三人寄れば
ここからバトルシーンラストまで連日公開です。
「あいつの体力はいつまで保つんだ……!?」
オレの驚愕する声は、空気に溶けて誰にも聞こえない。
たとえ聞こえていたとしても、魔王の凄まじいスタミナを前にガラドとリーナにも返答する余裕などあるはずもないか。
もうどれだけの時間が経ったのかわからない。シドニスの薄刀の準備はまだ終わらないのか。
空から戦場を支配する作戦を続けて、オレたちの思惑通りに事は運んでいる。
事実、魔王の動きをほぼ完璧に封じ込めているし、オレたちの攻勢を維持することもできているんだ。
なのに……
「ハハハハはははッ!!! 良いぞ良いぞ良いぞ!! もっと余と楽しもうではないか!!」
魔王の勢いがまったくと言っていいほど衰えない。
……それどころか、より増している気がする。いや、間違いなく増している。
魔族に多く見られる好戦的な性格と戦闘による気分の高揚が合わさり……それらがさらに尽きない魔力量と相まってしまい、魔王の背中を押している。
オレたちの攻勢はまだ収まっていない。外壁から飛んでくる氷魔法もまだ撃ち終わりの報告もないし、事前に魔力回復薬を飲んだこともあってオレたちの魔力にも余裕がある。
(こちら側の状況はほぼ変わらないというのに……徐々に押されている……!?)
「楽しいイなぁ……お主らもソウ思うだろうッ!?」
魔王の声と共に、ガラドが警戒を最大にしてグッと足を踏み込んだ。
大きな三日月を口で描いた魔王は、死閃脚による速度を穿空拳の追い風と組み合わせて、途轍もない速さで動き始めた。
「なっ!?」
ガラドの声に含まれる疑問符の意味を、オレはすぐに理解した。
捉えられない。わずかに……一瞬だけ軌道が見えるものの、影を視界に入れた時には魔王はすでにそこにはいない。
「ハハは!!」
「ぐ……!?」
轟音ののち風が吹き、ガラドの姿が一瞬で移動する。よく見れば腕を交差して防御態勢を取っていることから魔王の攻撃を辛くも防いだんだろう。
だが、ガラドの五感を総動員してようやく防御が間に合うということは……その速度はガラドを超えているということ。おそらくガラド全速力を以てしても、魔王のあれには追いつけないだろう。
そして次に狙うなら……
「ハハ!!」
空にいるオレたちか。
合図するまでもなく、オレとリーナは自身の周囲に障壁魔法を展開する。
どの角度から魔王が襲いかかってきても守れるように、球体障壁を張っておくと……
バギィッ!! と耳障りな破砕音が響き渡り、オレの障壁が一瞬のうちに消え去ってしまう。
(やっぱ狙うならオレのほうか!)
危険性でいえばリーナも決して無視できないはずだが、攻撃の要を先に潰すのは定石通りってことか。
驚く間もなく、オレは危険から身を守るために全身に『金剛』を行き渡らせ、手にした氷の槍で防御姿勢をとる。
身体強度を限界まで引き上げたその刹那。
「がっ……!!」
オレの体にとんでもない衝撃が襲いかかってくる。
足場にしていた氷魔法ごと火葬槌で殴られた。浮遊感を覚えるよりも早く、上空へ打ち上げられてしまう。
幸いにして、氷の槍での防御が功を奏して大きなダメージはなかった。槍は粉々に砕けたし、腕に残る痛みはあるが……致命傷には至らない。
これならまだ……
「お主、ユ断してはオラぬか?」
と思うも束の間、魔王の言葉が近くから聞こえてくる。
ハッと思い、声の方へ目線を移すと空中に立つ魔王の姿が目に入る。
そしてオレの眼前には魔王の拳が。
「フッ!!」
オレはすぐさま氷王の両眼で魔王の右手を覆い隠す穿空拳を凍らせ、ついで身を捩る。
呪装は凍りつくと同時に砕け、魔王の意識がわずかにブレる。風による拳の加速も消えたからだろうか。
おかげで掠りこそしたものの、直撃を避けることができ、オレはそこから離脱する。
空中に障壁魔法を展開して足場とし大きく飛び退きつつ、外壁から直行で送られる氷魔法を視界に収める。
「まだダ!!」
しかしこれで終わりではなかった。魔王はまだオレへの攻撃をやめる気はなかったようで、再展開した穿空拳で風の刃を飛ばしてくる。
「しつけぇぞクソ……!」
オレの視線は氷魔法に氷王の両眼を使うためにわずかながら隙を生んでしまった。
視線を一瞬だけ逸らしたタイミングを、魔王は見逃さなかった。
本能的に回避不可能と判断したオレは、支配下に置いた氷魔法を壁にして風の刃を防ぐ。
……だが、魔の手は前方だけでなく背後からも迫っていた!
(なにっ……!?)
