近衛騎士の覚悟と……
「何者だお主……余の楽しみを奪うなら、殺すぞ……?」
勇者パーティを泡ごと蹴り飛ばしたカタウに、魔王は怒りを露わにしてきた。
「おっと、これはすまないねぇ。僕としては、君に少しばかりの猶予をあげたつもりだったんだけど」
カタウが魔王に語りかける間にも、浮遊する二つの呪装が襲いかかってくる。
だがカタウはこれに対して、すぐに泡で包み込んで事なきを得る。
火葬槌と細斬華が泡を破壊するべく内部で暴れ回るが、一撃では壊れない。
「なるほど、余の眼前に立つ資格はあるようだな。許す、名を名乗れ」
その様子から一定以上の力量を認めた魔王は、怒りを抑えて一転、嬉しそうに名を聞いてきた。
魔族は破壊衝動と殺人衝動を持つ。だが、それはおそらく同種には向かない。でなければ集団を形成するなど不可能だから。
そして強い個体であればあるほど、己の力量と見合った相手を見つけるのは困難。闘争と破壊を至上の喜びとする魔族にとって、希望持ちと対峙することは嬉しいのだろう。
「セルトール王国、近衛騎士団長カタウ。もしも僕らを殺すことができたら、またあの四人と戦うことになるけど……あの子たちの名前も伝えておいた方がいいかな?」
カタウには生きて帰るつもりも、それを可能にする奇跡的な手段もない。
あるのはただ、勇者パーティが魔王を討ち取る作戦を立案し、実行するための時間を稼ぐこと。
「ほう……なかなか気が利くではないか。魔族に生まれていれば、余の配下に加えていたところだ」
どうやら彼らの名を聞くことができなかったのを気にしていたのか。上機嫌な魔王は口の端を吊り上げてカタウを見る。
強者の余裕か。どのみち全て壊し尽くし、殺し尽くすだけのはず。名を聞くのも戯れで、さほど他者の呼び名を気にしている訳でもなさそうに見える。
「剣を持っていた男はシドニス。虎の姿をしていたのがガラド。空を飛んでいた赤い髪の女性はリーナ。そして槍を持っていた水色の髪の子は雪月」
だがこちらの時間稼ぎには気付いていないのか? いや、それほど愚かなわけがない。気付いた上でカタウの思惑に乗ってきているだけだ。
どのみち殺せるから、それが速かろうが遅かろうが構わないのだろう。
さっきの勇者パーティとの攻防ですら、戦いを長く楽しむためにわざと手を抜いている節があった。せっかく自分の出番が来たのだから、すぐに終わらせてはつまらない。
有り余る力がようやく手に入れた玩具を壊してしまわないようにと、細心の注意を払っているようだった。
まだ出会ったばかりではあるが、そういった様子がわかりやすく見て取れる。
「シドニス、ガラド、リーナ、雪月か……ではもう一つ聞いておこう。先ほどの「猶予をあげたつもり」というのは、どのような意図があってのものだ?」
「あー、それはいいけど……どうか怒らないで聞いてほしいなぁ。だって君は……彼ら勇者パーティには絶対に勝てないから」
挑発するために、大袈裟に身振り手振りを見せつけてみる。
しかし魔王はカタウの発言を聞いて、
「余が、勝てない……? ハッハッハッハ! 面白い事を言うのぅカタウとやら。先の闘争において、余が手を抜いていた事……お主が気付いておらぬとは思わぬが……?」
大笑いをしたのち、カタウに疑問を投げかけてくる。
挑発が不発に終わったのは想定通りだが、そろそろ会話に飽きてくる頃かと思ったが、存外魔王は話したがりのようだ。
好都合とばかりにカタウは話を続ける。
「それは彼らも同じさ。まだ彼らにも奥の手があった……それに君もずっと手を抜いていたわけでもないだろう?」
カタウの言葉に、魔王がぴくりと反応する。図星を突かれた時のそれだ。
「雪月ちゃんの氷王の両眼を喰らう瞬間、必死になって炎を撒き散らしていたよねぇ? その王冠を守るために」
再度、魔王の眉が反応する。ついでに彼の表情から笑みが消えて、どんどんと不機嫌な物に変わってゆく。
「その直後に二つの呪装を展開したのも、焦っているのがわかりやすかったよ。「気を抜けば殺されるかもしれない」と考えたから……でしょ?」
「口が過ぎるな路傍の石風情が。よほど死にたいと見える……」
怒りが再燃した魔王が、纏う呪装に魔力を込めた。
時間稼ぎもここらが限界か。精神の乱れ、呼吸の乱れ、動きの乱れは相互に干渉し合う。
怒りを引き出すことができたのは我ながらお手柄だったと、カタウは笑みを浮かべる。
『カタウから近衛騎士団・第一大隊全体へ通達。これより先は死闘となる。生きて帰るというやわな考えは捨てろ』
念話の魔法を使って、周囲で様子を窺っていた騎士たちに伝える。
これがおそらく最後のやり取りになることに、皆が気づいているだろう。
『近衛騎士団長としての最後の命令だ。王国のため、国民のために、そして何より、我らが託した希望のために、ここで命を使いきれ』
そうして、魔王の進撃を止めるための戦いが始まる。
近衛騎士団・第一大隊の誇りと、魔王の怒りが、いま衝突する。




