女同士、二人で
「飯も美味えな、雪月」
「あー、そうだな」
その後、なんとか普段のオレを取り戻し、二人で夕食を食べている。
龍神様との会話の最中は気にしてなかったが、空にはもう月が昇り、星が小さく主張していた。
(いや、ガラドの心の中に入ってた時間が長かった……って可能性もあるか……)
とはいえ眠っていた間のことなどわかるわけもないし、オレはそこで時間経過について、考えるのをやめておく。
ここは宿の隣に建つ食堂。宿泊施設とは短い廊下で繋がっており、周囲にはオレたちと同じく料理に舌鼓を打つ人の姿も多い。
どうやら里の人にも人気の食堂のようだ。
雪人族に見える人や、嫁入り婿入りで来たであろう他種族の人も、その見た目は千差万別。
しかし見た目の違いとは裏腹に、皆一様に同じ表情をしていた。
オレたちに注がれる、興味に染まった目だ。
まあ勇者パーティが注目されるのは今に始まったことじゃない。
というか慣れた状況だ。いつものことだし。
なんならこの注目のおかげで、さっきの謎の感情を抑えることができるから、居心地が良いとすら言える。
しばらくして夕食を食べ終えたら、オレたちに話しかけてくる声が二つ、鼓膜の門を叩いた。
「なあ兄ちゃん。あんた勇者パーティのガラドだよな? ちょっと話を聞かしてくれよ」
「こんな辺鄙なとこじゃ、娯楽ってのが少なくてね。話し相手になってくれるかい?」
それはどうやらガラドに向けての言葉らしく、それを聞いたガラドは、
「お、良いぜおっちゃん! 雪月、ちょっと行ってくるわ」
と元気に返事をして、席を離れる。
少し離れたところで座ると、瞬く間に人が集まりガラドを中心にして、人の塊が形成された。
「これじゃ宴会だぜ……」
それを横目に見つつ、ため息と共に呟く。
「ふふふ、男の人はいつまで経っても、子どもの心を忘れないんです」
すると今度は、オレの方に近づいてくる足音。
穏やかな声、静かな足取り。その女性の顔は見覚えのあるもので、なんとか記憶を辿って言葉を捻り出す。
「あ、門番の奥さんの……」
「あら、少し会っただけなのに覚えててくれたの? 正解です。ちゃんと話すのは初めましてですね。私は氷奈。よろしくね雪月ちゃん」
今朝、雪の里に到着した直後に、雪おばあちゃんを連れてきてくれた奥さんだった。
「はじめまして、氷奈さん。オレの名前はもう知ってるんですか?」
まだ名乗ってもいないのに、と一瞬だけ考えたが、そういえば門番の男性も、雪月って名前だけは知っていたなと思い出す。
「はい、雪おばあちゃんから名前は聞いてますから」
オレより少し年上に見える氷奈さんは、笑みを浮かべて頷いた。
「というか里にいる人はみんな雪月ちゃんの名前は知ってますよ。雪人族の誇りだ、ってみんな言ってます」
そこまで聞いて、そういえば氷奈さんの隣には、旦那さんの姿がないことに気付く。
「ああ、あの人ならあっちの人混みの方です。せっかくだし、私たちもおしゃべりしませんか?」
優しい雰囲気を纏った氷奈さんの提案に、オレは乗ってみることにした。
それに、それほど年齢が離れてなさそうな彼女になら、さっきのことも話しやすいだろう。
そうした打算的な部分もありつつ、オレは氷奈さんに話し始めた。
「……それで、逃げるように風呂場から出てきたんです」
ガラドに関するある程度の話を終え、さっきの風呂場での出来事も簡単に伝えてみる。
「そ、それで、結婚してる人なら……この、よくわかんない感情も知ってるんじゃないかって……」
つい先ほどの燃えるような、焦げ付くような感情を思い出し、落ち着かない心をなんとか抑え込んで、氷奈さんに質問をした。
わずかな羞恥から下げていた目線を上げて、彼女の方を見ると……
