勇気を
「なあシドニス……」
場所は王都東の関所前、オレたちはカタウ団長の助けによってここまで離れることができた。
彼の言葉と表情……そして魔王の桁外れの強さからしても、行動の意図は明白だろう。
『僕らが時間を稼ぐから、魔王を倒す策を考えてくれ』
生き残るつもりのないカタウ団長の、最後の表情が浮かび上がる。あんな顔は初めて見た。
戦いに身を投じる戦士でさえ、誰しも死にたくはない。死ぬ気はなく、明日も生きるに戦うのだ。
けれど彼は、オレたちが魔王を倒すと信じて、生き残る事を捨てて時間を稼ぐための戦いへと赴いた。
彼の思いの全てをオレが推し量ることはできない。
そして勇者パーティの中で、彼と最も接点のあったシドニスの胸中もまた同じ。
王都にある騎士養成学校を首席で卒業したシドニスは、カタウ団長と境遇が似ていることから、在学中すでに何度も会うほど気に入られていたと聞く。その関係性から、「数年後には近衛騎士団長の席をシドニスに譲るつもりである」とも噂されていた。
シドニスにとってカタウ団長は尊敬の対象だっただろうし、信頼できる先輩騎士でもあったんだろう。
シドニスの表情からは、どうにも悲しみが消えてはくれない。
「大丈夫だよみんな……確かに落ち込んでるけど、それは後回しだ。聞いただろう? 王国の未来を託すって。だから僕は……」
関所から王都へ入り、なおも落ち込んだ様子のシドニスはオレたちの顔を順に見つめてから……
パン! と自身の両頬に張り手を喰らわせた。
「よし、行こう! 作戦はもうある程度練ってあるから、騎士団駐留場と騎士養成学校へ」
それはわかりやすく強がりだった。切り替えたように見せてはいるが、内心では複雑な心境を抱えているだろう。
けれど、今のオレたちに落ち込んでいる余裕も、くよくよする暇もない。
今なお、近衛騎士団・第一大隊は魔王を相手に懸命に戦ってくれているはず。
それがどれだけの時間を作り出せるかわからない以上、感傷に浸る暇すら惜しい。
オレたちにはシドニスを慰める余裕がない。そしてカタウ団長の思いを無駄にしないためにできることは、魔王を倒す算段をつけること以外に存在しない。
それをみんなが理解しているから、シドニスの強がりに口を挟む奴はいなかった。
「シド君はどうするつもり? あの異常なまでの魔力量……しかも四天王の呪装を同時に使いこなす魔王を、どうやったら倒せるのか……私には思いつかなかったわ」
「ああオレも同じだ。少なくともオレたち四人がまた真正面からぶつかっても……結果は見えてる。正直お手上げだぞ? 作戦を聞かせてくれ」
リーナとオレが続けて疑問を投げかける。
するとシドニスは、歩きながらオレたちに答えた。
「僕の『薄刀』を使う。あれなら必ず、魔王を殺すことができるからね」
しかしその返答には議論の余地が残った。
「待てよ……それは時間がかかるっつってた切り札だろ? その間、シドニス抜きで魔王を足止めしなきゃなんねえってことになるぜ」
ガラドの疑問は尤もだ。
シドニスの切り札は準備に時間を要する。以前一度だけ見せてもらった時は本気ではなかったものの、実に三分もかかっていた。
魔王を殺し得る威力にするためには、シドニスの持つほぼ全ての魔力を注ぎ込まなければいけないだろう。そうなれば、準備にかかる時間はさらに増える。
近距離でも中距離でも攻防一体である剣王を抜きにして、あの歩く災害のような魔王を押し留めるなど不可能に近い。
いや先ほどの戦いであっても、魔王が遊んでいた事実を含めてなお攻めに転じる隙がなかった。シドニス抜きの三人では、足止めするという作戦ごとねじ伏せられる未来しかない。
しかしシドニスはそれも想定済みと言わんばかりの表情を見せる。
「そうだね。だから騎士と騎士候補に協力を仰ぎに行く。僕は養成学校の前年度卒業生だし、リーナも今年度の卒業生だ。接点はあるから説得は僕らに任せて。そしてこの作戦の要は……」
言いながら、シドニスはリーナ、ガラドに目配せをしたのち……
「君だ。雪月」
オレの目を見てそう告げた。
「オレ?」
そしてオレたちは魔王討伐の準備を開始する。
〜〜〜〜〜〜
「良いぞ羽虫ども! 余興にしては存外に……楽しめるではないか!」
魔王が躍動する。絶望を撒き散らす災害が、意思を持って人に襲いかかっているに等しい状況。災害だけが歓喜に震えていた。
(全く嫌になるよ……これが僕の最後の仕事だなんてさ)
カタウは胸中で一人呟く。そうしている間にも、魔王の猛攻は止まってくれない。
宙を舞う火葬槌と細斬華。魔王の動きをさらに速く、強く進化させる死閃脚と穿空拳。
四天王の呪装の情報は知っているため、なんとか今は対処できているが……時間の問題だろう。
カタウの泡風船は単純な能力だ。泡のように広がり、風船のように弾力を持つ物体を、自在に作り出し操作するというもの。
