雪の里
オレたちが友情を確かめ合っていると、龍神様が再度、こちらに促してきた。
『久しぶりにこんなに若い人と話すものですから、長く話し込んでしまいましたね。さあ、他に質問はありますか?』
「じゃあ俺はこれが最後の質問になるが……そんなに雪人族を大事にしてるなら、なんで魔族を全滅させないんだ?」
するとガラドは彼女の問う。
『先ほどの話に戻りますが、私は神化の禊の最中です。とはいえ神の見習いのようなもの。この世界での戦闘行為は、神々の法に触れてしまうのです』
目障りな羽虫を殺せないのは心底残念ですが。と獰猛に牙を剥く龍神様。
どうやら彼女からしても、魔族の存在は好ましくないらしい。
そして彼女曰く、オレを守るために結界を張ったりしたのは、戦闘ではなく救命行為だとして言い逃れるつもりらしい。
あれはグレーゾーンだったのか。
龍神様も案外、自由でちょっとお茶目なところがあるんだな。
『さて……それでは雪月、ガラド。たくさんお話ができて良かったです。今日はもう疲れたでしょう? ゆっくり休んでください。それと、せっちゃん』
「はい、龍神様」
龍神様の声に、今まで沈黙していた里長が返事をした。
『あなたもお疲れ様でした。あなたのおかげで、二人と話ができた……禊もあと数年で完了し、私は神界へと移り住むでしょう。その前に彼女たちと会えたのはとても嬉しいことです』
『ああそうでした。最後に皆に治癒魔法をかけておきましょう。特に二人は、すぐにでも戦えるようにしておいた方がいいでしょうから』
言うが早いか、彼女は治癒魔法をオレたちに使う。
そして優しい声色で話しかけ、龍神様はオレたち三人を順番に見つめる。
『では、気をつけて雪の里へ戻ってください。雪月、ガラド。魔王軍との戦いを終えたら、またここへ来てくださいね』
最後にそう言ってゆっくりと体を丸め、龍神様は変幻の結界で姿を変えた。
小山に変化した龍神様に、三人で頭を下げてから、踵を返して里に向かう。
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「では、雪月ちゃんとガラドさん。今日はこちらの宿で泊まってくださいね。ここの女将はおしゃべり好きな子で、とっても優しいから安心してね」
それから里に戻り、おばあちゃんに連れられて宿へ案内された。
ある程度話すと里長が離れようとして、オレは反射的に彼女の背に声をかけた。
「あ! あの……その……」
「? どうかしたの? 雪月ちゃん」
里長が振り返り、オレの目を見つめる。
そこには二つの感情が見て取れた。
心配そうな言葉の奥底に、とても大きな愛情があるように感じて、オレは口を開く。
「えと、里長さんって、オレのおばあちゃん……なんですか?」
なんとなく、これまでの彼女の行動から推測して、質問を投げかける。
すると里長はスタスタとこちらに近づき……
「雪月ちゃん、もう一回言って?」
と何やら興奮した様子で、アンコールしてきた。
「え、えーと……おばあちゃん?」
「もう一度」
「おばあちゃん……」
三度目となる呼びかけに、おばあちゃんはついに破顔し、喜びを露わにした。
「はい、おばあちゃんですよ。本当に……本当に大きくなったわねぇ」
感極まったようで、オレの両手を優しく握る。
「あんなに小さかったあなたがここまで大きくなるなんて……」
「その……名前は……?」
「ああそうね。忘れていたわ、ごめんなさい。名前は雪。あなたにとっては母方の祖母になります」
雪おばあちゃんはそう言って、手を離してから、オレの顔を見上げてきた。
「もう一度、抱っこしてもいいかしら?」
おずおずと遠慮がちに、しかしオレに配慮する気配りも見せつつ、おばあちゃんは要望を口にする。
「……うん」
「ありがとう。雪月ちゃん」
短い応答を終え、オレは小さなおばあちゃんに抱きしめられる。
彼女のことはよく知らない。実際、生まれてからすぐにここから離れたらしいから、知らないのも当然だけど。
けれど心のどこかで知っている。
この温もりを、この優しさを。
知らないはずなのに、どこか懐かしい。
不思議な感覚に包まれ、だが不快感は一切なく、オレは応えるようにおばあちゃんの背に手を回した。
数秒間の抱擁ののち、おばあちゃんはオレから腕を離して、一歩下がる。
「ありがとう。雪月ちゃんがこんなに大きくなって、おばあちゃん嬉しいわ。ここにいる間はいつでも私のところに来てね。それじゃあ二人とも、さようなら」
穏やかにそう別れを告げて、おばあちゃんは背を向けた。
「わりいなガラド。待たせちまって」
「なに言ってんだ雪月。家族大事にするなんざ普通だろ」
おばあちゃんとのやり取りで宿に入るのが遅れたことを謝ると、ガラドは笑って答えてくれた。
「ありがとな、んじゃあ宿に入るか」
親友の気遣いに感謝しつつ、オレたちが宿の扉を開けると……
「あらあらまあまあ、いらっしゃい! お若いお客さんね、あら? あなたたちどこかで見たことあるわ! どこかは忘れたけど。あっはっは、年取ると物忘れが酷くて困るわー! ささ、まずはこっちに座って! ここに名前書いてねー!」
里長と同じくらいの年齢と見られるおばあちゃんが、雨あられとばかりに言葉を浴びせかけてくる。
そのテンションの高さは、今朝会った氷鷹を思い出させる。
陽気な勢いに押されるがまま、オレは台帳に名前を記入した。
「あら字が綺麗ね。ってあなた、せっちゃんの孫の雪月ちゃん!? まー、こんなに大きくなって! お母さんに似てきたんじゃない!? あらやだ私ったらおしゃべりが過ぎるわね。あなたー?」
魔法兵の一斉掃射のような言葉を矢継ぎ早に放つと、奥から同じ年齢ほどの男性がやってくる。
「聞こえてるよ。お前の声は大きいからね。ようこそお客さん、ここは多少、古いが良い宿だと思ってもらえるように精一杯もてなしますよ」
快活な女将とは対照的に、穏やかな雰囲気を纏った男性は礼儀正しく腰を曲げた。
「さて、まずは宿の説明しますよ……」
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