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王は笑い、真珠は願う

「ふー、笑った笑った。どうやら勇者一行は、人々を救うに飽き足らず、笑わせることも得手とするようだな? さて其方(そなた)らも、席に戻るがよい」


 王様の一声で、オレたちは自身の席に戻るが、ロクスロード卿だけが、その場に留まって跪いた。


「この度は重要なる謁見の場において、我が娘リルフィーナともどもお騒がせしてしまい、誠に申し訳ございません」


「良い、一切を不問とする。それに面白いものを見せてもらった。比喩ではなくな。さきの余の笑い声を以て、そこらに自慢するがいい。俺の娘が王を笑わせたぞ、とな?」


「お戯れを、国王陛下……」


 互いに小さく笑いながら、ロクスロード卿は己の席へと静かに戻ってゆく。

 そのやり取りは気心知れた仲であることを如実に語っていて、場に広がった和やかな雰囲気がさらに強くなる。


「さて勇者シドニスよ。今一度確認するが……聖女リーナと結ばれるために、我が娘、第三王女パールマリアとの婚姻はできぬと、そういうことだな?」


「はい、若輩の我が身で国王陛下の褒美をことわ」

「堅苦しいのはもうよい。というより、余の話し方で察するがいいぞ勇者シドニスよ?」


 そう……王様のシドニスへの呼び方は、長く堅苦しいフルネームではなく、勇者シドニスへと変わっていた。

 それが王様なりの「気を遣わなくてもいいよ」という合図だったらしい。


 この王様、わりと気さくな感じがする。


「さて、其方(そなた)の実直にすぎる言葉と態度、そしてリルフィーナ嬢の叫びにより、双方の思いはよくわかった。これを引き裂こうものなら、余は暴君の誹りを受けることになろう」


 シドニスとリーナを順に見つめるその瞳には、暴君に相応しい荒々しさなど、一粒もなく。

 むしろ感謝と暖かさを感じさせた。



「よって……シドニス・エル・アンダウンと、リルフィーナ・エル・ロクスロードの婚姻を! セルトール王国、第十三代国王の我が名の元に! ここに認める!」



 王様の宣言にシドニスとリーナは見つめ合い、すぐに駆け出し、騎士や貴族の前であるにも関わらず、二人は熱い抱擁を交わした。


「リーナ!」

「シド君!」


 それを皮切りに、謁見の間には拍手喝采が巻き起こる。


「さてこれにて謁見は終了じゃ! ロクスロード家とアンダウン家の関係者は残れ、余と結婚パレードの準備に取り掛かる! 他の者は余に挨拶をしたのちに、退室するがよい。さて……忙しくなるぞ!」


 王様の声は、喝采の中にあって鮮明に聞こえてきて、何か魔法を使ったらしいことがわかる。

 そしてシドニスとリーナの結婚、それを王様が認めたことはすぐさま広がり、後に作られた新聞にもこれまでで一番大きな見出しとなって、歴史を刻んだ。


『勇者シドニスと聖女リーナの婚姻、国王陛下の承認を受ける!!』





 そしてこれは、オレが後から知った舞台袖の出来事。


「姫様……」

「あら、この場には色んな貴族の、色んな姫様がいますわ? いったいどなたを呼んでいるのかしら……」


「パールマリア姫殿下、この度はその……誠に……」

「なあに? (わたくし)の騎士様? 慰めてくださるの? それにしては、嬉しそうな表情ですけれど……」


「そ、そのようなことは……!?」

「ふふふ、冗談です。それにしてもすごい喝采ですわ。今ならどんな声もきっと、この音にかき消されてしまうでしょうね……?」


「ええ、まさに国を挙げての結婚となるでしょうから。とても盛大に祝われるでしょう」


「んっん! このような喝采の中にあっては? たとえどのような身分の差があっても? 口説き文句を言い、睦み合いをしたとて? 決して……! 誰にも気づかれないはずですわね?」


