最後にして最大の
「さあ魔王クローマ、オレと戦え!!」
オレは氷槍の魔法に乗って、上空から魔王を見下ろす。
この位置なら、外壁から飛んでくる味方の氷魔法を視界に入れやすく、尚且つ魔王の切り札を使わせないように立ち回るのが容易になる。
高く飛び上がり、落下速度と死閃脚のスピードを組み合わせるのが重要だと推測される、魔王の死天王命。
オレとリーナが空から魔法を撃っていれば、飛び上がること自体がリスクになる。
制空権を持つ魔法使いを前に、自ら身動きの取りづらい上空に飛ぶなど……自分の首に刃を添えるようなもの。
奴に切り札を使わせず、空から戦場を支配する。
シドニスの作戦の成否は、オレの肩に乗っている。
それにしても……これがいつもリーナが見ていた景色か。魔法使いとして、リーナの強さが突出していた理由がわかる気がする。
「くはははは! 面白い! 雪月と言ったか女! 余と舞踏をのぞ……ぬっ!?」
オレを見上げて口角をあげる魔王の言葉が途切れる。
横から魔王に殴りかかったガラドに気を取られたせいだ。
「おい、こっちも忘れんな」
普段と比べて随分と低い声がガラドの口から飛び出した。
最初の接触時に目の前で騎士を殺されたのもあり、怒りが湧いてきているのだろう。
ガラドの右拳を穿空拳で受け止めた魔王は、さらに上機嫌になり、
「やはり良い! 闘争とはやはり、殺すか殺されるかだ! 刃を互いに向けあうことこそ、戦いの本質!」
と大声で己が歓喜を表現した。
それは……近衛騎士団との戦いを揶揄しているように聞こえた。
盾と矛では戦いにならない。矛と矛で斬り結ぶことこそ正しいのだと。
守るための戦いに身を投じたカタウ団長率いる近衛騎士団には、魔王を殺すつもりも、その手段も無かった。しかしそれを承知の上で、オレたちが必ず魔王を倒すと信じて……時間を作り出すために命を賭して戦ったんだ。
そんな勇気ある彼らを、殺し合いに応じなかった臆病者であると……侮辱しているように聞こえた。
「てめぇ……」
ガラドも同じように受け取ったか。低い唸り声に怒りが乗ってオレにまで届いてくる。
だがオレもそれを短気と諌める資格はない。
「なら、お望み通り……オレの刃を味わえよ!」
なぜならオレたちは、同じ怒りを胸に抱いているから。
今だけはここにシドニスが居なくてよかったと思う。
カタウ団長と交流があったシドニスが、魔王の発言を聞いていたら…… 薄刀の準備も忘れて飛び出していたかもしれない。
ここにはいない勇者に思いを馳せながら、オレは数多の氷魔法を操作する。
氷槍、氷弾、攻撃魔法もさまざまあるが、これだけ氷魔法が集まると壮観ではある。
上空から魔法を雨あられと落とし、魔王を倒すつもりで睨みつける。
「礫ごときに用はない! む……!?」
魔王は飛来する氷魔法を溶かすために、火葬槌から炎を吹き出して相殺しようと試みるが、疑問符が浮かんできた。
そりゃそうだろう。
呪装から作り出された炎の防壁を、難なく突破する氷魔法など、本来あり得るはずがないのだから。
火葬槌の炎を突き破り、全ての氷魔法が魔王に襲いかかる。魔王はそれらを回避し、蹴り砕き、弾いて防ぐ。
だが直前までは炎の壁で全て溶かすつもりだったからか、動きは精細を欠いている。いくつかの攻撃を捌ききれずにわずかに掠らせ、あるいは無理な態勢で避けるのが精一杯といった様子。
そこに届きうるのは、
「フッ!」
ガラドの拳だ。
「ぐ……!」
