懐古、邂逅
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「ねえねえガラド兄ちゃん! その魔力を鎧みたいにするやつ、ボクにも教えてよ!」
ミリアが目を輝かせながら聞いてきた。俺がこの前編み出した新しい闘気術のことを。
それはもう、目に星でも入っているのかと思うほどに、興味津々なのがありありと見て取れる。
「なんだよミリア。いきなりだな……でもこれ、俺の父ちゃんでもできなかったやつだぞ? ていうか大人みんなもだけど」
そう、俺が作ったこの闘気術は、凝縮した魔力を体に纏うことで、魔法や刃などを弾くことができるもの。
俺や父ちゃんのように、自分の拳や蹴りを主体に戦うやつは、鎧を着ることができない。
体が重くなり思うように動けなくなるからだ。籠手や胸当てなど、ある程度動きを邪魔しない防具で体を守ることはできるが、全身を守り切るのは不可能。
それを解決するための闘気術がこれというわけだ。
魔法と槍術を順調に覚えていくミリアに対抗するために編み出したこの新技は、俺以外にはまだ誰も使うことができない代物だった。
「いいじゃんいいじゃーん! あ、さてはボクがそれ覚えちゃうと勝てなくなるから〜?」
実際のところ成長を続けるミリアに、脅威を感じないと言えば嘘になるが……なんともいたずら好きな笑みを浮かべるものだなと、謎の関心を覚える。
「へぇー……ずいぶんちょーしに乗るなぁ? わかった教えてやるよ。もしできなくても言い訳すんなよ?」
「できなくてもいいの! ガラド兄ちゃんが編み出した技を知りたいだけだし」
だがどうやらただの知的好奇心らしいことがわかり、ホッとしたような、どこか残念なような……なんとも言えない気持ちが胸に居座る。
俺はため息を吐きながら、
「んだよそれ。まあいいや、んーとな……」
と、レクチャーを開始した。
……
「できなーい! えー、こんなのできるわけないじゃん! ガラド兄ちゃんが変なんだよ!」
「なにー? そんなこと言うのはこの口かこらー!」
わざわざ教えてやったというのに、俺を変だと言い放つ友だちに、俺は突撃をかました。
「うわー!?」
「おらおら」
目の前にあるミリアのほっぺをぷにぷにと弄び、次に脇を標的にくすぐり攻撃を繰り出す。
「うひゃひゃひゃ!!」
「ほらどうだ! 参ったか!?」
「わー! 降参!」
笑いながら白旗を上げるミリアの様子に満足して、俺は攻撃を止めて、少し離れる。
ひーひー言いながら呼吸を整えるミリアに、少し待ってから話しかけた。
「よし、それじゃあいつも通り、とっくんするぞ! ほら、棒を構えて闘気術を使え!」
いつもと同じ様に、十歩分の距離を取り、俺が構えを取る。
闘気術で体を強化して、新技の方も準備しておく。
するとその様子がミリアにはおかしく見えたのか、立ち尽くして俺の顔を見つめてくる。
「……? ミリア?」
何かあったのかと思って声をかけると、ミリアはいきなり大きく息を吐き出した。
「ぶはーー! あー……そういう感じか。あっぶねぇ……危うく忘れるとこだったぜ。居心地良いってこういう事かよ……」
言うが早いか、ミリアの体を光が包み、全身を隠してしまう。
あまりの眩しさに手で光を遮っていると、数秒経って光が収まり、そこにいたのは……
今まで見たことがないような綺麗な女の人だった。
ミリアとよく似た水色の髪を揺らしながら、俺の方を見つめてくる。
見た目で言えば明らかに十五歳よりは上、つまり大人だ。
数秒だけ、その女性に見惚れてしまったが、ハッと思い出して俺は口を開く。
「み、ミリアはどこ行った!? なあ、姉ちゃん!俺の友だちがどこ行ったか知ってるか!?」