「パールマリア姫殿下、このような場で、冗談でもそのような発言はお控えください」

「えっこれ(わたくし)が諌められますの? あなたのその気質は、先ほど見せたシドニス様のそれに、よく似ているように思えますわ……」


「いえ、俺のような未熟者が、英雄となられたシドニス様と似ているなど……お褒めに預かり光栄です」

「褒めてませんわよ? 流石にわざとですわよね? (わたくし)のことをからかっているのですよね?」


「はい、冗談です。お返しですよ姫様」

「くっ、この……! アンヌ!? アンヌはいませんの!?」


「……来ませんね」

「こ、この喝采ですから……それに誰も(わたくし)を見ることすらしませんわね」


「この喝采ですから……仕方ありませんよ」


「いいえ。きっと(わたくし)は、勇者様と結婚できなかった姫……とさえ言われないでしょう。リルフィーナ姫の使用人という立場に生まれながら、魔王軍の脅威を、恐怖の象徴たる魔王までも討ち倒し……武勲を立てた。分不相応の恋を、分相応にしてしまった」


「パールマリア姫殿下……」


「そんな彼が王家の姫を振ったなどと、誰が言えるでしょうか? ただ…… (わたくし)は別に勇者様に懸想していたわけではないのですが……リルフィーナ姫のあの泣き出しそうな笑顔を見ていると……とても羨ましくなってしまいますの」


「それは……?」


「幼い頃から共に過ごした男の子が、自分のために一生懸命になってくれて……その末に皆に祝われる形で結婚するだなんて……まるで出来すぎた恋物語ですわ」


「パールマリア姫殿下……俺は」


「さ、(わたくし)たちも退室する準備をいたしましょう? まあ順番は最後に」


「待ってください姫殿下!」

「騎士アモン!? そのような大きな声で……」


「誰も気づきませんね……」

「そのようですわね……」


「んっん! 今から言うことは、喝采の中に埋もれる、名もなき騎士の独り言であるとして……お聞きください」

「はい……?」


「後日開催されるであろう勇者様と聖女様の結婚の祝いは、きっと王国の歴史上最も盛大に行われるでしょう。魔王を討ち倒した勇者様と、それを支え続けた聖女様の関係性は、国民にも広く知られていますゆえ」


「ええ、そうですね……?」

「王城や王都のみならずこの王国全土が、その興奮に呑まれてしまい、きっと誰も彼もが浮かれてしまうはずです」


「つまり……?」

「いったい幾日に渡り祝われるか、俺には想像もできない騒ぎようがそこにはあると、申しているのです」


「だからどうだと言うのですか? はっきり言ってくださいませ?」

「わざとですよね姫殿下?」


「いえ本当にわかりませんわ? (わたくし)ったらつい先ほどお付きの騎士にからかわれてしまうほど、世間知らずですもの」


「だから……! その騒ぎの最中であれば、王城の宝物庫から末の真珠が盗み出されたとしても……気付くまでには時間がかかると、申し上げているのです!」


「王城の宝物庫がだなんて、まあ恐ろしい……! で、ではその時のあなたは、(わたくし)を守る騎士アモンでいてくださいますか? そ、それとも……」


「パールマリア姫殿下のお望みとあらば、真珠を奪う怪盗にでも……」


「うふふ……リルフィーナ姫を羨ましく思うのは、今日限りですわね? だってこんなにも……」

「姫殿下、どちらを望みますか?」


「聞かなくてもわかりますでしょう? 意地悪を言わないでくださいませ?」

「意地悪ではなく、本心を聞きたいのです。どうか、ご命令を……」


「わかりました。騎士アモン様? その時のみ騎士ではなく怪盗となって…… (わたくし)を奪いに来てくださいますか?」

「はい、この命に変えても」


「命に変えられては困ります。(わたくし)世間知らずですもの、きっとのたれ死んでしまいますわ」

「はい、ではこの命尽きるまで」


「よろしい……では一つだけ、あなたの発言を撤回してくださいませ?」

「な、何を?」


「今の二人言は、決してこの凄まじい喝采にさえ埋もれないと……決して消えはしないと、そう言ってくださいますか?」

「はい、必ずや」


「絶対ですからね? 頼みましたわよ、(わたくし)の騎士……いいえ、(わたくし)の怪盗様?」




 この舞台袖から始まった王女誘拐事件。

 その片棒をオレが担ぐことになるのは、また別の話だ。

 あと一話。

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