不眠
(……って寝れるかぁ!)
かれこれ小一時間、オレはベッドの中で寝返りを打ったり体勢を変えたりしてみたが、一向に訪れる気配のない睡魔。
ガラドの言動を契機に湧き上がる謎の感情が、オレの睡眠を邪魔している。
こんなに心拍数が高くて、眠りにつけるわけがない。
(クソ……こういう時は、いっそ起きちまうか)
このまま寝転がっているのも意味がないように思えて、オレはベッドからゆっくりと立ち上がる。
隣のベッドを見やると、ガラドが気持ち良さそうに眠っている様子が視界に入る。
「チッ……こっちの気も知らねえで……」
小さな不満を漏らしつつその寝顔を見つめていると、氷奈さんの言葉が脳裏によぎる。
『自分の心と向き合って初めて、その想いの名前に行きつくの』
あまりにも突然で未知の感情に、風呂場では逃げ出してしまったけど。
これと向き合わなければ、ずっとわからないままだ。
落ち着かないのは今も同じ。燃えるような、溶けるような熱をはらんだこの感情は、今もなお勢いを保ってオレの全身を焼き続けている。
今も気を抜いたら、足が勝手に逃げ出してしまいそうだ。
でもそれじゃダメなんだ。オレはこの想いと真正面から向き合うと決めたのだから。
「……とはいえ、どうするか」
ガラドに抱くこの感情が憧れなら、オレはその強さに追いつくまで努力すればいいだろう。
もし怒りなら、大声で叫んだりケンカをすればスッキリするかもしれない。
感情とはなんらかの言動によって満たされるもの。感情と行動は相互に干渉しあうものだ。
(……ならこの想いは、どんな行動で満たされるのか)
風呂場から逃げ出した時は、この想いは消えてくれなかった。
つまり逃走はこの感情に必要な行動ではなかったということ。なら別の行動をするべきか。
想いの強さはこれまでに感じたことがないほどの熱量で、心が焦げて炭になるかと思うほどだった。
けれどこの火は、今もなおオレの胸に居座り続けて、指先までその熱さを届けてくる。
なんとも傍迷惑な想いだ。それのせいでガラドの顔もまともに見れなくなってしまった。
これはどんな想いで、どんな行動を必要としているのか。
知らない、わからない。だからできることを試していくしかないだろう。
握手、ハイタッチなどは友情を確かめるための行為になるだろう。
親子間での抱擁は、愛情を確かめるために行いになり得る。
つまり他者との接触が、感情において良いはたらきをする場合は多い。
(もしそうなら……)
思考が弾き出した結論を元に、オレはガラドの右手に手を伸ばす。
掛け布団からはみ出したガラドの右手は、力が入っていないことを証明するように開かれていて、オレの手はすっぽりとおさまった。
いつもの事だ。ガラドと握手をしたりハイタッチをするなんて、特別意識するような事じゃない。
(ただ手に触れるだけ、それだけだ……)
そのはずだった。
しかしガラドの手を握った刹那、ドクンッ! と心拍数が跳ね上がる。
まるで心臓が胸を突き破って飛び出てしまったかと思うほど、急激に想いが増幅する。
「……!?」
驚きのあまり声が出ないまま、オレはバッと手を離して後退りする。
相も変わらず胸の中には火が灯ったまま、心拍数は高くて、そして心は落ち着かない。
なのに、どこか満たされた感覚がする。
決定的だ。この想いは……ガラドとの接触を必要としているということ。
心の奥底から湧き上がる充足感がそれを証明した。
向き合うことの第一歩といったところだが、今はそれを知られただけで良かったと思おう。
心のどこかではまだ握手をしたいと考えているが、それはなんだか良くない気がして、オレはベッドに潜り込む。
満たされたことでいつの間にか心拍数は落ち着き、燃え上がる熱は体から消えている気がした。
今ならたぶん、眠りにつけるだろう。
落ち着かなかった心は穏やかになり、オレの体は疲れを思い出したように眠りへと誘われる。
そうしてオレはガラドに抱く謎の感情とともに、夜を乗り越えたのだった。




