのお陰で、私も敬遠していたパーティーに望んで参加出来るようになった。

それとは別に、ヒルシュもパーティーを毛嫌いする事はなくなっていた。

理由は聞いていない。

それでも少しずつ、お互いの考え方が近しくなっている気がしていた。


「こういうのを聞くと、戻って来たという感じがしますね」

「暇な貴族たちは、噂が大好物だからな」


今回も私達は互いに挨拶をした後で、貴族達の噂話を話題に取り上げる。

噴水の前ではなく、王宮の会場の中。

今になって一人になる必要もない。

無視を望むことも望まれることもなくなり、私達は互いに微笑んだ。

すると他の貴族達が俄かに騒ぎ始める。

何事だろうと視線を向けると、令嬢方の話し声が聞こえて来た。


「あの方は……カロフカ家のキオラ様ではありませんか?」

「まさか、パーティーに出席されるなんて……」

「王宮からの捜査が入って以来、屋敷にこもり切りだと聞いていましたが……」


招待された貴族たちの中から現れたその姿に、思わず私は息を呑んだ。

キオラだ。

あの不愛想な顔は見間違えようがない。

今までパーティーに参加していなかったのに、何故今になって現れたのだろう。

反射的に、金縛りのように私の足は竦んでいた。


するとキオラは私の前に歩み進んできた。

視線は交わさない。

あの時と全く同じ、あくまで無視をするつもりらしい。

過去の記憶が甦り、私は臆してしまう。

それでも形式上の挨拶くらいはしようと、顔を上げた直後だった。


「え……?」


ドンッ、と身体に衝撃が走る。

突然のことだった。

キオラはまるで私の事など見えていないかのように、そのままぶつかって来たのだ。

バランスを崩し、私は思わず尻もちをついた。

痛み以上にショックの方が大きかった。

一体、何故。

周りの貴族達も、状況が理解出来ずに言葉を失う。

すると即座にヒルシュが、歩き去ろうとするキオラの肩を掴んだ。


「おい! 何をやっている!?」

「は……? ヒルシュ殿、何を……?」

「それはこちらの台詞だ! 謝罪をするのかと思って黙っていればこんな事を! カロフカ家ともあろう男が、公衆の面前で無礼を働くとは……!」


振り向かされたキオラは、呆気に取られた顔をしていた。

当てが外れたようなそんな様子。

何故そんな顔をするのか、私には全く分からないし、理解出来なかった。

全く、別の生き物のようにすら思える。

代わりにヒルシュが私に手を差し伸べた。


「リーア、立てるか?」

「は、はい。申し訳ありません。あまりに突然の事で……」


ショックに打ちひしがれていた所、どうにか立ち上がった。

まさか、パーティー会場前でこんな暴挙に出るなんて。

信じられない。

此処が何処だか分かっていないのか。

それともそこまで私の事が憎いのか。

するとようやくキオラは私と、ヒルシュを交互に見て口元を震わせる。


「な、何故、第四王子であるヒルシュ殿が……か、庇われるのですか……? その女は……」

「リーアが何をしたと言うんだ。言ってみろ」

「それは……」

「言えないのか?」

「……」

「愚かな男だ。先の婚約破棄が、どちらに非があったのか。これで皆も理解しただろう」


反論しようとしたが、ヒルシュ相手には何も言えなかった。

わざとらしい無言ではなく、本当に言葉がないようだった。

何故、キオラがあんな行動を取ったのか。

意味は分からない。

分からないが、徐々に私の中で怒りが湧き上がっていた。

やっとの思いで過去を切り捨てようとしていたのに。

忘れられると思っていたのに。

どうして、今になって思い出させるの。


「そんな……こんな筈じゃ……」

「キオラ様」


私は感情のままにもう一度だけ、キオラの元に立ちはだかった。

婚約破棄を叩き付けた時を同じように。

確かな決意を抱いて、会話を求める。


「わざと私にぶつかった事、素直に謝罪して頂けませんか?」

「……!?」

「出来ませんか?」

「……」

「出来ませんよね。私が婚約破棄を告げた時も、貴方は目を合わせようともしませんでしたから」

「……!」

「どうぞ、思う存分無視をなさって下さい。私も、もう貴方の事など見向きもしませんので」


どれだけ言っても、キオラは口をパクパクするだけで何も言おうとしなかった。

最早、意地だ。

絶対に会話などするかと、自分で自分を縛り付けている。

此処まで来ると怒りを通り越して、逆に哀れにすら思えてしまう。

二度と言葉も通じないだろう。

だからこそ私は溜息を吐いて、周りの貴族達に向けて、お騒がせをしましたと頭を下げた。

彼らもようやく事態を把握出来たようだった。

すると、あろうことか。

立ち尽くしていたキオラが、不意に呟く。


「……お前が悪い」


瞬間、キオラは吹き飛んだ。

ヒルシュが殴り飛ばしていたのだ。

