魔族を従える者
ガラドが前衛、オレとシドニスが中衛、そしてリーナが飛行しながら後衛として機能する。
勇者パーティの定石通りの戦い方。四天王ケルメとオルデムを、一人の死者も出さずに倒した盤石の構え。
「フハハハハ!! 良いぞお主ら! もっと余を楽しませよ!」
しかし魔王はこの布陣をいとも容易く捌いてみせた。
ガラドの接近戦を死閃脚で応戦し、オレとシドニスの中距離からの攻撃や不意を突いた一撃を火葬槌で振り払い、リーナの遠距離からの魔法狙撃は凄まじいスピードで回避する。
言うは易し行うは難し。こっちは四人分の手数だぞ? それを意に介さず、適時的確に対応してきやがる。
魔力量が異常なほど多いのも目を見張るが……何よりこの回避速度、防御速度が厄介極まる。
完全に直撃するかと思った次の瞬間には、もうすでに回避や防御が間に合っている。
そしてそれはおそらく……
「おお、オルデム。よくぞ守った。褒めて遣わす」
呪装そのものによる自動的な防御なんだろう。
完全に魔王の意識外からの攻撃ですら防御してくる呪装。時折り奴の手から離れて自発的に攻撃を受け止めてくる様子には、明らかに本人が介入していない意思が混ざっている。
呪装に対して、元の持ち主である四天王の名前で呼びかけるあたり、それがやつの能力なのだろう。
魔王クローマ。彼の頭部には捻れた角を繋げるように、禍々しい魔力を放つ王冠が鎮座していた。
四天王の呪装を支配下に置いているのは間違いなくあの王冠の形をした呪装の能力だ。
状況から察するに、死んだ魔族の持っていた呪装を使用する能力。レテンの転刀と同じく、直接戦闘型ではなく、特殊能力型の呪装。
使える呪装は四天王の物だけか? まだ火葬槌と死閃脚しか出してはいないが、ナーグとキリアナの呪装も使えるものと考えておくべきか。
ガラドの虎魄とはいくらか印象が違うが、これも絶対防御と言える能力だろう。
わざわざ人の名前で呼ぶからには、呪装に元の持ち主の魂でも宿っているのだろうか。魔王自身の危機察知に加えて、オルデムとケルメの警戒も掻い潜る必要があるとでも言うのか。
戦いの最中、「呪装を一瞬でも使えなくなれば、魔王を出し抜けるのではないか」という結論に至ったオレは、仲間に目配せした。
ガラド、シドニス、リーナも同じ考えにたどり着いたようだ。
オレの氷王の両眼で、王冠を含む三つの呪装、そのどれかを凍り付かせることができれば、呪装の再展開までの間、奴の防御が乱れるのではないか。
目配せはほんの一瞬だったが、みんな一斉に魔王に攻撃を仕掛けた。
ガラドが蹴りを繰り出し、シドニスの魔力剣が突きを放つ。リーナの魔法が空中に軌跡を描き、オレの槍が魔王を貫かんと直進する。
互いの攻撃の隙を補うように、息もつかせぬ矢継ぎ早の連携。当然魔王は防御と回避に専念せざるを得ない。
「良い! これほど愉快な舞踏は久方ぶりだ!」
この連携攻撃はもちろん、オレが氷王の両眼を使うために隙を作り出すのが目的。とはいえオレたち四人の総攻撃を以てしても、魔王の体には届かない。
悔しさを押し隠し魔王の隙を見計らっていると、ついに訪れた絶好のチャンス。
空中にいて、尚且つ注意がオレに向いていない。死閃脚の速度が出せず、回避不可能の瞬間をオレの両眼が捉えた。
(今だ……!)
