訓練
翌日。
いきなり四天王に遭遇し、希望を発現させ、おまけに女に変わったという世界一異常な体験をしたオレは……
「おいおいどうしたリーナ! もっと本気でこいよ!」
それはもうすこぶる元気に戦闘訓練をしていた。
「なにこれ嘘でしょ!? もう結構本気なんだけど!」
文句を言いつつもリーナは魔力の線で図式魔法を完成させ、次々とこちらに放ってくる。
図式魔法というのは、魔力の性質によって属性が偏る精霊魔法や、呪文を正確に紡がなければならない詠唱魔法と違って、より一層戦闘に適した最先端の技術。
魔力の線で意味のある図形を繋げることで発動する魔法であり、熟練者であればまるでスタンプでも押すかのように一瞬で高威力の魔法を使うこともできる。
それを証明するように、リーナは瞬きのうちに三つもの魔法を描き出し、オレに向かって射出してきた。土の矢、炎の槍、水の弾丸。パーティーで随一の魔力量を誇るリーナの攻撃魔法が雨あられと迫ってくる。
さすがは遠距離戦闘において他の追随を許さないリーナだ。複数の魔法を同時に放ち、しかもその隙にオレと離れ、自分の得意な距離を保とうとしている。
さらにはダメ押しとばかりに三方向からの同時着弾。これでは守る方は防ぎづらい。
しかしオレは飛来するリーナの魔法を氷弾で撃ち落とし、氷壁で防ぎ、氷王の両眼で凍りつかせる。
次いで、その隙にオレとの距離をとっていたリーナの足元を凍らせ動きを封じる。
足を凍らされたリーナが「え?」と呆けている間に近付き、槍代わりの棒をリーナの頭にコツンと当てた。
「いたっ!」
気の抜けた声が決着の合図となったが、オレは対照的に喜びの声を上げる。
「よ、よっしゃあああああ! 無傷、無傷だぞ! おい見たかガラド、シドニス!」
人生初の快挙を成し遂げたオレは興奮を抑えられなかった。
なにせオレがコイツらを相手にした一対一の戦闘訓練で勝ったことは数える程度しかなく、それにその多くが、オレが一瞬の隙を突いて攻撃をなんとか当てることでしか勝利することはなかった。
さらに付け加えるならば、お互いが重症になってしまわないように手加減をするという決まりの元に行われている。つまり昨日までのオレは、手を抜いてくれていたコイツらに負けっぱなしだったということだ。
それが今はどうだ? あの魔法のエキスパートであるリーナに、オレが、全くの無傷で……
「感無量だぜ、こんな風に感動するなんていつぶりだよおい……!」
「なあシドニス。ありゃあほんとにミリアか? 今更ながら俺の鼻に自信がなくなってきたんだが……」
「やめてくれよガラド……僕はまた君たちの前で秘密をばらされるなんてごめんだよ……?」
アイツらがなんか言ってるみたいだが、ありゃ間違いなくオレの強さに驚いてんな? まあ無理もねえか、誰よりもオレがそれを実感してるからな。
そんな風に考えていると、いつの間にか足を覆っていた氷を溶かしたリーナが近付いてくる。
「ねえミリア君、もう一回だけ氷壁の魔法使ってくれない?」
訝しげな顔を浮かべるリーナに対して、オレはすぐに魔法で氷の壁を生成する。
いったい何をするのだろうかと思った矢先、リーナはその氷壁に向かって炎の魔法をぶっ放した。
「うえええええ!? どうしたリーナ! 癇癪おこしたのか!?」
「違うわよ! ほら見て、ミリア君の氷壁が残ってる。明らかに魔法が強くなってるわ」
言われてその方向に目をやると、オレの作り出した氷壁はダメージこそあるものの未だ健在であり、リーナの魔法にも耐えきったことを誇るかのようにその場に鎮座している。
そうだ、そういえばさっきもオレは炎の槍を氷壁で防いでいたが、男だった頃にリーナの魔法を完全に防ぐことができていただろうか。
