朗報
《英雄たちの凱旋、南に平和が訪れる》
オレたちがダボライに着いてから最初に目にした文字はそれだった。
オレたちが氷鷹の大砲で雪の里へ向かった翌日、つまり昨日の朝に出回った新聞の見出しがこれ。
シドニスたちが飛ばされた南の防衛線に、決着が訪れたということだ。
「流石だな。シドニスとリーナが揃ってるなら、安定感が違うぜ」
シドニスの持つ《剣王》と、キリアナの呪装・《細斬華》の性質は似ている。
自在に刃を作り出し操るという点は同じで、違うところといえば形くらいか。剣と花弁という形状の違いはあれど、本質は同じ。
そして同じ土俵に立った瞬間、シドニスの勝ちが確定する。
なぜならあいつの横には、どんな怪我も治してしまうリーナがいるから。
リーナの治癒の翼。治癒魔法の効力上昇と飛行能力を併せ持つ通常の状態では、治療に時間がかかるというデメリットがあるが、実はそれを無くしてしまう形態がある。
リーナはそれを癒しの左翼と呼んでいた。飛行能力を使えなくなる代わりに、治癒魔法の効果が増大し、加えて治療時間も短縮できる状態。
デメリットは上述した飛行能力の使用不可と魔力消費量増加。そして通常状態への切り替え不可だ。一度使えば一定時間この状態が続いてしまう。つまり再び飛行できるまでに時間がかかってしまう。
だがそれを補って余りあるほど、この状態のリーナは凄まじい。なにせあらゆる怪我を一瞬のうちに治してしまうのだから。死んでさえいなければ全てを治す、究極の治癒魔法の使い手と化す。
そんな癒しの左翼を使ったリーナと、中距離制圧で万全の強さを発揮する剣王が連携すれば、この二人に勝てる者などこの世にはいない。
オレたちよりもよっぽど盤石の戦い方で勝利しただろうことが窺える。
あるいはあいつらがオレたちと同様に二手に分かれていたとしても、シドニスがキリアナに負けるような姿など想像できない。
近づいたとしても研ぎ澄まされた剣技があり、離れたとしてもシドニスの思うがままに刃を振るう魔力剣がある。
条件としては同じはずなのに、どう足掻いてもキリアナの細斬華で互角以上に渡り合うことは不可能に思えてしまう。
その理由は、明確に存在する両者の力量差。オレは一度だけキリアナと対峙したことがある。
当時のオレから見て遥かに格上だったというのは承知の上で、それでもあの女の力量がシドニスを上回っているとは感じなかった。
希望持ちのオレたちを率いるリーダー。異能を持って生まれ、英雄と呼ばれるに相応しい力を見せるオレたち。
その中で唯一、勇者という肩書きを与えられた男は、輪をかけて特別だ。
たとえば生き物の強さに序列を付けたとして、その頂点にいるのがシドニスだ。ガラドが二番手で三位争いはオレとリーナ。
オレの知る人の中でという注釈こそ付いてしまうものの、この順位に異を唱える人は少ないだろう。
もちろん龍神様は除外した上での評価だ。彼女の体に巡っているのが魔力でなく神気であるからか、その実力は底知れない。
ともかく、そんなシドニスとリーナが勝利するのはもはや当然とも思えた。結果を見るまでの間に不安が少しも湧いてこないほどに、すべからくこうなるべきだという感想しか出てこない。
「お? 新聞か、なんて書いてあんだよ。読んでくれ雪月」
離れた仲間に思いを馳せていると、横からガラドが近づいてきて、紙面を覗き込んでくる。
『俺、お前が好きだ』
つい先ほどのガラドの発言を思い出してしまう。それはオレの心を大きく揺り動かすには充分すぎる燃料だった。
「だっ!? おあ……ち、近えよ……」
「近づいたら、なんかダメなのかよ?」
するとガラドはあの時のオレと同じ言葉を口にした。意趣返しのつもりなのか、歯を見せて笑い、オレの目を真っ直ぐに見つめてくる。
なんでこいつは……こんな普段通りみたいな態度ができるんだ。あんな……あ、愛の告白をした直後のくせに、いつも通りなのが意味わかんねえ。
(こっちは狭まる喉を強引に広げて、たった一言を捻り出すのが精一杯だってのに……)
なに考えてるんだ。ガラドはオレをどうしたいんだ?
いや違うか。オレをどうこうしたいとかじゃなく、あの言葉をオレに伝えるのがガラドの目的だったのかも。
だとしたらこの態度にも納得できる。なんせ目的を遂げた後だ。達成感で清々しい気持ちになってたっておかしくねえ。
……とはいえ、オレがこんだけ心を乱されているのに、ガラドはすっきりした表情をしているのは不平等だろ。なんかムカつく。
なのでオレもほんの少しだけ、仕返しをすることにした。
「おらっ……!」
無防備にオレに近づいていたガラドの背中に手を回し、軽く抱きついてみる。
「なっ! なにしてんだ!?」
ガラドが驚きのあまり声を上げるが、オレは姿勢を固定する。
振り解くのは簡単だろうがなにせ、す……好きな女からの抱擁だ。理性と本能がせめぎ合うはず。……たぶん。
互いの顔が真横にあって表情こそ見えないが、鼓動が肌を伝ってくるほどに密着している。
ガラドの心拍数が上昇して、居場所のない両手が空中でわなわなと所在なさげに蠢いているのを感じ取った。
ドギマギしているのが手に取るようにわかる。それによってオレの不満が解消されていく。
(オレをからかうから反撃されるんだ。いい気味だぜ)
顔を見るまでもなく動揺しているだろうガラドの様子に気を良くしたオレは、そろそろいいだろうと思い手を離して一歩下がった。
瞬間、第三者の声がオレたちの間に割って入る。
「ちょいとあんたら、ちちくり合うなら他所でやっとくれ」
料理人のおばちゃんの声だった。
「ちちくりっ……!? そ、そんなんじゃないです!」
とんでもない発言に動揺しつつ訂正し、オレは彼女の方を向く。
「それにしても、記憶が元通りになって良かったねぇ」
ダボライに着いたオレたちはガラドの記憶喪失を知っている人に、それが解決した事を伝えて回っていた。
「おばちゃんの栄養たっぷりの飯が効いたのかもな」
いつの間にやら落ち着いていたガラドが、冗談混じりにおばちゃんに話しかける。
「おや、褒めても美味しい料理しか出てこないよ!」
談笑しながらある程度のことの顛末を伝えて、料理屋を後にした。
それからガラドを治療してくれた男性と、ダボライの領主様にも事情を説明し終えて、オレたちは二、三日ぶりにどデカい大砲を見上げていた。




