他人の恋路に踏み入るやつは
牙王熊。それは大きな熊の姿をした魔物の名前だ。
体長十メートルを超える巨大な魔物。大昔には森の神とすら言われていた、恐怖や畏怖の対象。
魔物とは、通常の動植物が他の個体よりも魔力を多く持って生まれた者。あるいはその個体から繁殖したもの。
だから元となった生き物の要素を持ち、そのまま巨大化させたものが多い。
巨兎が良い例だろう。そして魔物は、元となった生物を捕食せず、そのまま繁殖が可能だったりする……らしい。
巨兎のメスと、普通のオス兎でも、生まれてくるのは巨兎になる。
また魔物となった生物は、同種や類似種を保護しようとする性質が強く、魔法を使える個体もいる。
多くの魔物は、既存の動植物と共存しており、その生態系を壊してしまう存在ではない。
つまり住処となる場所を荒らしたりせず、自然に溶け込み、わざわざ人里に降りてくることもない。
そして人間目線で大体の魔物は、危険性に関してはそれほどでもない。他の生き物より大きく、たまに魔法を使う奴がいるよねという程度。
もちろんナワバリに入ればその限りではないが。
ではなぜ、昔の話ではあるが……森の神と言われ畏怖されていた牙王熊が、ことわざに登場するのか。
それは牙王熊が、好んで人を狙って捕食するからである。
ことわざだけではなく、実はお伽話の怪物としても登場するのだが……それは牙王熊の人を狙う性質と危険性を後世に伝えるため……だという。
原理はいまだにわかっていない。
二足歩行で茂みから顔を出すことの多い人間が、たまたま見えやすいだけではないか……とか。牙王熊の巨体を、他の生き物を喰らうだけで満たせるとは思えないから、人里に降りてくることが多いのではないか……とか。
それっぽい理由こそあれど、決定的なものはない。
他人の恋路に踏み入るやつは、グラゴモスに食われて死んでしまえ。ということわざは、その恐怖と危険性を伝えるために生まれたものなのだ。
ではそれが、現代の戦闘技術を持つ兵士に通用するほどの脅威かというと……
「「フンッ!」」
ご覧の通り、瞬殺である。
オレは殺意を槍に乗せながら、牙王熊の頭部をめがけて乱暴に突き刺し絶命させる。
牙王熊は、鍛錬を積んだ兵士であれば、それほど恐れる必要のない魔物ではある。
まあ……新米兵士には荷が重いが、中堅兵士なら文句を言いつつ処理できる程度、といったところか。
オレたち希望持ちには語るべくもない。
とはいえ一般人からすれば脅威であるのは事実だし、他の生物を圧倒する強さも本物。牙を持つ王と称されるのは伊達ではない。
そのため、おそらくだが他の生き物も、牙王熊から隠れたり逃げたりする術を持っているのだろう。
でなければ人里に降りてくるのは周囲の生き物を全て食い殺した後、ということになり生態系は破壊される。
しかし現在に至るまで、生態系の破壊という事例は確認されていない。
他の生き物が上手く逃げているのか。とも思うが、そもそも巨体に見合う肉を喰らうために、小さな獣などには目もくれないのかもしれない。
じっくり観察したこともないので、ただの予想ではあるが、可能性としてはあり得そうだ。
「さて戻るか」
「……だな」
周囲を確認して、牙王熊や通常の熊がいないことを認めたオレたちは、踵を返して里へ帰ることにした。
魔物であっても動物の範疇。毛皮も肉も金になる。
オレたちは手分けして、血を抜いてからグランドバッグに詰め込んだ。
今回は2体、オレたちのグランドバッグに詰め込んだ。ちなみにどちらも重量上限に届きうる大きさだった。おそらく番の牙王熊、悪いが雪の里の肥やしとなってもらおう。
他の魔物は基本放置だが、こいつらは危険性と活動範囲を考慮して、発見し次第、狩ることを推奨されている。もちろん地域や国を問わず、である。
「流石ですねお二人とも。まさかこんなにも早く狩ってしまうとは」
賞賛を交えつつ狩人の男性は、雪の里の男衆へ牙王熊の肉を預けて話を続けた。
大型の魔物を狩った場合は、里の皆に盛大に肉が振舞われるので、ぜひお二方も。と良い笑顔で言い切った狩人。
断る理由もないオレたちはその場で快諾した。
そして数時間後。
雪の里のほぼ中心、広場に置かれた多くのテーブルに、所狭しと置かれた肉料理。
龍神様の作り出した、不壊の蒼花を見上げる場所で、宴会が催されている。
すでに多くの人が集まり、昨日のようにガラドへ集う男たち。
そして今日はオレの周りにも女性が集まっていた。
娯楽に飢えた田舎の人々。やはり噂の勇者パーティの一員と聞いて、いてもたってもいられなくなった……というところか。
勇者シドニスのことや、聖女リーナはどんな人物か、など質問の内容はやはり想像通りではあった。
他にも、どんな闘いを経験してきたかとか、先の北方防衛戦での出来事にも触れてきたり、騒がしいとまでは言わないまでも、女性陣も興奮気味なのが見てわかる。
そこでふと、あいつはどんなことを話しているのか気になり、ガラドを中心にした男性集団へと視線を移す。
ガハハと大きな笑い声が聞こえ、酒気で顔を赤くしている人も多く、ガラドもそのうちの一人になっていた。
あいつはかなり酒に強い。飲むのは好きだが、酔い潰れているところなど見たことがない。獣人族は総じて酒を分解する能力が高く、種族的に酒豪であるのも関係しているだろう。
虎なのにウワバミ、というわけだ。
なんてことを考えていると、女性陣の中から声が飛んでくる。
「ガラドさんと雪月さんって、恋人同士なんですかー?」
不意に脳天を直撃する言葉に、思わず口の中のお酒を吹き出してしまいそうになる。
「んなっ……!?」
なんとか飲み込みつつ、今まで聞いたことのないタイプの質問に戸惑っていると、音の発生源から次々に声がかけられる。
「その反応……!」
「やはり……!」
「恋バナの時間だオラァ!」
最初に質問してきたオレと同い年くらいの女性と、その周囲にいた友人たちがオレに近づいてくる。
中には獣人族の女性も混ざっており、素早く飛び出してくる。油断していたオレはすぐに包囲されてしまった。
クソ、まさかただの楽しい宴会が、戦場に早変わりするなんて。
驚愕しつつ、オレを囲んでいる女性四人を順番に見やると、不敵な笑い声が耳に届いた。
「ふふふ……ちょっとした探りをあんなに素直に反応しちゃうなんて、恋愛ど素人? 可愛いですね。私たちは人呼んで、恋愛狩人」
「恋バナに飢えた私たちの前で、迂闊に女の顔を見せたのが運の尽き」
「さっきの熱視線が何よりの証拠! さあ、あたしたちに聞かせて? あなたの恋のメモリーを!」
恋愛狩人と名乗った四人組がオレを囲んだまま、興奮気味に近づいてくる。
少し離れたところからオレたちを見ている女性陣も「助けようか……いやでも気になるし……」といった様子で、助け舟を期待するのは無駄だろう。
無理やり逃げることも可能だが、それをしたところでオレの胸の炎は消えはしない。
むしろこれだけ女性がいるんだ。恋心に振り回されているオレの現状を打破するヒントを、誰かが出してくれるかもしれない。
耳年増な彼女たちに背を向けるより、氷奈さんとの会話のように助言を引き出せれば……と考えつつ、オレは口を開いた。
「わかったから座ってくれ。ええと……」