あまりにも舞い上がっていたせいで気付くことができなかったが、魔法のエキスパートであるリーナにオレの魔法が通用するケースは非常に稀だ。何かがおかしい。
「……たしかに」
「希望が発現したことと、ミリア君の魔力量に関連性があるかもしれないわね……ちょっと魔力検査してみない?」
オレはそれを了承し、リーナから小さな水晶玉を受け取る。右手で水晶玉を握りしめて数秒後、魔力で書き出された文字がオレとリーナの表情を変える。
「マジか……」「やっぱり……」
驚愕と納得、対照的なオレたちの顔を確認したからか、ガラドとシドニスも近寄ってくる。
「どうかしたのかい? 二人とも」
「あ、ちょうどよかった、シド君もこれ見て。ミリア君の検査結果なんだけど」
促され、魔力検査の結果を確認したシドニスもオレと同じ表情を見せた。
「魔力量も出力も異常なまでに上がっている……? これはいったい……」
「こりゃもしかすると数値だけならリーナよりも上じゃねえか? 希望の発現が魔力にまで影響するなんてありえんのかよ?」
「それはなんとも言えないわね……生まれた頃から使えた私たちとミリア君とじゃ状況が全然違うから。ただ、希望が扱えるってことでなんらかの恩恵を受けているとしても、何もおかしいことはないと思うわ」
「現に希望所有者の僕らが、他の人とは比べられないほどに強いから……だね?」
「そういうこと。確定ってほどじゃないけど、可能性は高いと思うの。昨日ミリア君が言ってた即戦力になる能力だってことは今のでわかったし、ミリア君自身も相当強くなってるわ」
リーナの言葉を聞いたガラドはニカッと快活な笑みを浮かべ、
「なるほど、んじゃあミリア! 今度は俺とやろうぜ。リーナを負かした力、見せてくれよ!」
と提案してくる。
ガラドの本領は肉弾戦。遠距離での魔法戦を得意とするリーナとは真逆のスタイル。オレがアイツの接近をどれだけ阻止できるかが重要だ。
「おおいいぜ! シドニス、合図頼むわ!」
「あの筋肉バカ、何もわかってないわね……」
「ま、まあ、きっとガラドはミリアの強さを肌で感じたいんだと思うよ……たぶん」
オレとガラドは充分に距離をとって向き合い、それぞれ構えをとる。アイツの顔には楽しそうな表情が浮かんでいて、シドニスの合図を今か今かと待ち侘びている。
「よーい……」
息を吸って、同時に吐く。
アイツの強さは小さい頃から身に染みてわかっている。今のオレの力が通用するかどうか……
「……始め!」
試してやる!
開始の合図と同時に、予想通りオレとの距離を縮めるために突っ込んでくる。パーティーで最も身体能力の高いガラドが、大地を割る勢いで足を踏み込んで接近してきた。
オレは後方に跳びながら、氷王の両眼でアイツの左足を地面に固定させるように凍らせ、動きを封じる。
「オラァ!」
だが動きを止められたと思ったのはオレの勘違いだったようで、アイツは凍らされた左足でそのまま地面を踏み込み、足を覆う氷と地面をもろともに砕き、一気に近づいてきた。
「嘘だろ!?」
奇しくもその声は数分前のリーナと同じものだった。
しかし驚いてばかりもいられない。オレはすぐさま氷壁の魔法でアイツの進路を塞ぎ、同時に氷弾と氷の矢、おまけに氷の槍を同時に射出する。
四つもの魔法を同時に使ったのは初めての試みだったが、どうやらうまくいったようでガラドの足音が収まる。
バックステップをしながらホッとしたのも束の間、大きな破砕音が響き渡った。
「なに!?」
砕け散った氷壁の向こうから現れたのは、両腕を虎の前脚に変化させたガラドの姿。
《獣王の拳》だ。拳を動物の前脚に変え、飛躍的に破壊力を増す希望。獣人族にのみ発現する、近接格闘に特化した異能力。
さっきの破砕音は四つの氷魔法を一瞬のうちに破壊したからあれだけ大きな音になったのだろう。
(まずい!)