邪悪な気配を感じた時には、オレの背後から細斬華が高波のように覆い被さってくる寸前だった。
気づいた時には、もう近すぎる。
氷王の両眼を使おうとも、せいぜい半分を凍らせるのが関の山。残った花弁でオレを殺すなど造作もないだろう。
一瞬のうちに、オレの体は細切れにされてしまうだろう。もはや辞世の句を詠む時間さえ無い。
「させるかよ!!」
だが、死を連想させた細斬華がオレを切り裂くより速く、虎の姿が目に映る。世界一頼もしい男の背中が。
「フンッ!」
ガラドは一度の正拳突きで、無数の刃を散らしてみせた。
地上から一気にこの高さまで飛び上がったのか。相変わらず凄まじい身体能力だ。
「わりいガラド!」
「そこはありがとうだろ?」
「……そうだな! ありがとう!」
短い問答を終えて、オレたちは同じ障壁魔法の上に立つ。
だが気を抜く暇などない。オレが再度、魔王の気配のする方へ視線を移動させると……
「ああ、分かっている。案ズるな父上、母上……」
そこには細斬華を足場にして、空中に立ち止まる魔王がいた。
先の猛攻はどこへやら、穏やかな表情で誰かと会話している様子があった。
魔族の優しげな顔など初めて見る。思わず度肝を抜かれたが、無防備にしか見えない絶好のチャンス。
逃すわけにはいかなかった。
オレたちは合図するまでもなく飛び、ガラドが全速力の蹴りを見舞った直後、オレが氷魔法の雨を降らせる。
『こちら魔法部隊! 次の掃射で魔力が尽きます! 勇者様からの反応はまだありません!』
魔王を氷魔法の滝で地面に叩きつけると同時に、外壁で魔法を撃ってくれていた騎士から念話が届いた。
クソ……なら作戦を変更するほかないか。
『プランBだ!』
短い言葉を念話で二人に伝えると、魔王の声がまた聞こえてくる。
「ギハははハハハハは!! スマヌなぁついつい話に興じてしまった。あぁ……楽シイなぁ!!」
再び姿をみせた魔王の体には、多くの傷が付いている。前回の攻撃よりも物量を増やしたことが吉と出たか。
しかしオレの目が受け取る魔王の情報には、奇妙なものが映り込む。
(黒い涙……?)
明らかに血ではない。薄気味悪い相貌に、狂気的な笑みを貼り付けて、黒い雫が目からこぼれ落ちている。
(さっきから発音がおかしい上に、父上母上……とか言ってたな。あの王冠型の呪装になんらかのデメリットがあるのか)
そう考えつつオレは外壁からの支援物資を視界に入れ、氷魔法たちを支配下に置く。一つ魔法を操り、再度空中から魔王を見下ろした。
考えてみれば、オレの氷王の両眼にもデメリットが存在する。
複数の呪装を操作する前代未聞の能力ともなれば、その負担も凄まじいものになるはず。
あれほど強力な呪装なら、デメリットがあると考えるのが当然か。
思えば最初から気になっていた。魔族の特徴は捻れた角と邪悪な魔力だけのはずだが、魔王の瞳だけが他の魔族と異なり、白目と黒目が反転していること。
そして今、魔王の両眼からこぼれる黒い涙。
これらから考えうるのは……おそらく精神汚染の類。呪装と会話しているところから、死者との接触が原因で魂を汚染されるのだろう。
まあなんにせよこちら側からすれば、さっきのように隙だらけの瞬間が生まれるため好都合だ。
「其は深き泥にして純白の災い……」
シドニスからの報告はまだないが……なんとなく、もうすぐあいつがきてくれる予感がする。
情報はないのに、確信がある。なんだか不思議な話だが。
もう少しだ。勇者は必ず駆けつける。
絶望を切り裂くのは勇者の剣だと……相場が決まってるんだから。
書くとこないのでここに書きます。
魔王クローマの呪装。
死令冠。王冠の形をした特殊能力型の呪装。
死んだ魔族の呪装と魔力を召し上げ使役する能力。今まで戦死した魔族全ての魔力を持ちつつ、呪装までも操作することができる破格の性能。
しかし呪装を使うには死んだ持ち主の名前を呼ぶ必要があるため、知らない誰かの呪装を操作することはできない。
魔族は強者を敬い、強力な個を中心として集団を形成する性質を持つため、基本的に同族であっても自分より弱い者には興味を持たない。
そのため魔王はある程度の力量を持つ四天王の名前しか覚えていない。なので魔将軍たちレテンやウェービスの呪装も死令冠の特性であれば本来使えるはずだが、彼らの名前を魔王が知らないため使役不可となっている。
デメリットは死者との対話と、それに伴う精神汚染。これは呪装の数と展開している時間に応じて深刻化していく。魔王が呪装を通して両親と会話しているのは、彼らの魂と魔力を手に入れたから……ではなく、精神汚染からくる幻覚症状から。
魂を持ち呪装と同化していなければ会話は不可能であるため、魔王と会話できるのは現時点で四天王のみ。みんなで遊べて嬉しいね。




