神の御業の再現者
「終わったな……」
「ああ」
ガラドとオレがようやく戦いが終わったことを実感して、短い単語でやり取りする。
(にしてもすげえな……)
はるか上空にある雲には、薪を叩き割ったような痕跡が見られる。
あれがシドニスの奥義、薄刀の威力を如実に物語っている。
シドニスの『薄刀・大鷲』は以前見た時よりも凄まじい威力を誇っていた。
ガラドの魔力を凝縮した鎧、虎魄から着想を得たシドニスの切り札。以前は三分で完成させていて、その時はもっと小さな刀の形をしていた。
それすらとてつもない切れ味を見せつけていたことを、今でも鮮明に覚えている。直接刃が当たってすらいないのに三メートル離れた大岩に深い切れ目を入れるほど、鋭い剣だった。
以前から発想自体はあったものの、魔力剣の強度がどうしても足りないため、振るう前に空気抵抗を受けて砕けるほど脆かったらしいが、魔力凝縮による強度の大幅な上昇が薄刀を完成に導いたのだとか。
全力で作り出せばどれほどの威力になるか、どれほどの切れ味になるかわからないため、シドニス自身も試したことはないとのことだった。
だからこそ、全力の薄刀は本人でさえ初めての経験だったはず。
だがシドニスは狙い過たず魔王の体を両断してみせた。
凄まじい集中を要する薄刀の準備を終えて、魔王が村を消し飛ばした大技を繰り出す瞬間に現れ、見事その巨悪を斬り伏せてみせた。
もはやオレの語彙力では……いや、どれだけ教養のある人物でも、シドニスの偉業を正しく表現できる者はいないだろう。
まさに英雄、まさに勇者。
シドニスが未来永劫語り継がれる人物へと昇華したことが、今ここに確定した。
薄刀の途轍もない切れ味を実感し、魔王の魔力反応も消え去った。
オレも長く続いた戦いと、それに付随する緊張の糸が切れたことで、足から力が抜けてしまう。魔力をなくしたガラドに肩を貸していたこともあり、二人同時に地面に倒れてしまった。
「うおわっ!?」
「ッと危ねぇ!」
だが魔力がなくなった状態と言っても歴戦の戦士。ガラドはその反射神経でもってオレの体を抱きしめて自分を下敷きにする。
「大丈夫か雪月?」
「ああ、おかげで……なっ!?」
だが倒れる時の体勢が良くなかったらしく……オレの胸に、ガラドの手のひらが触れていた。
突然の感触に驚き、奇妙な声を上げたオレの様子に、一拍遅れてガラドも気付いたようで、慌てて手を離す。
「おわっ!? わ、悪い!」
「お、オレも、びっくりしただけだ……謝んなよ……」
オレを見上げながら謝罪するガラドに、気にするなと伝えてみる。
(そういえばオレ……まだ返事をしてなかった……よな)
戦いが終わって他のことを考える余裕が出てきたからか、雪の里から出発した直後に言われたことを思い出した。
『俺、お前が好きだ』
ガラドからオレに贈られた、愛の告白。
オレが自分の気持ちと向き合うことに必死になっている間に、不意にぶち込まれた必殺の一撃。
今思い出しただけでも、鼓動が早鐘を打つ。
体が熱くなっているのがわかる。きっと今、ガラドを見つめるオレの瞳は……熱に浮かされているんだろうということも、手に取るように。
あの時は何もできないまま、ガラドが「今すぐ返事しろって話じゃねえ」と言ってくれたことに甘えて、先送りにしてきたこと。
そしてあの時も今も……あの言葉に対しての返事なんて、決まりきっていること。
理解した上で、オレの発声器官が思う通りに動いてくれるかはわからないけど……伝えたい。伝えなきゃいけない。
(そんでもってオレは……案外本番に強い!)
「な、なあガラド? この前のこと……なんだけど」
「この前って……どんくらい前のことだ?」
「えと……雪の里から出発して、ダボライに向かってる時ガラドが言ってきた……あれ」
「! ああそれか……」
たぶんガラドにはまた、オレの爆音の鼓動が聞こえているんだろうな。耳がぴくぴく動いているし、ガラドの口角が少し上がっている。
オレの返答なんて、きっと当時のガラドにも察しがついていたはず。
今もまた、この話題の終着点はオレの様子からすぐに理解できるだろうな。
わかりきったオレの答え。わかりきったオレの表情。
そのはずなのに、こんなにも嬉しそうな顔をしてくれるのか。
そう考えると、オレまで嬉しくなってくる。
「きゃー…… 雪月ちゃん、大胆……!」
「こういう覗き見は、あまり良くないと思うけど……」
「まあまあ、こういうのは口を挟まず静かに見るのが定番ですよぉ?」
進展のない二人から、何やらボソボソ言ってるのが聞こえてくるが気にしない。こういうのは外野を気にしたりせず、一度の勢いで言い切るのが吉と見た。
きっと言い損ねたら、次にはもっと強い覚悟が必要になる気が……って、ん?
「そうだよシド君……! こんな現場なかなか見られないんだから……」
「そういうものかな……?」
「「ん?」」
「彼女の言う通りですよぉ? ってあら? どうかしましたかぁ?」
「誰だあんたー!?」
その場を代表して、オレが謎の人物への疑問を叫ぶと、彼女は一度きょとんとしてから気がついたように手を叩いた。
「……あ! 自己紹介を忘れてしまったみたいね。私は美言。ついさっき下界で神の御業を再現した者に対しての……面接官? みたいな立ち位置になりますよぉ」
その女性は、薄い桃色の髪を切り揃えて、頭部からなんらかの獣人族の耳を覗かせた絶世の美女だった。
真っ白な生地に金色の刺繍が入ったローブを身に纏っており、穏やかでゆっくりとした口調からは一切の敵意を感じない。
だが、華奢な女性とは思えないほど濃密な魔力……いや、これは魔力じゃない。神気だ。
オレたちが龍神様と読んでいた氷龍女帝フロスティア。彼女と同質のものを、美言と名乗った女性から感じ取る。
「えーと……じゃあ、シドニス・アンダウン。貴方は神の御業『万物両断』の再現者として、私たちのいる神界へと立ち入る資格を手にしたのでぇ……意思確認のために私が来ましたぁ」
「へ……?」
それはリーナの声。
消え入るような、あるいは泣き出しそうな、悲しみに満ちた声だった。




