凡庸なれど
「撃て! 撃ち尽くせ!!」
騎士の声が響き渡る。
王都外壁は国王含む王族と数多の国民を守るためのもの。内部の射出用窓と上部から攻撃魔法を使用することで、侵略を……否、そもそもの接近を許さないための構造をしている。
しかしこれらは今日この日を迎えるまでは、本来の役目を果たすことはなかった。
理由は単純、セルトール王国の領地を進軍して王都まで近付けるような侵略者が、今の今まで現れなかったから。
そしてそうさせないために、騎士団の尽力があったからである。
王都に近づく者、あるいは周辺で目撃された危険性の高い魔物も、その全ては騎士団によって剣の錆と化した。
けれど今は違う。近衛騎士団の第一大隊を討ち滅ぼし、王都へ接近中の魔王が、その唯一の例外となった。
今もまだ、私はその報を信じきれていない。
私を含めて将来騎士になるであろう貴族の子息にとっては憧れの……いや、この国に生きる男にとって憧れと言い換えても良い。
カタウ団長はそれほどの男だ。
史上最年少で近衛騎士団に入団し、同様に団長まで最短の道を走った……王国が誇る最強の盾と呼ばれるカタウ団長とその部下たちが……死んでしまっただなんて。
私だけじゃない。ここに集まった騎士養成学校の生徒の多くは、同じ気持ちだろう。
魔族の脅威は知っている。新聞で読んだ勇者パーティの快進撃を知らない国民はいないだろう。
でもそれは、セルトール王国の国境での話だ。私たち王都に居る者にとっては……同じ国に住む者として薄情な話だけど、対岸の火事という認識しかなかった。
なぜなら前線の魔族四天王は勇者パーティが倒してくれるから。
もし魔族の軍勢が来たとしても、王都には最強の近衛騎士団がいるから。
だから、魔族の脅威を情報としては知っていても……それに晒される日が来るだなんて、思いもしなかった。
こんなに遠くにいるのに、魔王の恐ろしい魔力の気配は私のところにまで届いてくる。
尋常ではない魔力量が、王都外壁にまで睨みを利かせているかのような錯覚に陥る。毒を含んだ泥が全身を包むようなこの感覚……これが魔族の持つ邪悪な魔力の気配なんだ。
男として、弱音を吐くことは美点ではないが……許されるなら、今すぐここから逃げ出してしまいたいほど、恐ろしい。
だがそれは決して許されない。
私は貴族の家に生まれたから、民を守る責務がある。
そして尊敬するカタウ団長が命を賭して守ろうとしたこの国を捨ててしまえば、私は生き延びたとしても……その先に素晴らしい人生があるとは到底思えないだろう。
そして何より。
「フゥーーー…………」
私たちの希望を、この国の希望を背負った男が、ここにいるのだから。
逃げるわけにはいかないのだ。
彼は勇者シドニス。この国で知らない人はいないだろうと思うほどの有名人だ。
もしこの戦いに勝つことができれば……間違いなく歴史に名を残す英雄となる男。
私よりも二歳年上で、騎士養成学校の卒業生。つまり私の先輩にあたる。
彼のことはよく知らない。接点があったわけでもなく、家同士の繋がりがあるわけでも無い。
人柄も知らない、話したことさえない。教員たちが口々に褒め称える優秀さを、この目で見たこともない。
だというのに……なぜか彼のことを頼もしいと感じてしまう。
これが恐ろしくも強大な魔族を倒してきた者の風格なのだろうか。前方から魔王の気配を感じて恐ろしいと思うのに……彼が私の背後にいるというだけで、心のどこかで安堵している自分がいる。
恐怖と安堵。矛盾するその二つが同時に胸の中に存在する。
彼ならばきっと魔王を倒せるという期待が、私の背中を押してくれる。
そして私は一日のうちに二本が限度と言われる魔力回復薬の、二本目を飲み込んだ。
緊張もある、恐怖もある。もしかしたら今日が私の命日になるかもしれない……と臆病風に吹かれる自分ももちろんいる。
けれど彼の瞑想を、極限の集中を目にして、彼が私たちを信じてくれていることがわかる。
前線にいる彼の仲間と、外壁で魔法を撃ち続けている騎士と私たち生徒を信じて、己の使命を全うするために、奥の手を使う準備をしているんだ。
なら、私はその信頼に応えたい。
たとえ非力で凡庸な私でも、誇りを胸に歩けるように。
カタウ団長のような……勇者シドニスのような突出した強さがない私でも。
魂だけは、誇り高くありたいから。




