買い物
場所は変わって、オレたちは服屋にたどり着いた。
昨今の魔法技術の発展により馬が無くても動けると評判の魔動車などが開発され、そのほかにも生活用品などあらゆる物が技術発展の恩恵を受けている。
知らなかったわけではないが、この前までは服なんぞ着られればそれでいいと考えていたし、なによりこうして女性用の衣服をマジマジと見る機会などあるはずもなかったので、つい周囲に並んだ服を眺めてしまう。
オレが子どもの頃に見た女性服と比べれば、素人目に見ても技術のレベルが違うことがわかるほどで、きっと目を奪われるのはこのせいだろう。
なんとなくリーナが買い物大好きな理由の一端を知ることができた気がする。
「ほら、まずは下着からみましょう。こっちこっち」
思考するオレをよそに、リーナはこちらの手を引いて店の奥まったところへと連れてゆく。
気分は売られる仔牛か、はたまた連行される罪人か。どちらにせよ晴れ晴れとした心境ではないが、ここで駄々をこねるような真似はできないし、こんな体で下着を着けねば痴女と言われるだろう。
今オレを待ち受けるのは、男の尊厳を砕かんと迫る女性服の軍勢。
しかしこの店に到達するまでに覚悟は決めてきた。ならばあとは進むのみ!
(さあ、なんでもかかってこい!)
「わー、ミリア君ってばこんなにスタイル良かったの……? 服がブカブカでわからなかったけど、これならいろんな服が似合いそうね!」
「クソッ、殺すなら殺せぇ……」
オレは女性用下着を手に入れた。
〜〜〜〜〜〜
「服は多めに買っておきましょう! 女の子にとって着替えは多いに越したことはないわ。あ、このワンピースも似合いそうね! 試着してみましょう!」
「クソ……ころせぇ……」
オレは女性服を手に入れた。
〜〜〜〜〜〜
「魔剤武装だっていい加減に選んじゃダメよ? 魔力を流した時の硬化速度だったり、衝撃吸収率も重要なのはもちろんだけど、二つの意味で勝負服になるんだからしっかりオシャレな物を……あ、これとかいいんじゃない? きっとミリア君にぴったりだと思うわ!」
「くっ……ころ……」
オレは魔剤武装の服を手に入れた。
〜〜〜〜〜〜
「ああ〜〜! やっぱりショッピングは楽しいわね!」
「そうか……オレは大切ななにかを失った気がするぜ……」
ある程度必要な物を買い揃えたオレたちは今、一緒に昼食をとっている。
オレは腹を満たすというよりも気力を回復させるのが目的ではあったが、まあこうして楽しそうな仲間の顔が見れたから良しとするか。
「あ、そういえばミリア君。ちょっと聞きたいことあるんだけど、いい?」
飯を食い終わってある程度落ち着いてから、リーナが話を切り出してきた。
「ん? ああいいぜ」
「昨日話してた時に男に戻りたいって感じがあんまりなかったのはどうしてなの? もし私が同じ立場だったらすぐに戻りたいって考えるだろうし、なんでなのかな〜? って思って」
「なんだそのことか。簡単だ。別に今じゃなくてもいいからってのもあるが、一番はこの希望が理由だな」
「それって、希望とミリア君の変身になんらかの関連性があるかもしれないからって話よね?」
「ああそうだ。つまりオレが男に戻ったら希望も使えなくなる可能性があるだろ? だったらオレが男に戻るのはこの戦いが終わってからでも遅くない。幸いオレには、リーナみたいに惚れた奴がいるわけでもないしな」
「ふーん、そうだったんだ……って、き、気付いてたの……?」
そこまで経ってようやく気付いたのか、リーナの頬が赤く染まる。
「いや嘘だろお前あれで隠してるつもりだったのかよ! オレもガラドも知ってたぞ!?」
流石のオレもこの反応は予想外だった。あんだけわかりやすいくせに隠せてると思ってたのかコイツは?
「ええー! じゃ、じゃあもしかしてシド君も気付いて」
「あ、それは絶対にないから安心しろ。っつうかアイツの鈍感さはお前の方が良く知ってるだろ?」
「そ、そうよね……って今はそんな話じゃなくて! じゃあミリア君は少なくとも氷王の両眼と性別変化の関連性について判明するまでは女の子のままなのよね?」
「まあ男に戻る手段さえ分かってねえけどな。しばらくは女でいるしかねえだろ」
もしも「男に戻っても氷王の両眼は問題なく使える」という確証を得たとして、性別を変える奇跡的な手段が簡単に見つかるとも思えないから、しばらくはずっと女のままではあるだろう。
今のところ死ぬまで女で居続けることは考えてはいないが、男に戻るにしてもその方法を探すには随分と時間がかかるはずだ。覚悟はしている。
「そっか……なら、なにか困ったことがあれば言ってね? 女の子としては私の方が先輩だから」
なにやら意気込んで胸を張る姿に、オレは笑みを漏らしながら、
「おう! 頼りにしてるぜ? リーナ先輩?」
と返す。
「じゃあ宿に戻りましょうか!」
こうしてオレたちの買い物は、オレの大切ななにかを代償にして終わったのだった。