狙うは王冠、魔王の呪装。やつの戦闘技能の中核を成す要。
回避も防御も不可能。絶対に凍らせる自信が湧き出てくる。
しかしその自信は、瞬きの間に否定されてしまった。
魔王の王冠を凍らせるために氷王の両眼を使う、その刹那の猶予に、火葬槌から炎が吹き出し、魔王の全身を隠してしまう。
結果、オレの希望が凍らせたのは魔王の王冠ではなく、奴の全身を守るように広がった炎だけ。
魔王はすぐさま球体状に凍りついた炎を砕いて、こちらを睨みつけてきた。
「ほう、あやつが危険であると言うのだなキリアナ」
まずいと感じた時、すでにオレは後方に跳んでいた。
そのわずか一秒後、オレの立っていた場所に無数の花弁が舞い上がってくる。
四天王キリアナの呪装、細斬華だ。これで四つ目の呪装。
「ふむ……ではオルデム、キリアナ。思うがままに動いてみよ」
呪装と会話でもしているのか、何事かを思案したのち魔王は火葬槌を手放し、細斬華とともに浮遊させる。
「ケルメ、ナーグ。余とともに参れ」
そして外れて欲しかった予想が的中してしまった。魔王クローマの脚に纏う死閃脚と、腕に纏う穿空拳が、奴の姿を飾り立てる。
絶望とはまさに、この事を言うのか。
どうすればこんな化け物に勝てる? 呪装一つでさえ、魔族四天王の切り札だというのに……それを四つも、自身の王冠を含めれば五つも同時に使っておきながら、魔力切れの兆候さえない。
魔王の魔力量がもはや異次元である事もまた脅威ではあるが、あの呪装はそれぞれに意思が宿っているようで、最適な行動をしてくるのも厄介極まる。
攻撃をしようとすると、横から細斬華が割って入ってくる。それを掻い潜ったとしても火葬槌が襲いかかり、死閃脚による速度で姿を見失い、穿空拳の突きが飛んでくる。
「雪月!!」
「がっ……!」
歩く災害と化した魔王の攻撃を回避しきれず、ついにオレは火葬槌によって殴り飛ばされた。なんとか致命的なダメージを喰らわないようにはできたが、大きく吹き飛ばされてしまう。
その間に、リーナが細斬華に追い立てられる姿が目に映った。
「クソ!」
なんとか射程範囲だったため刃の花弁を凍らせることができたが、魔王はすぐさま細斬華を再展開してしまう。
「ありがとう雪月ちゃん」
「礼なら後にしろ。……つっても、その後があるかもわかんねえが」
無意識に弱音を吐いてしまう。しかしそれも無理のないことだろう。
「シドニス!」
「フッ!」
あの二人でさえ攻めあぐねてしまう魔王の強さに、どう足掻いても勝てる未来が見えやしないのだから。
二人とも直撃こそ喰らっていないが、それも時間の問題だろう。
呪装の再展開さえ苦にしない魔王の魔力量を相手に、持久戦になれば勝ち目は皆無。
とはいえ一気に勝負を決められるような甘い相手ではない。
どころかオレたちが気を抜けば、一瞬で命を落としてしまうほどの力が、魔王にはある。
戦いの中で考えても、考えても結論が出てきてくれなくて、焦りがオレの体を蝕んでくる。
細斬華や火葬槌が魔王と離れて動いているため、何度も氷王の両眼で凍結させるが、その度に再展開されてしまう。
このままではオレの目の方が先に使用限界がきてしまうだろう。呪装の維持や再展開にも魔力が消費されているはずなのに……魔王の魔力には衰えが見られない。
とても個人で持ち得る魔力量ではない。「魔族全ての魔力を奴に集中させている」と言われても信じてしまいそうだ。
攻勢に出られず防戦一方だったオレたちの耳に、一つの声が届いてくる。
「泡風船」
声とともに、オレたちの体を泡が包み込む。
どこからか現れた泡は、風船のように弾力を持ちつつも、槍が当たっても何故か割れることがない。
これは近衛騎士団長カタウの希望だ。と理解した瞬間、オレたち四人は泡に包まれたまま空を飛んでいた。
「君たちに、王国の未来を託すよ」
念話によって聞こえてきた優しい声色には、どこかくたびれた感情と、どうしようもないほどの諦観が込められていた。
「カタウ団長!」
シドニスの声が真横から聞こえてくる。
もはや念話でなければ届かない位置にいることにすら、シドニスは気付いていないのか。
オレたちが見たカタウ団長の顔には、生きることへの諦めと力強い覚悟が見て取れた。
そしてそれがオレたちが目にする……カタウ団長の最後の表情となった。




