虎を御する剣
「シドニス、なんで止めるんだよ?」
俺はオッサンを握り潰すための右手から、少しだけ力を抜いて友人の声に疑問を投げかけた。
「君が手を下すまでもないからだよ。さっきの現場を見ていた使用人が複数いる。彼の行動は外交上の問題で処理すべきなんだ。だから手を離してくれないかい?」
「シド君の言う通りよ。早く手を離してガラド……あんたが人を殺したら、雪月ちゃんが悲しむでしょ?」
シドニスの後ろから現れたリーナの言葉。雪月が悲しむと言われてしまったら、俺は逆らえない。俺を止めるための言葉に、それ以上の重みを持つものはないだろう。
「わかった……」
俺は矛を納めてオッサンから手を離す。
するとリーナはホッとしたらしく軽い足取りでオッサンの方へ近づいた。
「貴族のあーだこーだは私たちに任せなさい。大丈夫よ、私一応上級貴族の娘なんだから。いざとなれば私のコネでなんとでもなるわ」
誇らしそうに胸を張りながら、リーナはオッサンの治療を開始する。
顔の骨が少しダメージを受けていただけのようで、治療はすぐさま終了した。
「あ、ありがとうございます。ロクスロード家のご令嬢。この恩は」
パァン!
オッサンの感謝は途中で止められる。
なぜならリーナがその頬を張り倒したから。
「治したのはあんたのためじゃないから。私の友だちを侮辱して、ただで済むと思ったら大間違いよ」
冷たく言い放つリーナは、フンと息を吐いてから背を向けて歩き出す。
「エルドフォルス第一皇子、今回の件は国王陛下に報告済みです。使用人たちの証言もありますので、追って沙汰を言い渡すとのことでした。今日のところは部屋に戻り、今後は騎士の同行なく王城内を出歩くことのないよう、お願いいたします」
「は……?」
シドニスが機械的な言葉が終わると、数人の騎士が放心したオッサンを取り囲んで連れてゆく。
そしてその後、俺たちの前にオッサンが姿を見せることは、ただの一度もありはしなかった。
〜〜〜〜〜〜
「助かった。ありがとなシドニス、リーナ」
「全くよ…‥って言いたいとこだけど、正直あんたが怒ってくれたから、私たちは冷静でいられたの。スカッとしたくらいよ。じゃなきゃビンタ一発じゃ済まなかったわ」
「リーナの言う通りだ。君の怒りはむしろ当然だと思う。僕もリーナがそういうことに巻き込まれたら……なんて考えたくもないからね」
俺をフォローしてくれる二人の言葉。ありがたく思いつつも、なんだか二人を包む雰囲気がいつもと違うことに気づき、シドニスの言葉に引っ掛かる部分があるなと感じ取った。
「ん? ってことはそっちも告白とかしたのか?」
「そっちも……ってガラドと雪月もなのかい?」
「あー……えっとさっき雪月ちゃんと、お互いにしっかり告白しようって話をしてて……」
俺とシドニスが互いに疑問符を投げ合っていると、リーナが話し始めた。
聞くと、リーナが雪月に相談をして、そっからお互いにちゃんと告白しようって流れになって分かれた。
リーナはそのままシドニスにしっかり告白をして、お互いに想いを確認していたところ、誰かが魔力を使った感覚が二人に届いた。
たぶん、俺が雪月を抱えて部屋まで逃げた時の闘気術を検知したんだろう。
んでその場の近くに行くと、現場にいた使用人からおおまかな話を聞いて、詳しく事情を知るために、俺とオッサン、雪月の三人を探して歩き回っていた……らしい。
そして再度、俺が『獣王の拳』を使った魔力反応を辿って、さっきの場面へ……ということみたいだ。
「まあ何はともあれ、そっちも迷惑かけちまったな。わざわざ使用人の人たち連れて王様に会いに行ったんだろ?」
「ああ……えっとまあ早い話、あれは嘘なんだけどね。そんなに早く国王陛下に報告して、あの場に騎士を連れて駆けつけるなんて不可能だよ」
だがシドニスは、あっけらかんと言い切る。
「いいのか? なんちゃら国の皇子なんだろ?」
「リナトー、ね? まあ大丈夫よ。たぶんシド君の言った通りのことになるだけだし、国王陛下も私たちの対応に助かったっていうはずだわ」
なにせ戦争が終わったばかりでてんてこ舞いだからね。と付け加えて、リーナは微笑む。
「それで…… 雪月ちゃんはどこにいるの? 「俺の女」って言ってたってことは、告白は終わってるのよね? 聞いた話が本当ならガラドが近くにいてあげた方が、雪月ちゃんも安心すると思うんだけど」
続けてリーナが身を乗り出して聞いてくる。
俺と雪月の間に起こったことを、説明するのか。まあコイツらなら別にいいか。
「き、キスのし過ぎで気を失った……!?」
「そ、そんなことあるわけないでしょ!? はは、白状しなさいよ! 行くとこまで……イクとこまで行っちゃったんでしょ!?」
俺が話し終えると、シドニスは驚きに目を丸くし、リーナはなんだか興奮した様子で俺に問い詰めてきた。
「行ってねえよ……行けてたらこんな早く別行動してねえし、夜が明けるまで離れてたまるかってんだクソ……」
「そ、それで!? 雪月ちゃんは今どこにいるの!?」
「俺の部屋で寝て……」
ダッ!
言い切るより早く、リーナは駆け出していた。
「待っててね雪月ちゃああぁぁ……」
早いな。もう声が遠くに行っちまった。
「なあシドニス、あれ止めなくていいのか?
「あはは……女性は恋愛の話が大好きだから、僕が言っても止まらないよ」
シドニスの苦笑いが、どこか嬉しそうにも見えた。
「そうだな。シドニスの方も上手くいきそうで安心したぜ」
そんなこんなで俺がつけるべきケジメを、シドニスとリーナの助け舟もありつつ、解決へと辿り着いた。
そしてその後「俺と雪月が王城内でヤッたらしい」という噂が爆速で流れた。
なんでだよ。