「あらーまー、どうしましょう。これが恋愛相談? なんだか私までソワソワしちゃうわ。っていけない、年上の私がしっかりしないと、雪月ちゃんが不安になるわよね」
話すスピードこそゆっくりおっとりとしているが、なんだか興奮した様子の氷奈さん。
ぶつぶつと小声で何か言っていたと思ったら、オレの目を見て姿勢を正す。
「そう……確かに私もそういう感情を知っています。けれどこういうものはね? 自分の心と向き合って初めて、その想いの名前に行きつくの」
「向き合う……」
「ええ、たとえばその想いを、誰かに友情だって言われたら……納得できる?」
それは絶対に違うと断言できる。あれはそういう爽やかで気持ちのいい感情じゃなかった。
「できません……たぶん」
けれどこの感情のことを知らないから、断言できるはずの語尾が不安に包まれる。
「でしょう? だから初めての想いに戸惑っている雪月ちゃんに、私があれこれ言っても仕方ないんです。自分はどうしたいのか、その人とどうなりたいのか。ゆっくり考えてみて?」
そんなオレの心情を察したのか、氷奈さんは瞳に優しさを滲ませる。まるで慈しみの化身みたいな人だ。
(どうしたいのか、どうなりたいのか……)
あの想いが、何を含んだ感情で、どういった行動で満たされるものなのか。
たとえば友情を感じているなら、一緒に遊んだり、友達になれば満たされるだろう。
悲哀なら、思いっきり涙を流せばスッキリするかもしれない。
じゃああれはどうすればいい?
あの謎の感情が胸中に居座った時、風呂場でのオレはなんだかガラドと一緒に居られなくて、逃げるようにその場を後にした。
でもそれではあの想いは収まってくれなかった。
風呂から上がって食堂に来る時も、横を歩くガラドの顔を見ては目を逸らして、一秒たりとも落ち着くことはなく。
ここに座って、周りの注目を集めてからようやく、いつものオレに戻れたんだ。
じゃあまたあの想いが溢れ出てきたら?
焼けるように熱くて、焦がすように熱くて、溶けるように熱い……謎の想い。
触れてしまえばきっと、火傷では済まないと思うほどの、赤熱する鋼に似た感情。
あまりにも唐突で、さっきは逃げてしまったけど。
目を背けずに、あの想いに手を触れてみなければ、あの感情と向き合わなければ、その正体には気付けない。
「わかりました。オレの心と向き合う……ありがとうございます。氷奈さん」
「ふふふ、良い顔ね雪月ちゃん。私もちょっと嬉しいです。妹とはこういう話をしたことがないから、新鮮で」
お礼を言うと、氷奈さんも嬉しそうに笑う。
「妹がいるんですか? この里に?」
「あら、雪月ちゃんはもう会ってるはずですよ? ほら、馬車とかがなかったから、氷鷹ちゃんの発明品でここに飛んで来たんでしょう?」
その言葉の意味を咀嚼し、理解するまでには数秒の時間を要した。
「ええ!? あの、人の形をした突風みたいな氷鷹と、氷奈さんが……姉妹!?」
雪人族という以外に共通点のなさそうな二人が?
かたや合理性と自分の都合しか考えてなさそうな自由人。かたや慈愛の化身のようなおっとり美人。
あまりに正反対な二人が姉妹と知って、驚きのあまり大きな声を上げてしまう。
すると氷奈さんは笑いながら、
「人の形をした突風……っぷ、ふふふ……」
とオレの発言を繰り返す。
ひとしきり笑った後、氷奈さんは目の端に浮かんだ雫を指で拭いた。
「……あー、面白いわね雪月ちゃん。的確すぎて……ふふ、お腹が痛くなっちゃった」
それから、氷奈さんは上機嫌に妹のことを話し、オレもあの発明家がどんな人なのか興味が湧いて、二人の会話に花が咲いた。
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