『拳帝・大牙』
それからすぐに、オレたちの耳に騎士からの念話が届いてくる。
『勇者様の準備が整いました!』
短い伝令。しかしオレたちにとってはどんな長い賞賛よりも嬉しく感じた。
事前に決めていた通り、リーナはオレとガラドに一瞬だけ目配せをしてから治癒の翼の右翼だけを輝かせる。
誰にも邪魔されない所で集中し、薄刀の準備を終えたシドニスを戦場に連れてくるのが、リーナに与えられた最も重要な役割。
彼女の治癒の翼には二つの特化状態がある。
癒しの左翼という治癒能力特化の状態と、電光の右翼と呼んでいた飛行能力特化の状態。
デメリットとして、どちらも一度使ってしまえば一定時間、状態の変更は不可能。そして魔力消費量は左翼状態よりも右翼状態の方がデカい。
今リーナが使ったのが電光の右翼。飛行速度が大幅に上昇し、風魔法の強化も可能となる。
この状態であれば鳥の魔物よりも速く飛ぶことができ、結界で覆ったシドニスをここまで連れてくる手筈となっている。
だがこの作戦の最も脆い部分が、リーナが離脱したこのタイミング。
三人でようやく拮抗を保っていた状況で、制空権を持つ魔法使いの離脱は痛手と言わざるを得ない。
それにオレは数回の攻防を終えて、ついに騎士たちの氷魔法を使い果たした。乗り物にしていた氷魔法も危険性を考慮されてか、すぐに壊されてしまうため空を支配することはもう不可能。
無くなった氷魔法たちの代わりというには物量が心許ないが、自分で作り出した染白雪を操作しながら、魔王を倒すべく立ち回る。
ガラドの動きもとっくに慎重になっていて、虎魄を維持できなくなっていることがわかる。
虎魄を使えなくなるほど、魔力が削られているということ。もうガラドには獣王邁進を維持するための魔力しか残っていないのか。
だが魔王の攻撃を凌ぎ続けた代償としては、素晴らしい功績とも言えるか。あれだけの攻撃を回避し、防御し続けた結果、魔力を削られた以外に大きな損傷はない。差し引きとしてこれ以上の成果はない気がする。
それほどまでに、魔王の攻撃は恐ろしいものだった。オレたち三人の連携がなければ今頃、誰か一人死んでいたとしてもおかしくないほどに。
魔王は複数の呪装を連動して使用することで、その力を跳ね上げていた。
死閃脚の速度と穿空拳の追い風を組み合わせたスピードを一気に引き上げる技や、細斬華と穿空拳の風を組み合わせて、途轍もない刃の嵐を巻き起こす範囲攻撃に特化した技など。
全て恐ろしく警戒すべきではあるが、特に穿空拳の風を操作する能力が他の呪装を強化している場面が多かった。あれが戦闘の幅をさらに広げているように感じる。
武骨な籠手の形をしている割に、存外器用な呪装なのか。
「グハははハハハハは!」
リーナがシドニスを連れてくるまでの間、魔王の狂気的な猛攻を凌ぐ必要がある。彼女の飛行速度を考慮すれば、おそらく三十秒にも満たないはず……
「グッ……!」
だが二人だけで魔王の攻撃を防ぐことができるかどうかは、わからない。否、正直言って分の悪い賭けでしかないだろう。
魔王は風で加速した細斬華をガラドへ仕向ける。もう虎魄を使えないガラドにあの小さな刃を対処するのは不可能。
即座にそう判断したオレは、ガラドを守るために障壁を展開する。
「雪月!」
だが障壁と細斬華が衝突する甲高い音が響いた直後、ガラドがオレに向けて叫ぶ。
そして同時に湧き上がってくる邪悪な気配。
背後から火葬槌の熱がジリジリと迫ってくるのを感じる。
まずい、振り向いて氷王の両眼を……いや間に合わない。なら前方に回避を……と思うも束の間、オレの前には細斬華の花弁が押し寄せてくる!
