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気付く・下

「んで……俺は雪月ゆづきの事を女として見ちまってるから、信頼すんのはいいけど……無防備に近づくなよって事を言いたかったんだ」


 胸に宿る炎が『恋』と呼ばれる感情だと理解した瞬間、身を焦がすような熱量が、焼き尽くすような熱さが、オレの体を動かした。


 背中合わせに湯に浸かる二人。

 オレとガラドをわずかに隔てる隙間を、スッと近づき埋めてしまう。


 必然、密着する二人の背中が、互いの体温を分け合う。

 筋肉質で大きな背中、ガラドの体温を肌が伝えてくると同時に、慌てた声が響いてきた。


「まあ雪月ゆづきからしたらキメェかもしれねえが……おっ、おい!? だから無防備に近づくなって……」

「近づいたら、なにかダメなのか……?」


 ガラドの「近づくな」は、オレを思っての警告。

 本心の吐露。胸中を打ち明けた、偽らざる本音だ。


 だからオレも、同じく言葉で伝えないと。


「ダメっつーか……」

 ガラドの声にはまだ、困惑が受け取れた。


 けれどガラドはオレと背を合わせたまま、離れようとしない。きっと……たぶん、オレと同じ感情を抱いているから。


 言葉で今の想いを伝えたい。それは本当だ。

 しかし待てど暮らせど、オレの喉は音を通してくれなかった。


 いったいなんと言えばいい? オレも同じ気持ちだ、と伝えてしまえばそれはもう愛の告白だろう。

 それとも昨日から目まぐるしく動き続けるオレの心境を、ガラドにならって吐露すればいいのだろうか。


 それもまた、愛の告白に相違ない。

 なにを口走っても、今のオレの口から飛び出す言葉は全て、ガラドへのラブレターにしか成り得ない。


 結論に行き着いた途端に、オレの発声器官はその役割を忘れてしまい、二人の間に沈黙が横たわる。


 動いてくれない口と喉の不甲斐なさに、我が体ながら情けなく思っていると、ハッと気付く。

 オレとガラドは今、同じ空間で背中を触れ合う距離で座っている。


 自分の胸に手を当てると当然、バクバクと高鳴る心臓の音が自覚できた。

 オレの体を、血管どころか骨に至るまで振動させている爆音の鼓動。


 人並外れて感覚の鋭いガラドの聴覚は、オレの胸の高鳴りが聞こえてしまっているのではないか。


 確証はない、だがあり得ない話ではない。そう感じたオレは、背後にいるガラドへとゆっくり視線を動かしてみた。


 するとそこには、ピクピクと動いて周囲の音を聞き取ろうとする、虎の耳があった。

「!!??」


 声にならない声とはまさにこの事か。と、どこか冷静な自分の判断に脳内で文句を言いつつ、オレはバッと立ち上がる。


 体に纏う湯をザバァと音を立てて振り落とし、一歩、また一歩と後退りした。

「き……聞こえてた、のか……? お、オレの心臓の音……」


 しかしまだ確定情報ではない。オレは一縷の望みをかけてガラドに問う。

 固唾を飲んでガラドの背と後頭部を見つめていると……


 首を縦に振った。


「あっ、なっ……!?」

 目は口ほどに物を言う、とは昔の言葉だったか。

 これもまた似たような話になってしまうのかもしれない。


 オレの口がどれだけ沈黙しようとも、オレの鼓動はなによりも有弁だったということ。

 聞かれてしまった、当の本人に。


 ガラドを想って暴れ回る心臓の音が、丸聞こえだったのだ。

 オレの心をかき乱すこれは、羞恥か困惑か、あるいは自身への怒りか。


 いや、不甲斐ない口が黙り続けていたせいで、鼓動が心中を打ち明けようとしてしまったのではないか。

 オレの心に広がり続けた恋という感情が、ガラドに気付いてほしくて心臓の中で暴れたようにすら思えてきた。


 足がまた、昨日と同じく逃げ出そうとしてしまう。

 しかしそれでは同じ轍を踏むだけ。向き合うこととは程遠い。


(そうだ、だからこれは……逃走じゃない。戦略的撤退だ!)