私が尻もちをついた時以上に、背中から転がっていった。

けれど助けようとする者はいない。

続いてヒルシュが声を響かせる。


「衛兵! この無礼者を連れて行け! 二度と敷居を跨げると思うな!」


明らかなこの状況、そして王子の命令を疑う者はいない。

続々と騎士が現れ、倒れていたキオラを取り押さえる。

両手を封じられ、慌てて右往左往するその視線が、あまりに情けなかった。

取り巻きの令嬢方も、軽蔑の視線を向ける。


「まさか、キオラ様がこんな無礼な方だったとは……」

「えぇ……心の底から失望致しましたわ……」

「リーア様もお気の毒に……私達は、勘違いをしていたのですね」


ヒソヒソと話し声が聞こえ始める。

噂が大好きな貴族のことだ。

この一件は一瞬の内に広まる。

そこで自分が針の筵だと、ようやく気付いたのか。

既にキオラの表情は青白くなっていた。


「ま、待ってくれ……! 今のは違……! 誰かッ……! こんなッ……!?」


何かを喋っていたが、言葉にはならなかった。

騎士達に引き摺られ、キオラは王宮の外へと追放される。


「こんな筈じゃ……! なかっ……!!」


最後まで聞こえることはなく、王宮の扉は閉ざされた。

まるで台風でも来たかのようだった。

静寂が訪れ、貴族達は何とも言えない顔をしながら、続々と会場へ入っていく。

居た堪れない。

何故か私が引き起こしてしまったような気がして、申し訳なくなる。

とは言え、嵐は去った。

私もまた、気を取り直してヒルシュと共に皆の後に続いた。


パーティー自体は滞りなく行われた。

私に謝罪する令嬢もいたが、別に気にする必要はないと言った。

アレは最早、巻き込まれ事故のようなもの。

お互い気を付けましょう、と忠告するだけに留めた。

令嬢達も同情するように接してくれたので、幸いだった。

終わり際に、ヒルシュは事の顛末を明かしてくれた。


「リーアがパーティーに参加し続けていると聞いて、奴は高みの見物をするつもりだったらしい。どうせ周りから相手にされていないのだと、高を括っていたそうだ」

「私にぶつかって来たのは……?」

「そうやって、周りの貴族たちと一緒に嘲笑するつもりだったらしい。全く、勘違いも甚だしい。自分の考えが的を外れているとも知らず、挙句そんな事のためにパーティーに顔を出すとは。父上たちも呆れ果てていたよ」

「でもお蔭で、他のご令嬢を味方に出来ました」

「しかし分からないな。ここまで意固地になる理由が……」

「彼は私との婚約前から好意を抱いていた女性がいたそうです。ですが既にその女性は、別の方と結婚されてしまったようで……恐らくはそれが原因かと」

「おいおい……まるで子供の癇癪じゃないか……」

「仰る通りです」


私は大きく頷いた。

自分が気に食わない、それだけで何ヶ月も婚約者を無視し続けた挙句、婚約を破棄された今でもそれを根に持ち続けた。

そんな事のために、一体どれだけの時間を無駄にしたのだろう。

きっと精神が子供のまま、大人になってしまったのだ。

最早、私の常識では測れない。

でも、大分気が楽になった。


「やっと、肩の荷が降りました」

「いや、まだだ」

「え?」

「あの異常な目つきを見ただろう? ヤツは執念深い。逆恨みを仕掛けてくる可能性もある。暫くは身辺の警護を強めるべきだ。念のため、今日は王宮に泊まると良い。翌日はアルストロ家まで送り届けられるよう、父上に進言しておく」

「そこまでして頂くなんて……宜しいのですか?」

「今更、遠慮するような話でもないさ」


ヒルシュはそう言う。

確かにあの執着心は相当だった。

回り回って逆恨みに変わる可能性もなくはない。

今まで無視され続けてきてそれは、と考えるも不安は残る。

お言葉に甘えさせてもらっても良いのかもしれない。

それにしても彼がわざわざ護衛を務めるとは、どういう風の吹き回しだろう。

少し疑問を抱くと、ヒルシュは一枚の絵を取り出していた。

私が描いた故郷の風景画だった。


「それにリーアの故郷を、一度見てみたい」


それがどういう意味なのか、聞く勇気はなかった。

恐怖心からではない。

胸の内に宿る温かさ。

無視ではない。

一人でもない。

確かに私を見てくれている、そんな安心感。

ただ私は微笑みながら頷くだけだった。


厄落としだ。

あの後、厄介な事がなかったと言えば嘘になる。

ヒルシュが予測した通り、逆恨みをしたキオラが私の命を狙おうとして、本格的に断罪されることだってあった。

だがそれはまた、別の話だ。

私は今も、王宮に足を運んでいる。

パーティーという名目ではない。

陽の光に目を細めながら、私は掌を広げる。




そこには新たな婚約指輪が、光に照らされていた。

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