「任せた!」
だが窮地に立たされたオレの鼓膜に、最も信頼する男の声が届いてくる。
短く、大きな声。主語のない言葉。しかしオレは、すぐにガラドの意図を汲む。
オレの前方にある花弁の刃たちを氷王の両眼で凍りつかせた瞬間、ガラドが地面を蹴り砕きながらオレの背後の火葬槌を殴り飛ばす。
互いに互いを助ける形となった刹那、魔王がオレたちに突撃してくる。
「ヒヒッ!! 楽しイィいいいい!」
死閃脚の速度を、穿空拳の風でさらに加速させて、接近戦を仕掛けてきた。
「ハッ!」
ガラドが魔王と向かい合って注意を引きつけた。オレはそれに乗じて背後に周り、魔王へ槍を振るう。
だが魔王はオレの槍術と付き合うつもりはないらしく、再展開した細斬華と空中に浮いた火葬槌でオレを殺そうとしてくる。
「ちっ!」
火葬槌を回避して細斬華を凍らせる。
だがその一呼吸のうちに、回避した火葬槌から炎が広がり、オレの体を焼こうと迫りくる。
クソ……と思いつつもそれを氷壁の魔法で防いで、ようやく魔王の背中が視界に入る。
氷王の両眼の射程圏内に映る魔王の姿。永劫に感じた戦闘の中、唯一にしておそらく最大の好機。
オレは音もなく、魔王を凍り付かせた。
王冠もろとも氷の像と化した魔王。王冠型の呪装が凍りついたため、オレの近くにあった火葬槌も砕けて消える。
そして隙だらけの魔王の前には、近接格闘に於いて最強と謳われる戦士がいる。
「オラァッ!!」
氷像と化した魔王をさらに襲うは虎の拳。
強く突き出したガラドの右拳。魔王を覆っていた分厚い氷を砕きながら、はるか後方まで吹き飛ばした。
ガラドの全力の一撃。
『拳帝・大牙』だ。
獣王邁進を使った状態で放つ、渾身の一撃。
魔力を乗せた拳によって、魔王は氷を撒き散らしながら、何度も地面に衝突した。
幾度かのバウンドを経て、魔王が地面に突っ伏した時、ガラドの獣化が解除されてしまう。
「ぐあ……」
「ガラド!?」
オレはすぐさまガラドに駆け寄り、彼の体を支えて話しかける。
「おいどうした!?」
なにせ戦闘の最中にガラドが獣化を解いてしまうことなど一度もなかった。それがガラドの強さを支える重要な能力だから、解除する意味がない。
ということはつまり……
「悪い……魔力が無くなっちまった」
(嘘だろ……!?)
現代の戦士、騎士にとってそれは死を意味する。魔力による闘気術、あるいは魔法が基本戦術である戦場に於いて、魔力の枯渇はそれらに対抗する手段を失うということ。
それは全身を硬い鎧で包んだ騎士と、丸腰で対峙するに等しい。魔力を使い切った者は、戦場で死を待つ以外他に選択肢がないんだ。
探知魔法にはまだ、魔王の尋常ならざる魔力が反応を示している。ガラドの渾身の一撃でさえ、魔王の命を奪うには至らなかったのか。
「……アハはははハハハハ!!! 良い一撃でアッタぞ、虎のセンシ! 呪装展開・死令冠!!」
魔王の狂った声が響くと同時に、地面に振動が伝わり、魔王が高く飛び上がった。
「お主ラノ強さは、余を楽しマセテくれた!! 余の一撃ニテ散る栄誉をクレテやろう!!」
「まずい……!」
魔王が高く飛び上がったら……あれがくる!
村を一つ消してしまった、途轍もない破壊をもたらす魔王の切り札が!
「待たせてごめん。後は任せて」
しかしオレたちを包んだのは死への恐怖ではなく、待ち望んだ者の到来。それに伴う歓喜だった。
勇者はその手に輝きを携えて、魔王の前に立ちはだかる。