 なのでオレは苦しい言い訳をしつつ、ガラドから離れる事にした。


 ガラドはオレを女として意識していると白状した。その直後に、オレは自らガラドの背中に肌を触れさせた。

 だけに飽き足らず、オレの暴れ出した心拍音まで聞かれてしまったとなれば、ガラドがオレの本心を察する程度わけないだろう。


 ガラドは無遠慮な性格だが、無神経というわけではない。頭が悪いわけではないし、むしろ鋭く的を射た発言をすることさえあった。


 もうきっと、気付かれてしまっただろう。オレの胸に広がる炎の正体に。けれどそれを嫌だとは思わない。


 それが問題なんだ。


 ガラドは本心を白状した。

 オレは恋心を悟られる行動をしてしまった。


 そしてそれらを理解した上で、オレはガラドに一切の不満も嫌悪感もない。

 まあ好きな相手だから当然といえば当然だけど。つうか好きな相手とかはっきり言うと、心臓ぶっ壊れそうになるな。


 問題はオレたちが今、裸でいること。そしてオレのこの熱がどんどん上昇していることだ。

 これ以上ガラドと同じ空間にいてしまえば、なにかとんでもない行動を起こしてしまう気がする。


 ガラドがオレに気を遣っているのはわかっている。

 オレの裸を見ないようにしてくれているし、女として意識していると白状した後も、オレの行動を受け入れてくれた。


 そんな現状を利用して少しだけ、ほんの一瞬だけだが……抱きついてしまおうかと考えてしまった。

 でもそんなことは絶対にしちゃダメだろ。


 相手がこちらに気を配っているからと、自分のしたい事を強行するのは卑怯だ。


 とにかく、これ以上はまずい。

 オレの感情にまだブレーキが効くうちに離れないと、暴走する感情のままになにをしでかすかわかったもんじゃない。


 風呂場から脱衣所へと向かう。たったそれだけの短い移動距離が、なぜだかとても長く感じた。

 チラッとガラドの方を見ると、まだ背中を向けたまま湯に浸かり、オレが出るまで動かないという意思を感じ取る。


 名残惜しそうに風呂場を見つめるオレの眼球を、まだこの場にいたいと騒ぎ続けるオレの恋心を、無理やり押さえつけて脱衣所へと繋がる扉に手をかける。


 大きな音を響かせて、オレは風呂場を後にした。



 ガラドになにも言わずに出てきてしまった。嫌な気分にさせてはいないだろうか。

 自ら望んで触れてしまった。暴れ回る心臓の音を聞かれてしまった。


 間違いなく、もう誤魔化せないほど明確に、ガラドはオレの恋心を知ってしまっただろう。


 けれどそれは嫌じゃない。知られて良かったとすら思ってしまっている。

 言葉で伝えず、行動を以て相手に察してもらうのが少しばかりズルかったかと考えてしまうが、どうにも口が動いてくれなかったせいでもあるだろう。


 色んな事が頭の中で巡り続け、胸中で言い訳をしたりと忙しなく動き回る感情に振り回されている。


 おかげで体を拭くのにも、服を着替えるのにも手間取ってしまった。

 どうにか支度を終えて、脱衣所から出ようとしたその瞬間。


 ガラララ。

 と扉の開く音が響き渡る。


 それは風呂場と脱衣所を繋ぐ扉。

 そしてオレが触っていない以上、その音を発生させたのはガラドしかいなくて……


「あっ」「えっ」

 二人同時に声が出る。

 互いに想定外だったためか、硬直と沈黙が互いの反応となった。


 ガラドとしては、オレがこんなに手間取っているとは思っていなかったんだろう。

 全裸のガラドと目が合ってしまい、気まずさから無意識に目を伏せてしまった。


 そう、目線を下げてしまった。

 順番にオレの目に映ったのは、太く逞しい首筋。大きく角ばった胸板。見事に分かれていて、鍛えられているのがありありと見える腹筋。


 そしてそのさらに下。ガラドの腰の正面側には……


 雄々しく屹立した、勇ましいドラゴンが存在感を主張していた。


「ぎゃーーーー!!??」

「どわーーーー!!??」



 オレたちの悲鳴が響き渡る。


『一緒にしないでほしいものです……』

 巨大な白龍のため息が、二人に聞こえることはなかった。

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