そしてこの泡は、ただの攻撃では破壊できない。魔力を込めた攻撃でなければ、泡の弾力に押し負けてしまう。
この泡自体に一切の殺傷能力はなく、顔付近に付着させても窒息させることはおろか、呼吸を阻害することさえできない。
だが反面、守るためならば使い勝手のいい能力だ。襲いかかる敵を泡で包み、蹴り飛ばすことで戦闘を回避することも容易。
泡を盾のように使うことで、敵の攻撃を弾くこともできる。
そうしてカタウが敵の注意を引き付けている間に……
「ちっ!」
部下たちが魔法で攻撃する戦法が、近衛騎士団・第一大隊の基本の動き。
そして周囲の部下を攻撃しようと意識を逸らせば、
「フッ!」
今度はカタウの槍が襲いかかる。
泡風船を足裏に作り出し、その弾力を利用して踏み込めば、かなりの速度で突きを放つことが可能。
そしてその速度は、ガラドの獣王邁進の速度に勝るとも劣らない。
カタウの最速の突きを喰らえば、魔王であっても無事では済まない。だから周囲の騎士への攻撃は、カタウに隙を晒すことと同義だ。
「くくく……まるでお主らまとめて一つの生き物のようだ。小賢しいが、同時に素晴らしいぞ。非力ゆえの策謀……非力ゆえの連携」
そんな行動を続けてどれほどの時間が経った頃か……魔王が含み笑いとともに、大きく空を見上げる。
隙だらけのように見えるが、宙を舞う呪装が飛来する魔法を撃ち落とした
「これは余も、全力で応えねばならんなぁ!!」
昂る感情をそのままに、魔王が素早く空へ飛び上がる。
言葉と状況から、危険を感じ取ったカタウはすぐに念話で指示を出す。
『総員集合! 泡の防御が届く位置に来い!』
魔王を取り囲むように配置していた騎士たちが、カタウの近くへ走り出す。
「遅い! 死天王命!」
魔王が細斬華を足場に、地面に向けて飛び込んだ。
目標はもちろん、要であるカタウ。
火葬槌を持つ両手を振りかぶり、巨大な戦鎚から発生する熱を、穿空拳の風が巻き上げる。
死閃脚の速度が威力を押し上げ、舞い飛ぶ熱と風を、細斬華がさらに飾り立てている。
そして刹那ののちに響き渡るは轟音。
高波のように押し寄せる爆炎と爆風が、分厚く形成した泡の防壁を焼き焦がす。
爆風による凄まじい速度に乗った花弁の刃が、さらに泡を切り刻んだ。
カタウと周囲に集まった騎士はなんとか泡で守ることができたが、わずかに遅れた騎士たちの姿が消えてなくなる。
そしてカタウの泡で防御した範囲外は、全て更地になっていた。
(これが巨人の足跡の正体……!)
村を消した魔王の力を、眼前で見せつけられた。
死閃脚の速度、火葬槌の重量と熱、穿空拳の風、そして細斬華の花弁の刃の攻撃範囲。
全てを融合させた一撃だった。間違いなく、魔王の持つ切り札の一つ。
周囲の全てを消し飛ばすほどの大技だというのに、いまだに魔王の周囲を漂う異質な魔力は……衰えを知らない。
なるほど……単独行動に疑問が残っていたが……これほどの力があれば、魔王一人で攻め込むのも納得できてしまう。
今の一撃で何人の騎士が消えたのか、すぐにはわからなかった。少なくとも五人だろうか。
大半の騎士は無事に生き残れたが、カタウが広範囲を守るために泡に注ぎ込んだ魔力量も尋常ではない。
(僕の予想よりも早く……魔王の侵攻が再開されるかもしれない)
そう考えたカタウは、近くにいた最も若い騎士にこのことを勇者パーティに伝えるため、王都に戻るよう指示を出す。
若いといえど選りすぐりの騎士、迷うことなく走り出す。
『魔王を包囲するな、決して私の防御範囲から離れないよう注意しろ』
そして残った部下たちに再度念話で話す。
魔王は走り出す若い騎士を狙わなかった。たとえこの情報を知られても、問題なく全て殺せると思っているんだろう。
そしてその慢心を否定できる材料が、今のカタウには存在しない。
こんな化け物を相手に、あとどれだけ時間を作り出せるのか。自信もなければ確信も持てない。勇者パーティは希望持ち四人の部隊、いわば王国最強の矛だ。
しかしその矛がどれだけ奴に通用するのか……守りに特化したカタウの希望が、魔王の絶望的な力量差を前に竦み上がっているようにすら思えた。
だが決して退くことはできない。
(僕らの背には多くの命が乗っているから)
「ほう……ずいぶんと残ったなぁ。半分は潰せると思っていたが、やはり素晴らしい……!」
魔王が邪悪な笑みを見せつけてくる。
しかし騎士は、後ろを向かない。
「さて……踏ん張ろうか……みんな!」
巨悪に背を向け逃げれば腐る。心の腐敗は魂の死と同義だ。騎士として…‥否、男として許される行為ではない。
そんな魂では、死んだ部下たちに向ける顔がないだろう。
怯えてもいいが背を向けるな。恐れてもいいが目を逸らすな。
騎士の誇りと勇気を胸に、彼らは魔王に立ち向かった。
死してなお己の魂が、同胞に力を託すと信じて。
勇者が魔王を斬り伏せると信じて。




