故郷から
翌日、オレたちは何事もなく雪の里から出発する準備をしていた。
滞在日数は二泊三日のはずなのに、色んなことが起こったせいでもっと長かった気がする。
南の防衛線へ飛ばされたシドニスたちの情報もそろそろ出ていてもおかしくはないし、王都に戻るとしても最速の移動方法、氷鷹の大砲を利用しない手はない。
情報を得るにせよ、移動手段を確保するにせよ、一旦ダボライへ戻るのが手っ取り早いだろう。
出立の前にせめて別れの言葉くらいはと思い、雪おばあちゃんのところへ向かった。
……けれど、おばあちゃんの発言は短く、
「言葉は要らないわ。いってらっしゃい、雪月ちゃん」
だけだった。
長々と話すつもりもなかったし、好都合と言えばそうなんだが、オレの胸に広がったのは困惑だった。
昨日色んな女性と話をして、リーナに対しても思ったがやはり女性はおしゃべりが好きなんだなと、再確認したばかりだったのも大きい。
そしてそんな困惑を塗りつぶすように後から湧いてきたのは、かっこいいなという感想だった。
長ったらしい言葉は要らない。ただオレを信じて送り出してくれた。そんな雪おばあちゃんのことを、かっこいいと感じていた。
「なんか嬉しそうだな雪月。よし、そんじゃあ行くか!」
「ああ!」
そうしてオレたちは、雪の里を後にした。
〜〜〜〜〜〜
「良いとこだったな雪月。飯は美味えし、温泉も最高だったぜ」
「だな。でもガラドにとっちゃあ少し寒かったんじゃねえか?」
大砲では一瞬だった道のりを逆向きに進みつつダボライを目指す中、走りながら会話する。闘気術で身体能力を強化した二人の戦士は、はたから見れば風のような速さだろう。
「あれくらいで寒いとか、弱音吐けるかよ」
「寒いのは否定しねぇのかよ」
会話する最中も足は止めず整備された道を、あるいはそうじゃない道を駆け抜ける。
「そこで強がるのも変だろ?」
「そりゃそうだ」
いつものように、軽い言葉を交わして進む。
思い返せばいつもこうだった。ガキの頃からずっと。
「シドニスもきっと気に入るだろうな」
「だな。でもリーナは「寒すぎるわよ!」って文句言いそうだ」
気分が良い。会話一つすら、価値ある宝石のように思えてしまう。
「そういやあっちはどうなってるか……」
「それを確かめるためにダボライに戻るんだろ? まあ十中八九無事だろうけどな」
このままだと、口が滑って余計なことを言ってしまいそうだ。
「二人きりなら、なんか進展あってもいいんじゃねえか? ってことだ」
「なんだそういう意味かよ。そうだな……なんも進展してなかったら、あの温泉にあいつらをぶち込むか? 心も体も裸になりゃ、流石になんか起きるだろ」
余計なこと? いやそうじゃない。
目を逸らすな、余計なことなんかじゃない。伝えるべきは、これ以外にあり得ないだろ。
「なあ雪月」
「どうしたガラド?」
男の俺が言うべきだ。
「俺、お前が好きだ」
「あぇ……?」
困惑、驚愕、そして思考停止。
一瞬のうちに目まぐるしく感情を変えた雪月は盛大に足をもつらせ、何度かのバウンドを挟みつつ五回転を経て地面に倒れた。
「おわー!? だ、大丈夫か!?」
見たことのない回転攻撃を地面に向かって繰り出した雪月は、傷ひとつない顔面をガバッと持ち上げながら、急停止した俺の方を見つめる。
傷のない様子から(闘気術の賜物だな)なんて思っていると、大きな声が鼓膜を直撃する。
「なんっ!? な、おま……そん、あ……えっと、どどどどどういう意味ですか!?」
困惑のあまり俺に対して敬語になってる。初めて見たなこんな雪月。
「そのまんま、俺はお前の事を異性として好きって話だ」
なるべく平静を装いつつ、俺は雪月に返事をする。
慌てるようなカッコ悪いところを見せたくない。驚いている雪月を安心させたい。そんな思いからどうにか冷静に言葉を発してみた。
「がっ……!?」
……んだが、雪月の胸中はいまだに驚きや困惑で埋め尽くされているようで、安心させるには至らなかった。
「昨日の言い方じゃあ、ちゃんと伝わらねえかと思ってよ。しっかり言っとくことにした」
とりあえず、当初の目的としてある「曖昧な言い方じゃなく、明確に気持ちを伝える」ことに焦点を合わせる。
「だっ!? あぅ……そ、れって……」
雪月の言葉こそ要領を得ないものの、目は口ほどに物を言う。そこに浮かぶ感情には、一切の拒絶や嫌悪は見られなかった。
無防備に近寄るなと言った直後に俺の背に肌を触れさせてきた時から、なんとなく気付いてはいたが……たぶん俺たちの気持ちは同じだと思う。言葉にしなくてもある程度わかるほど、雪月の態度や言動はわかりやすかった。
いまはただ、それで充分だ。
「別に今すぐ返事しろって話じゃねえ。ただ……ずっと胸の奥にしまっておくには、この気持ちはデカすぎる。だから伝えた。それだけだ」
まともに言葉が出てこない様子の雪月に無理に返事を求めるほど、俺は急いでるわけじゃない。
「ほら、早くダボライに向かうぞ」
「……お、おう……」
言葉少なに俺の後ろをついてくる姿に、幼い頃の面影が重なる。
その様子に、言い表せないほどむず痒いような、途轍もなく嬉しいような感情が込み上げてきて……俺の足に自然と力が入る。
それから俺たちは再度、風のような速さで走り出した。




