虎の尾を踏む愚か者
オレ、ムキムキイケメンにぐちゃぐちゃになるまで愛されるヒロイン好き。
「や、やりすぎた……」
長く甘いキスを終えた後、雪月が眠ってしまったことを確認した俺は、深く後悔していた。
最後の方なんて、雪月の焦点が合ってなくて焦ってしまったし、その直後に意識を手放すように眠ったものだから、後悔はより後押しされてしまう。
……いや、だが考えてみれば俺はよく我慢した方なんじゃないか?
雪の里で俺が記憶を取り戻した時。あん時からずっと俺は雪月のこと意識してたのに、コイツは距離感がおかしいのか一緒に風呂入ったり、寝床も一緒だったりした。
こっちは取り繕うの必死だったんだぞ。
それに次の日、戦闘訓練を終えて汗かいたから俺が先に風呂に入るって話だったのに、後からわざとらしく言い訳を引っ提げて雪月が入ってきた時。
一時的にとはいえ俺に忘れられたことが相当嫌だったのか? そう思って俺が雪月のことを異性として意識してるってゲロったことを、昨日のことみたいに思い出せる。
そして「俺のことを信じすぎだ。無防備に近づくな」って警告した直後に、肌を触れさせて「近づいたらダメなのか?」とか言ってきたことも。
あん時ぁマジで……あとほんの少し俺の理性が弱かったら、押し倒しちまうとこだった。雪月は俺の自制心に感謝してもいいんじゃねえかって、何度思ったことか。
俺がちゃんと気持ちを伝えた後、ダボライで少しだけからかったらハグをしてきたこともあったな。
料理人のおばちゃんが近くにいたから、どうにか耐えられたが……仕返しにしてもやりすぎだろあれ。俺の欲望と自制心を刺激しすぎだったぞあれは。
それもこれも全部、雪月の気持ちを確かめる前に強引なことをしちまわないように……万が一にも雪月を傷付けてしまわないように、必死に自分の欲望を抑え込んできたんだ。
その反動だと考えれば、この程度で済んだのはまだマシなんじゃねえかと思う。
キスのしすぎでぶっ倒れるとか……あるんだなこんなこと。知らなかったぜ。
「……んぅ、がらどぉ……」
当の本人はというと、本当に気を失ってぶっ倒れたのか疑いたくなるほど、気持ちよさそうに寝てやがる。
呑気に俺の名前なんか呼びやがって……
「くそ……可愛いな……」
小さく呟く。ついさっき恋人になったばかりの女の安心しきった寝顔が、俺の心をとんでもなく喜ばせてきやがる。
これ以上無防備に寝転がる雪月を見てたら、変な気を起こしちまいそうだ。
俺はそう考えて、近くの侍女に声をかけて雪月の様子を見守ってもらうことにした。
「ひゃい! ま、任せてくださいませ! ……獣人族は激しいって聞くけど……気を失うまでするなんて……うわぁ、汗だくだわ……!」
……なんか様子のおかしい女だったが、まあ大丈夫だろ。
それに俺は、少しやらなきゃならねえことがあるからな。
〜〜〜〜〜〜
俺は部屋を出て、匂いを頼りに目的の人物を探し出す。
が、それほど時間はかからなかった。特徴的な異国の匂いと紅茶の独特の風味がすぐさま特定の人物を割り出す。
「さて……」
ちょっとだけ……ケジメをつけに行かなきゃな。
「ひっ……!?」
すれ違う騎士が、俺の顔を見て恐怖に竦む様子を見せたのを傍目に、俺は王城を歩いてゆく。
今の俺はそんなに怖え顔してんのかな? ま、どうでもいいか。
「よう、オッサン」
「なっ!? 君は……」
そう時間もかからず、俺は目的の人物を見つけ出し、声をかける。
身なりの良い、おそらく二十代と思しき人物。銀髪を揺らしながら俺を睨みつけてきた。
「ふん……その顔、知っているぞ。勇者パーティの戦士ガラドだろう? 先の非礼を詫びにでも来たのか?」
大袈裟に身振り手振りを交えて、その男は胸を張って言い放つ。
「詫び? なんのだよ。まあいいか……とりあえずオッサンの名前は?」
「さっきからオッサンオッサンと……私はリナトー皇国が第一皇子エルドフォルス・エル・リナトーである! 下賤なるその身で私の名を知るなど、身に余る光栄であると心得よ!」
長え名前だな。エルでいいか。
「そうか。エルは雪月となんの話をしてたんだ?」
そう…… 雪月とこのオッサンの間に何があったのか知るのが、俺の目的だ。
あの時の二人の様子から楽しい話じゃねえのはわかるが、詳細を知っておこうと思ってオッサンに会いに来たってわけだ。
「君は…‥礼儀というものを知らないようだな……! しかし君に話す義理はない。これは私と彼女の問題なのだから」
だがどうやらあっちには俺の質問に答えるつもりはないらしい。
なら答えたくなるようにしてやるだけ、なんだがな。
「……なあ知ってるか? 自分より圧倒的に強い生き物を怒らせちまうことを、ある国じゃ「虎の尾を踏む」って表現するらしいぜ?」
「……? それがなんだ」
オッサンは何を言われてるのかわかんねえみたいだ。貴族ってのは勉強ばっかしてる印象があったから、てっきり通じると思ってたが……案外察しが悪いんだな。
なんかイラついてきちまったな。
雪月がコイツのせいで泣きそうな顔になってたのもあって、冷静じゃいられなくなりそうだ。
「今のお前のことだぜオッサン。なあ答えろよ…… 雪月に、何をした……!」
俺は怒りのままに全身を獣化させ、オッサンを見下ろして問いを重ねる。
本来は『獣王の拳』をこんなことには使いたかねえが、怒りが収まらねえのはコイツのせいなんだからしょうがねえだろ。
無意味な言い訳を心の中でしつつ、俺の威圧感に身を震わせたオッサンが口を開いた。
「わ、私はただ……彼女を妻に迎えようと声をかけただけだ……! リナトー皇国の民が再度私たちの元に集まってくるためには、彼女のようなわかりやすいシンボルが必要で……」
声と体を震わせながら、オッサンは素直に俺の質問に答えた。
だがその内容は、俺の怒りを抑えるどころか増幅させる。
「シンボル? つまりあれだ。雪月を自分の目的のために利用したかった……ってことだろ?」
「そ、それがなんだ? 理由はどうあれ、下賤な平民が皇族に迎えられるのだぞ? 感謝されても責められる謂れは……っ!?」
オッサンの言葉は、最後まで聞けなかった。俺がオッサンの口を強引に掴んで黙らせたから。
きっと聞いてしまえば……オレは怒りに任せてコイツのことを……
「もういい……てめえの言い分はよくわかったぜ。てめえの事情で雪月を利用したかった……理由がなんであれ平民なら感謝して受け入れろ……んで?」
オッサンの口を掴む手に自然と力が入る。ゴキッと音が鳴り、オッサンの喉から悲鳴みたいなものが聞こえるが気にしない。
「ご立派なてめえの嫁にしてやるから、無理やりキスしてもいい……ってか? いい加減にしろよゲボカスが……!」
こんなやつのせいで、雪月の心に影を落としたのか。こんなやつが雪月に近づこうとしたのか。
「もう二度と、俺の女に近づくな……!」
オッサンの口を握る右手に、さらに力が入る。
ミシミシと音を立てて、オッサンの表情が苦悶に満ちたものへと変貌してゆく。
「ガラド、やめるんだ」
友の声が、俺の鼓膜を叩いた。
現時点で3/6まで予約投稿済みです。