さっきまで俺の目の前にいた親友が姿を消したことに思い至り、俺は女性に疑問をぶつける。
すると彼女は、
「ね、姉ちゃん……まあ、そうだよな。十歳くらいのガラドがオレのことわかるわけ……いや当たり前なんだが、こう……面と向かって言われるとまたダメージが……」
と訳の分からないことをぶつぶつと呟く。
「なあ、よくわかんないこと言ってないで……」
それを見て言葉を続けようとした時、女の人が手のひらを見せて静止してくる。
「あーそうだったわ。あの子のことだな? もちろん知ってるぞ、いきなり用事ができたみてえでよ……代わりに特訓してきてくれって頼まれたんだ」
そして、これ見よがしにポンと両手を叩いて話し始めた。
「そう……なのか? でもついさっきまでここに……」
しかし俺は、ミリアが何も言わずに家に帰るようなやつじゃないと知っている。疑問がまた増えた瞬間、大人の女性が近づいてきて、俺の頭を撫でまわした。
「わっ! なんだよいきなり!」
突然、頭部を襲う感触に、なんだか不思議な安心感を覚える。
「変なとこで鋭いのは、夢の中でも変わんねえな……安心しろって。オレはミリアの親戚で、おまけに雪人族で一番強え戦士なんだ。いつもお前が手を抜いて特訓してるから、本気を出すとこを見てみたいって事も言われててな?」
「そ、そうか……やっぱミリアにはバレてるよな」
小さな声だったから、最初の方は聞き取れなかった。つまりミリアが俺に気を使って、強い雪人族の戦士を呼んできた……って感じか?
「大丈夫、ミリアもちょっと離れたところで魔法使ってオレらを見てるだけだ。ほら十歩離れて構えをとったら始めるぞ」
そう言ってから、謎の姉ちゃんは俺と距離を取る。そしてそこまで話して、俺は一つのことを思い出した。
「……っあ、そうだ。姉ちゃんの名前、教えてくれよ!」
「あー……そうか、そうだよな。流石にミリアって答えても混乱するよな……どうすっか……えーと、そう! ユヅキ、って言うんだ。よろしくなガラド」
ユヅキと名乗った戦士は、ついでに俺の目の前で氷の棒を作り出して見せる。
「それとこれがオレのホ……いやこの頃は異能だったな。《氷王の両眼》って名前の異能だ」
異能持ち。この小さな村でそれを持っているのは俺だけだった。
王都には二人の異能持ちがいるとか、旅人が話しているのを聞いたことがあるが、もしかしてこの人がそうだったのか?
(いやでも確か、俺と同じくらいの子どもって話だったような……?)
と考えてしまうが、それを掻き消すほどの興奮が俺の胸に湧き出てくる。
「ってことは、ユヅキ姉ちゃんも俺と一緒ってことか? 全力、出してもいいんだな!?」
それは初めての感覚だった。自分の本気をぶつけられる、対等な実力を持つ相手。
心臓が早鐘を打つ。生まれてから一度も本気を出してこなかった……いや出せる相手がいなかった俺にとって、初めての闘争心だ。
「おう、お前も《獣王の拳》使えよ? じゃねえと……怪我しちまうからな!」
俺の声に応えたユヅキ姉ちゃんは、近くにあった小石を上に放り投げる。
落ちた瞬間が闘いの合図だ。
俺の名前とか異能のこと話したっけ? と一瞬だけ思ったが、心の中を占拠するワクワクに押し潰されて、消え去った。
そんなことは今、どうでもいい。
「《獣王の拳》!」
俺はただ、この興奮に身を預けていたいから。
俺が手足を獣化させた刹那、小石が草むらにポトリと着地した。
「フッ!」
「オラ!」
瞬間、かち合う俺の拳と、ユヅキ姉ちゃんの棒。
甲高い音が、俺たちの鼓膜を叩く。
俺にとって、本当の意味で初めての「特訓」が幕を開けた。