オレがそう思った時には、もう虎の爪は目前に迫っていた。
すぐさま痛みに耐えるために目を閉じるが、いつまで経っても覚悟していた痛覚は襲って来ず、代わりに到来したのは額に触れる指の感触と、ガラドの、
「よしここまでだな! 強くなったじゃねえかミリア!」
というやけに嬉しそうな声であった。
恐る恐る目を開けると、いつもにように健康的な歯を見せながら笑うガラドが目に映るが、オレの口からは不満げな声が漏れる。
「お前が勝ったんだろうが。嫌味かガラド?」
「ちげえよ! 気付いてねえのか? 俺がお前に希望を使ったことが一回でもあったか?」
言われるまでもなく、そんなことはただの一度もなかった。つまり今日初めて、オレはガラドを希望を使わざるを得ないほどに追い詰めたということになる。その事実は素直に喜ばしい。
だがそうは言っても負けたことには変わりなく、悔しい気持ちは消滅するわけではない。
「まあそうだけどよ……次はオレが勝つからな」
喜びと悔しさがちょうど半々くらいの複雑な感情を隠しながら、オレはそう宣言した。
するとそんなオレの顔のどこが面白かったのか、ガラドはより一層嬉しそうに笑って、
「おう! 俺も負けねえぞ!」
と返してくる。
ガラドの不思議な様子に首を傾げていると、勝負がついたことを確認した二人が近寄ってきた。
「二人とも、お疲れ様。今日はこれでおしまいにしておこう」
シドニスの言葉で今日の訓練はこれでお開きとなった。
オレとしてはシドニスともやってみたかったが、これからいくらでも機会はあるだろうと考え直す。
(となると今日はこの後自由なのか……何すっかな)
なんてこの後の予定を立てようとしていると、突然リーナに手を掴まれる。
「じゃあ行くわよミリア君!」
突拍子もないリーナの行動に、オレは当然の疑問を投げかける。
「な、行くってどこにだよ!?」
「お買い物に決まってるでしょ? 昨日話したじゃない」
「あ……」
そういえば昨日、リーナが寝る前にそんな話をしてきたことを思い出す。
オレは女性用の服やらを持っているわけもないので、明日は買い物しようとリーナは言っていた。
どうやらそれをすこぶる楽しみにしていたようで、ウキウキしていることが目に見えてわかる。まさかオレの買い物にまでこれほど意欲的になるのは予想外だった。
「ミリア君は無駄なものとか買わないからグランドバッグには空きがあるでしょ? 大丈夫、私がしっかり選んであげるわ」
買い物大好きなリーナに捕まってしまえば、どうなるかは火を見るよりも明らか。かといってここまで楽しそうな表情の赤髪のお嬢様にNOと言えるはずもない。これだけ嬉しそうな顔を曇らせることは男として、いや人としてできない。
しからばせめて道連れを増やすのみ!
「なあシドニス、今日は予定ないよな?」
「ああいや僕は武器屋に行こうと思っててね。粉々にされたっていう君の槍の代わりになる物を探すつもりなんだ。めぼしい物が見つかれば、君の手間も省けるかと思って」
クソッ、こんな良い奴を道連れにできるか! 優しい笑顔なんか浮かべやがって!
こうなったら残りは一人だ!
「おいガラド、お前は暇だよな?」
「ガラドならついさっきランニングに行ったわよ」
「クソがあああああああ!!」
あの野郎いち早く離脱しやがった! こんなとこで戦士の直感を使ってんじゃねえよあの筋肉バカ!
「ほらミリア君、恥ずかしいのはわかるけど男の子と一緒じゃ気まずいでしょ? 早く行こう?」
どうやらこの後のオレの命運はすでに決まっているらしい。
とりあえずオレは、あのボケ虎野郎には次の戦闘訓練で吠え面かかせてやろうと心に誓ったのだった。
こういうの書いてる時が一番楽しいですぜ!