運送業者
「……ここだよな?」
「ああ……」
それから少し腹休めをして、女性の言った通りの道を進んだ。
そして今、オレたちの目の前には……
屋根の上に巨大な大砲が乗っかった……良く言えば前衛的? な建物が、堂々たる姿を披露していた。
大砲とは通常、大きな鉄球を撃ち出す魔道具の一種だ。オレが生まれる前からあるが、弾込めに時間がかかるため、図式魔法の登場で姿を消した旧式の魔道具。
だがこれは、それを遥かに上回る大きさだ。砲口も当然の如く大きい。
いったい何を撃ち出すための大砲なのか、見当もつかない。
だがここで突っ立っていてもしょうがない。
「……よし!」
オレは意を決して、怪しい建物のドアをノックしてみる。
すると返事は即座に聞こえた。
「はーーい! いらっしゃい! おっ、雪人族っすか?」
元気にドアを開けながら挨拶する女性が、オレの顔を見て訊ねてくる。
ちょうどオレと同じくらいの年齢に見える女性。その頭部から鮮やかな青い長髪が揺れ、オレの視界を彩った。
「な〜るほど、里帰りっすね! なら、安心安全最速最短! 氷鷹運送を選んだあなたは単純明快、大正解っす!」
雪の里に行きたい旨を話すと、女性は元気に胸を張る。
「……っと、自己紹介がまだっすね。ウチは雪人族が産んだ天才発明家、氷鷹っていいます。氷の鷹って書いてひだかっす」
「ああ……オレはミリア、こっちのデカいのはガラドだ」
「よろしくな」
常時ハイテンションな氷鷹の勢いに押されて、オレはのけぞりながら返事をする。
「ほほう……彼氏を連れて里帰りっすか? 結婚報告でもするんすか〜?」
腰に手を当て前のめりになりながら聞いてくる氷鷹を、軽く押しのけ声を出す。
「近え! あと彼氏じゃねえ! オレらの名前知らねえのか? 新聞くらいは見てるだろ」
オレたちの名前を聞いて「ああ勇者パーティの」とならなかった人物は珍しい。
多少の驚きと共に聞いてみると、
「いえあんまり。ウチ、人の顔とか名前覚えるの苦手なんすよ」
とバッサリ切り捨てた。
「じゃあ、魔族の侵攻とかは……?」
「ああ、それくらいは知ってるっすけど、基本自分の発明以外にはキョーミないんすよね〜」
驚きのあまり質問を重ねるが、また想定外の答えが返ってくる。
この前線都市ダボライは、オレが今まで見た二つの前線都市よりも疲弊していた。
魔族の攻勢が強まり、兵士の損耗も激しく、ギリギリでオレたちがここに着いたから良かったものの、あと数日遅れていたら……その結果は想像に難くない。
そんな街にいてなお、ここまで無頓着でいられる理由がわからず、言葉を失う。
「おっと、驚愕の顔……まあそうなるっすよね。とはいえもしこの街が陥落したら、ってのを考えないほど馬鹿でもないつもりっすよ」
言いながら、オレたちをドアの向こう側、建物の中へと誘う氷鷹。
なにやら文字がびっしり書かれた紙やら、なにに使うかわからない金属製の部品など、物が散乱する足元に注意しながら氷鷹についていくと……
開けた大部屋にたどり着く。
魔道具らしき物が部屋の壁を埋め尽くし、中央は円形の台座が鎮座している。全体的に金属製の魔道具たちが視界を占領し、物々しい雰囲気を醸し出していた。
「さてこれが…‥というかこの建物自体がウチの発明品、名付けて『ヒダカ・ネオ』っす。それと……おーい、助手くーん、お客様っすよー」
「はーい」
氷鷹が大きな声で呼ぶと、なにやら壁の魔道具をいじっていた少年が、返事をしながら小走りに近づいてきた。
「こんにちは、はじめまして。僕はレミオといいます。ここで氷鷹先生の助手をやっています」
少年はレミオと名乗り、礼儀正しい雰囲気に違わず、お辞儀をする。
「はじめまして、オレはミリア。こっちの大男はガラドだ」
「えっ! あの勇者パーティの!? 四天王ナーグを倒した決戦の話は、どんな感じだったか伺っても!?」
オレが自己紹介すると、途端に目を輝かせて興奮するレミオに、
(ああ、そうそう。こういう反応だよな)
としみじみ思った。
「はーい助手くん、そういうのはまた今度っすよ。どうやらこちらのお客様は、急いでるっぽいんで」
流し目と共に発する氷鷹の声により、少年のウキウキした顔は鳴りを潜める。
常に上機嫌だった声のトーンが低くなり、氷鷹がオレに近づいてくる。
「ウチの目はちょっと特殊なんすよ。ウチの知りたいって感情に反応して、視界の中にいる生物の情報が、頭の中に文字として浮かび上がるんす」
「そっちの虎人族の人から読み取った文字は、身長と体重、魔力総量などの数値と異能持ち……今は希望持ちって言うっすけど、それと忘却。あなたが急いで雪の里に行きたい理由は、彼の忘却っすね?」
魔法使いには広く知られている魔眼と違って、そんな特殊な目は聞いたこともない。だが話が早くて助かるのも事実ではある。
オレは内心の驚きを抑えながら、彼女の言葉に返事をした。
「ああ、その通りだ。オレはすぐに雪の里に……いや、龍神様に会いに行きたいんだ」
雪人族の暮らす『雪の里』には龍神様がいる。
これは比喩表現でもなんでもなく、そのままの意味だ。
氷龍女帝、フロスティア。
強大な力を持つ三大龍王の一角にして、唯一の生き残り。生ける伝説。
雪人族の守り神と言われる、千年を生きる彼女ならば……ガラドの記憶喪失になんらかの解決策を持っているかもしれない。
もちろん、オレの氷王の両眼や性別変化について聞きたいのもある。
だが今はガラドのことが最優先だ。
「なら良い選択をしたっすね。さっきも言ったっすけど、ここは最速最短、氷鷹運送っすから」
オレの思考を読んだのか、胸を叩いて笑って見せる氷鷹。
自信満々な彼女の姿は、今のオレにはとても頼もしく映った。




