変わる
宿に戻るオレたちを待っていたのはシドニスだった。武器屋で目ぼしいものは見つかっただろうか。
「お〜い、シドニス」
「戻ったわよ〜」
オレたちの声に反応してこっちを向く。
「リーナ、ミリア、意外に早かった……ね……」
途端にシドニスの言葉が途切れる。
一体なにがあったのか、周囲を見てもなにもおかしなものなどは見当たらない。首を傾げていてもわからないのでそのまま疑問を投げかけてみる。
「どうしたシドニス?」
「いや、なんでもないよ。ただ……ちょっとびっくりしただけで」
「おいおい隠すなよ。気になんだろ、言ってみ?」
「でもこれはミリアを怒らせるかもしれないし……」
「大丈夫だっつーの、ほれ言ってみろって」
「……ここまで引っ張ると流石に気になるわね」
オレたちの様子に気圧されたのか、ため息を吐いてから答える。
「じゃあ怒らないで聞いてほしいんだけど、その……君が普通に女性服を着ていることに驚いたんだ」
「ふっ……まあ、色々あったからな。服で駄々をこねるほどオレはガキじゃねえのさ……」
「な……なんだか妙な哀愁を感じるんだけど、大丈夫なのかい?」
オレのことを心配するシドニスに、リーナとの壮絶な死闘の行く末を話して聞かせることもできたが、それはここにいる三人の精神力を消耗させるだけの選択だ。
さすがにそんな過ちを犯すつもりはない。
「なんともねえよ。っつかガラドの奴はまだ戻ってきてねえのか? ちっと探しに行くか」
「ああ、そうだね。僕たちは待ってるから、頼んでもいいかい?」
「いってらっしゃーい」
二人に手を振られながら、オレは親友を探しに行く。
〜〜〜〜〜〜
それから数分もしないうちにオレはガラドを見つける。
「おーい、ガラドー。そろそろ戻んぞー」
オレの声を聞いたガラドはトレーニングをやめて、こちらに目を向ける。
「お、もうそんな時間か? よし、んじゃあ行く……か……」
同時に固まる体の動き。さっきのシドニスと同じような表情。この先の会話は何となく予想できそうだ。
「お……お前、どうしたんだよその服は!」
「聞くな我が友よ、オレはもう今までのオレじゃねえのさ……」
オレはフッとニヒルな笑みを浮かべてみせる。
「そんな……俺がお前をリーナとの買い物に行かせたばっかりに」
「じゃあ、今度アイツと買い物に行く時は一緒に」
「いやそれは行かねえけど」
「おいコラ」
いつものように軽口を言い合っているとガラドの声色が変わる。
「まあ冗談はこれくらいにして、本当に大丈夫なのか? 男のプライドってのもあんだろ。まさか普通に女物の服を着てくるとは思わなかったからよ」
「なんだよ心配性だな。別に平気だっつうの。っつか前まで着てた服じゃあちょっと動きづらかったしな。機能性とか考えたら、やっぱちゃんと体に合った服を着ないとダメだわ」
オレはリーナとの買い物に乗り気だったわけではないが、朝の戦闘訓練で感じていたわずかな動きにくさが今は解消されている。
キリアナの時のように魔族との戦闘がいつ起こるかはわからない。魔力を流し込むことでダメージを和らげる魔剤武装であっても普段着であっても、動きを阻害されるような装備では戦いに支障が出てしまう。
その点に関して、男と女の体の構造がまるで違うという事実から目を背けることはできない。そう考えれば、今日のリーナとの買い物は絶対に必要な過程だったと言えるだろう。
女性服を着ていることに多少の恥ずかしさがないわけでもないが、男のプライドを優先して動きにくい服装でいるよりは百倍マシだ。少なくともオレはそうやって自分を納得させていた。
「ほおー、まあ確かにその通りだな。んじゃ宿に戻るか」
オレは「おう」と答え、二人で並んで宿へと歩く。
親友と歩く。ただそれだけのことなのに、なぜだかオレは妙に嬉しい気持ちになっていた。