防御に構えた火葬槌を置き去りに、魔王へ肉薄し突きと蹴りをお見舞いする。
魔王は初撃をなんとか穿空拳で防いだものの、もとより態勢が崩れていたところをガラドが見逃すはずもなく。
間髪入れずに放った蹴りが、魔王の腹に深く突き刺さる。
「ん……!?」
いや違うか。蹴り飛ばされた魔王は着地と同時にオレの氷魔法を細斬華で切り刻んで、動きを再開する。
その姿は、ガラドから聞いていた四天王ナーグの風を使ったダメージ軽減のように見えた。
蹴られる瞬間に突風で自分を後ろに吹き飛ばし、ガラドの蹴りの威力を殺したんだ。
そして魔王の次の行動は……
「ふむ」
オレかリーナを先に倒すことだろう。
一拍の間に空に飛び上がり、オレとリーナの両方を呪装の操作範囲に入れてくる。
魔王の前方にはオレ、後方にはリーナの位置関係。魔王は火葬槌をオレに、細斬華をリーナに差し向けてくる。
だが、
「読めてるわよ!」
それをまんまと喰らうほど、オレたちは間抜けではない。
リーナの展開した障壁魔法が、オレに襲いかかる火葬槌を受け止め、近づく花弁の刃はさらりと回避してみせる。
空中での機動力でリーナに追い縋れる者はいない。少なくともオレにその心当たりはなかった。
そして攻撃が不発に終わっただけでなく、火葬槌と細斬華が自身から離れた魔王はまさに無防備。
回避不可能な空中での状況、オレはニヤリと笑みを浮かべる。
魔王の頭上に影が落ちる。
バッと上を見上げる魔王の視界に映り込むのは、己を貫かんと空から降ってくる、夥しい数の氷魔法たち。
まるで滝に打たれるかのよう。無数の衝突音を響かせながら、魔王は降り注ぐ氷魔法の軍勢に呑み込まれた。
上空から降る雪崩とともに地面に叩きつけられて、魔王の影は氷の破片と地面から舞い上がる土煙に隠れる。
これがシドニスが考えた作戦の全貌。
オレが氷王の両眼で強化した氷魔法で空から攻撃し、ガラドが地上で適宜奇襲をかけ、リーナの防御で盤石にする。
そしてこの作戦を可能にしているのは、スノーブさんが渡してくれた大量の魔力回復薬のおかげだ。
一般兵士や騎士の魔力量はオレたち希望持ちには遠く及ばない。しかし今なお外壁から飛んでくる氷魔法は、まだ止む様子はない。
それは彼らが魔力回復薬を飲んで、交代しながら攻撃魔法を撃っているからだ。そして服用は一日のうちに二本だけ。体への負担を考慮するとこれが限界だ。
商人が託した魔力回復薬が、一般騎士と騎士養成学校の生徒たちの魔力を支えて、彼らの放つ攻撃魔法がオレの元へ馳せ参じる。
魔王を倒す期待が、明日を生きるための希望が……人を繋ぎ、心を繋ぎ、オレの眼前に集約されている。
「……くはは! 良いぞお主ら! 余が血を流すのは幾年ぶりか! 気分が良いのぅ!!」
土煙と氷魔法の残滓を風で吹き飛ばし、魔王が姿を現した。
その体には大きな傷こそ無いものの、小さな傷と出血が確認できた。
あれだけの物量で押し潰したというのに、傷が少なすぎる。穿空拳の風で防御したのだろうか。
とはいえ一つ前進だ。そしてオレたちの攻勢はまだ終わらない。なにせ……
「おかわりはたっぷりあるからな」
外壁からの氷魔法はまだ止んでいない。オレの手札はまだ尽きない。
魔王が不気味な笑みを浮かべてオレを見上げてくる。
オレたちの背には、王都と多くの国民がいる。カタウ団長が託してくれた未来を、絶やすわけにはいかない。
ここがオレたち人類の、最終防衛ラインだ。




